見てね!「チェルノブイリ・28年目の子どもたち」

新聞やテレビに流れない貴重な情報を届けてくれる注目のメディアが幾つかありますが、
Our Planet TVもその一つです。この映像も、淡々と事実を伝えつつ、インパクトのある内容です。

映像報告「チェルノブイリ・28年目の子どもたち」

これを見ると、チェルノブイリは過去の終わった出来事などではなく現在進行形の問題であり、とりわけ子ども達の病気や心身の不具合は終わる目途がなく続いている今日ただいまの問題なのだとわかります。

福島の事故の被害を少しでも小さくするために、ここから学んですぐに実行に移さなければ将来禍根を残すことにならないでしょうか?
現地の所長が言っています。「日本から政府関係者が何人も視察に来たし、早急に何をすべきかもすべて話したので、すぐに実行に移すべきです」とハッキリ語っています。でも、日本ではいっこうにそうした対応が取られたとは聞こえてきません。

むしろ実際には、原発の再稼働をしようとし、「食べ物の汚染は風評被害だ」と言われ、「強制避難区域は解除」され、母親達が心配しても、「安全だから計る必要はない」と言われてしまいます。

チェルノブイリの汚染は福島よりひどかったとしても、政府の後押しで子ども達を保養に行かせたり、安全な給食を出したり、半年にいっぺんの定期検査など、細やかな対応がされています、少なくとも、被害の事実を認め、少しでも被害を減らすために対策をとろうとしています。

被害の事実を認めて一刻も早く対策を取るが取らないかは、その後の安全性に大きく影響します。
<事実を認め、対策を取ること>今、日本に一番欠けていることがこれです。

だから復興に弾みがつかず、人々は不安に駆られたまま日々を過ごし、不安を隠すために気持ちも言えない状態が続いているのです。現状では子ども達に被害が出るまで放っておくのと変わりません。甲状腺検査の最初の結果が出てから、次は2年後まで検査をしないなんてありえないでしょ?!

朝日新聞「吉田調書」=福島原発吉田所長への聞き取り

「美味しんぼ」の鼻血問題を見ても、放射能汚染の問題が決して収束していないことがよくわかります。問題がなければ、こんなに騒ぎになることもないはずです。

福島のお母さん達が実際に自分の子どもで体験した「鼻血」まで否定されてしまうのはどう考えてもおかしな話です。
私が当事者だったら、本当に悔しいです。
事実を無かったことにされてしまうのと同じですから…。

折しも、、朝日新聞では福島第一原発所長の故吉田昌郎氏の聞き取り(政府事故調査委員会が28時間に渡って聞いたもの)の一部をweb公開しています。
途中にはさまれた3号機の爆発時の音声を聞くだけでも、当時の事が思い出されて、決して風化させてはいけないと改めて思います。

朝日新聞の特設ページ
ページをスクロールしていくと、ラジオ音声にリンクできます。

事故後の3号機の写真も、今改めて目にすると、事故のすさまじさに言葉もありません。
これで大丈夫だなんて……。
再稼働などとんでもない!と怒りが沸々と・・・。この怒りは忘れてはならないと思う。

朝日の記事にもありますが、政府事故調の追求の甘さが、その後の原発ムラが息を吹き返した原因でもあります。今現在も、これだけの貴重な資料を全面公開しないと言っているし・・・。
ゾンビのような原発ムラに負けず、ねばり強くいろんな形で意思表示していきましょう。

署名お願い:原子炉メーカーの責任は?

福島の原発事故から2年。未だに収束の目途どころか実態も明らかにならず、不安は解消されないままです。そんな中、原発事故を起こしても一切原子炉メーカーが責任を問われないのはおかしいと思いませんか?

事故の責任は東電や国だけでなく、原子炉メーカーの責任も追及される必要があると思います。そして、私たち消費者としては、原子炉メーカー以外の電気製品を買うことも、消費者としての意思表示になりますね。多くの人がそれを実行に移せば、強力な消費者運動になります。私も出来るだけ(お財布と相談して可能な限り)、製品を選ぶときはこのことを心がけています。

原子炉メーカーの電化製品を買わないという行動は、単なるネガティブキャンペーンではありません。消費者がどのようなライフスタイルや製品を望んでいるかと意思表示することで、メーカーは人々の幸福追求にいっそう貢献できる製品を生み出し、製造者としての社会貢献度を高めることで社員の喜びにもつながるというプラスの効果を生み出します。

福島原発は東芝・日立ですが、三菱重工もプラントメーカーですね。

グリーンピースの署名サイト(福島原発事故の原子炉メーカーに対して)

映画「内部ひばくを生き抜く」

映画「内部被ばくを生き抜く」(鎌仲ひとみ監督)を見ました。
肥田舜太郎、鎌田實、児玉龍彦、スモルニコワ・バレンチナの4名の医師や科学者へのインタビューと、福島で5人の子ども達と暮らす住職さん一家に取材したドキュメンタリーです。

広島原爆の投下直後に治療に当たった肥田さん、チェルノブイリ事故後に子ども達を治療した鎌田さん、国会での発言も記憶に新しい汚染除去に取り組む児玉さん、そしてチェルノブイリで事故の前から現地で医師を続けているスモルニコワさんというように、4名の専門家それぞれの立場からの発言が放射能の被害が持つ多面的な影響を考えさせる内容でした。

まだ、とても自分の中でまとめきれるような内容ではありません。ただ、言えることは、もう後戻りができず、今後、人類が永久につき合っていかなければならない課題が今まさにスタートしたのだということです。

科学的な研究の進展や実証と同時に、社会のあり方や思想や哲学といったことにも踏み込んで、放射能と人間との関わりをどうしていくか、そうした未知の世界へ踏み込まざるを得ない状況になってしまったのだと気づかされました。選択の余地なく、そういう時代になったのだと。

原発推進・反対に関わりなく、この現状認識から出発しなければ何も始まらないし、それは待ったなしの緊急課題でもあります。なぜなら一番大きく影響を受ける弱い立場の者、子どもの成長は待ってはくれませんから。

☆ ☆ ☆

住職の奥さんは、遠方から食材を取り寄せ、全国から寄せられる支援の農産物を近所と分け合いながら、毎日不安な思いで食事作りをしています。とりあえず今日のお弁当は安全な食材で作ることができた。っと安堵の表情でできあがったテーブルの3つのお弁当を眺める奥さん。同じ食卓を預かる者として、胸が締めつけられる思いで見ました。

一時は母子だけで線量の低い地域に移ったのだそうです。でも、小さいお子さんが「パパがいない」と言って笑顔も消えてしまったことから、再び一家で福島に住み続ける決意をしたのだとか。汚染を回避するだけではすまされない、さまざまな課題のクリアが待っています。

取材を受けた住職さんのブログ

翻ってこれは福島に住んでいる人達だけの問題ではない気がします。福島では問題がより鮮明に見えているだけで、濃淡の差こそあれ、日本中の誰もが他人事に出来ない問題を含んでいるように思います。

映画は各地で上映されているようです。機会がありましたら、ぜひご覧くださいね。




福島の子ども達の疎開に署名を!

今日はお知らせのみで失礼します。

それにしても暑いですね~。汗が滝のよう。。。。。これを書いたらエアコンのある部屋に逃げ込みますぞ。

福島の子ども達の疎開を求める署名が昨年から始まっています。サイトを開くと右側に署名欄がありますので、その場で署名できます。署名をすると、その場で下に名前がほとんどリアルタイムで表示されるのですが、すごい勢いで広がっている気がします。
ツイッターの威力か?!
子ども達の被害を少しでも減らせますように、ご協力よろしくお願いします。
こちら

高放射線量の場所でラジオ体操をする子ども達(youtube動画)

チェルノブイリの子ども達の治療に当たった菅谷昭さん(現松本市長)のお話(youtube動画)

村興し・A君の挑戦

「夜は真っ暗ですよ。川があって、蛍が飛んでます。観光地としては何にもないけど、いいところですよ。ぜひ来てください」目を輝かせて語ってくれたA君。

大学生活最後の夏休み、実家に帰省する直前に、A君はこんなふうに声を掛けてくれた。こちらが返事を決めかねているうちに、実家に帰省したA君は、早速ご家族にそんな計画を話したらしく、次に会ったときはすっかりその気であった。

私の都合で行かれなくなったことを告げると、ひどくガッカリして、「食材まで用意して待ってたんですよ~(笑)」と言われ、ひどく申し訳ない気がした(ホントにあの時はゴメン!今になってみると、無理してでも行っておけばよかったかと後悔しきり)。

「次は必ず行くからね」と約束したのは、近々そんな機会はきっとあると思っていたからだった。

その後、A君は大学院へ進み、卒業。無事に希望の会社に就職した。しかし、にもかかわらず、1年で退社したという。「なんでまた?」と思いつつ、会って話を聞くことにした。

「村に戻って、いずれは村会議員になって村のために働きたい」村興しに乗り出すという。学生時代から思索を深め、細やかな人間関係づくりに奔走し、多方面の人脈を築いてきた彼のことだ。持ち前の行動力を生かして新しいスタートを切るに違いないと、こちらも期待しつつ、話に耳を傾けた。

出会った当初、A君は「地元は何もない所だから、東京に出たい」と言っていたっけ。それに対して「いつか郷里に戻りそうな気がする」と言った私。その言葉を、A君も覚えていた。「いつか戻るって言われましたよね~」としみじみ言う。

それから数ヶ月後、東京と郷里を忙しく往復する日々を過ごしていたA君だったが、たまたま時間が空いたというので、東京でその後の経緯を聞かせてもらった。
「当面は、地元産の野菜を東京で販売する仕事を手伝うことから始めたい。そのために、今日もアンテナショップを開設する準備をしてきたところです」と忙しそうだった。あの蛍の飛ぶ郷里の野菜や物産が都内に並ぶ日も近いと聞き、スタートしたら私も友人知人に広報してあげるからねと、背中を押した。私まで何だかウキウキしていた。

一歩一歩確実に夢に近づいている若者の、希望に満ちた前途を祝福したい気持ちだった。同時に、そんな夢のある話を聞かせてもらう機会に遭遇したことをありがたいとも思った。「じゃあ、がんばって!その後の話、楽しみにしているから」と握手をして別れた早春の昼下がり。2011年3月4日のことだった。

それからちょうど1週間後、3月11日に東日本大震災。直後に福島原発が事故を起こし、10キロ圏20キロ圏と避難区域が広がった。その中には、A君が村興しをめざした郷里も含まれていた。

☆ ☆ ☆

それから半年後、都内で野菜を販売するA君の姿があった。本来なら山ほど買って応援したいところだが、できなかった。放射能の数値の高い野菜が市場に出ていることをネットの情報で把握していたからだ。「悪いけど買えない、ごめんね」
彼の避難先の線量も決して低くはない。楽観的な彼に、私が把握している事実と、私なりの見方を伝える。地元のために何かしたいという彼の意思は変わっていない。応援したい私の気持ちも変わっていない。けれど、圧倒的な現実の変化の前に、彼も私も、無力としか言いようがなかった。

その後もA君の奮闘は続いている。目を輝かせて前途の夢を語る様子は変わらない。状況の断片を聞かせてもらいながら、彼の夢が単なる夢に終わらないためには、私に何ができるのだろうと自問自答している。

☆ ☆ ☆

村の感謝祭 
自然と一体となって育まれてきた伝統行事や食文化など、村の豊かな営みが偲ばれます。改めて失ったものの大きさを思わずにいられません。同時にこれだけのものを奪ったものへの憤りも感じないではいられません。

下に掲げたホームページの違いが村の現在を物語っていますね。生活のすべてを根こそぎ奪われるとはどういうことか、少しは私にも想像できる気がしました。近いうちに、A君とまた連絡をとってみたいと思います。

現在のホームページ  

事故前のホームページ

ホットケーキミックスの小麦粉は?

この頃、小麦製品に放射性セシウムが見つかることが多いと聞いたので、先週購入したホットケーキミックスについて、メーカーに問い合わせてみました。

昭和産業 350g 赤い紙箱のパッケージです。

メーカーに依れば、
材料の小麦粉の産地は製造年月日によって異なるそうです。ちなみに手元にあった製品は、2013年5月25日の賞味期限でした。この原材料については、外麦(アメリカ産)が大半で一部国産が含まれているとのこと。国産の産地を訪ねると、この日付の場合は、北海道産だそうです。

何が配合されるかは製造日によって異なり、国産でも北海道以外の群馬や茨城などの場合もあるとのこと。問い合わせる場合は、賞味期限の年月日を告げて確認する必要があります。

たぶん外麦100パーセントと思っていたので、意外でした。一般的に、小麦製品は安くて安定供給できる外国産が大半で、特にお菓子用の薄力粉などは100パーセント外麦だと思っていました。以前から国産も配合されていたのか、最近になって混ぜられるようになったのかはわかりません。

従来、「国産」や「北海道産」などの表示は、それ自体が付加価値で、値段もその分高くついていたように思います。今やそれが、国産表示もなく外麦に混ぜられているのが、なんとなく釈然としないのですが・・・。

今日、スーパーに行ったついでにホットケーキミックスの棚を覗いてみました。すでに日付は6月15日の物。この製品の原料産地を知りたければ、もう一度問い合わせを、ということになります。なかなかにメンドイ。私みたいにマメでない者には無理です。メーカーには「個体ごとに問い合わせなくても、安心して買える表示をしてほしい」と要望はしましたが、障害はいろいろとありそうですね。

新幹線の窓から「福島」を思う

毎日暑いですね。今日はほんの少し気温が低かったようですが・・・。
そろそろ夏の疲れが溜まってきたらしく、最近ダレ気味です。いえ、いつも以上にダレ気味です。

先日、所用で仙台方面へ行く機会がありました。震災を通して、それまで知らなかった東北の地名をいろいろ覚えました。駅前のバス停の表示に「閖上行き」とあり、津波の映像が浮かんできました。電車の停車駅は「名取」「亘理」とあります。これらの地名も当時の報道で知りました。車で走ってみると、平坦でのどかな街中には、現在ではまったく津波の痕跡はありませんでしたが、震災後はこのような街中の道路も冠水し、床下浸水くらいになったそうで、津波の運んだ漂流物がたくさん道路に散乱していたそうです。この場所は駅から4~5キロと聞きました。家々の連なる向こうには海などまったく見えませんし、そうした見えない場所で、津波を想像する難しさを改めて思い知らされた気がします。

新幹線では福島や郡山の駅に停車する度に複雑な気持ちがしました。窓から見える景色は住宅の屋根やビルが建ち並ぶ、どうということのないどこにでもある市街地の景色です。この屋根の下に人々の暮らしが、震災前と一見何も変わらずに営まれています。

でも、その空気は震災前とは決定的に変わってしまったのです。放射能を赤いツブツブとして表現した絵を描いている女性がいらっしゃるそうです。もしそうなら、新幹線の窓から見える景色も赤やピンクに見えるのかもしれません。あるいは、今と寸分違わず同じ色の景色が見えるでしょうか?空気が安全か危険かさえ私たちにはわからないのです。

黒澤明監督のオムニバス映画にも、放射能が赤い色で表されていましたが、吹いてくる風が赤やピンクに染まっているというのも気味が悪いものです。それでも、色がついていたらわかるのに・・・、そうしたらもっと避けられるのに・・・と思ってしまいます。

空気も水も食べ物も不安だからと避難する人、子どもがいるからと避難する人、不安だけれど避難できない人、あるいは安全だからと住み続ける人、いずれにしても放射能の影響は個々の考え方や判断に関係なく、平等にもたらされます。特に赤ちゃんや子どもたちには大きく。

一件何事もないかのように営まれているこの屋根の下の暮らしに、どれほどの苦渋の決断ややるせない思いが渦巻いていることか。「避難したかったけど、逃げる手段が何もなかったのです。何も手段がないと分かったとき、娘と孫と一緒にこの地で被曝しようと決め・・・」と、涙で言葉を詰まらせながらも、「伝えることが私たちの使命である」と懸命に冷静に、声を振り絞る女性達。これを伝えずして何のメディアか!と、下記に掲載の動画を見る度に思います。

夜7時のニュースで、お昼のニュースで、こうした一番被害を受けた人達の声を、真正面から取り上げたら世の中の流れが一変するに違いありません。もっと真実を伝えるメディアがほしいと痛切に思います。

女性達は総理官邸に申し入れをした後でダイインをしましたが、ダイインよりも彼女たちの「声」そのものを伝えてほしかった。

一人ひとりのメッセージがどれも心に響きます。11分ほどですから全部見ていただきたいのですが、それでも長いと思われる向きは、5:14か6:03あたりからだけでもどうぞ。そして、一人でも多くの人にこれを知っていただけるよう、ブログやツイッターで話題にしていただけたらと思います。動画自体は6月のものですが、事態は何も変わらず、再稼働と推進に向けて「着々と状況が悪化」している中、女性達の声の重要性は増すばかりです。

2012年6月7日
福島の女性たちの抗議行動

重ねてのお願い(「人事にNO」の署名)

前の記事で原子力規制委員会の人事について書きましたが、なぜそんなに人事が大事なのかもう一度考えてみました。

今までは推進する側と歯止めを掛ける側が、なあなあで進めてきたために、安全審査が不十分であったので、これからはそういうことのないように、規制委員会という独立した機関で、しっかり安全性をチェックしていこうというのが、そもそもの設立主旨でした。

そのため、規制委員会は今後、原発に関するいっさいに対して強い権限を持つことになります。今までは首相や経産大臣や、原発事故防災担当大臣などがそれぞれの立場から、規制をかけることもできたのですが、今後は首相や大臣でも口を挟めなくなります。

首相官邸前で再稼働反対を叫んでも、首相の力では再稼働を止めることができなくなるわけです。規制委員会が、除染や補償問題を含め原発に関するあらゆることで、優先的な権限を持つようになります。

 ★ ★ ★ ★ ★

そのような強い権限と独立性を持った委員会が、今まで原発を推進してきた人達で構成されるというのは、どう考えてもおかしいことで、スタート前から期待が持てないどころか今までよりもひどい状態になることは容易に想像できます。

提示された案では、委員長の任期は5年、中村・更田(ふけた)の両名は3年、大島・島崎の両名は2年となっています。このうち、委員長は前にも書きましたが、原子力学会の会長も務めた人で、福島の事故の後も「20mSv未満の地域は除染する必要はない」と言ったり、自主避難者の賠償に最後まで抵抗した人物です。中村氏は「低線量被曝の影響は子どもだからといって特に注意する必要はない」と言った人物です。更田氏も日本原子力研究所・日本原子力研究開発機構と原子力推進畑を歩いてきた人です。

透明性のない選考過程と、オリンピック開幕直後という国民の注意がそれがちなこの時期といい、国民に考えさせない、気づかせないで決めてしまいたいという思惑を感じてしまいます。

 ★ ★ ★ ★ ★

いずれにしても、こんな人事が通ってしまったらお先真っ暗です。国の政策として脱原発を掲げ、いろいろな政策や良い具体案が出てきたとしても、規制委員会が実践の段階でクレームをつけ、次々につぶしてくることも懸念されます。

アメリカの原子力規制委員会では今年の7月初めに、ヤツコ委員長が突然解任されました。委員間の軋轢によると報道されていましたが、率直な対応のヤツコ委員長が推進勢力には目障りな存在だったようです。それほど、規制委員会の委員長の権限は大きく、誰を委員長にするかは重要なポイントだということがわかります。

新規にスタートする規制委員会を、推進側に都合の良いように動かそうという意図があからさまな人選が、まさに今回の政府が示した案であるわけです。本当に私たち国民はなめられたものだなあと思います。福島原発事故という悲惨な体験をした後でさえ、国はまだ原発安全神話を押しつけようとし、押しつけても国民は黙っていると思われているのですから。

最近、怒ってばかりの自分がイヤになるけど、でも、子や孫やその先の世代のことを考えると、ここは怒らないではいられないし、何か意思表示しないといけないという気になります。「はるのかんたんふ」が最近原発一色で気が引けるのですが、それでも書かずにはいられないのです。何かせずにいられないのです。

 ★ ★ ★ ★ ★

「規制委員会の人事にNO!」と意見表明しましょう。
ブログやツイッターやメールでぜひ一人でも多くの人に広めていただければと思います。

国会の承認によって決まるので、地元の国会議員に意見を届けるのも有効です。来週中にも国会通過との情報もあるので、時間がありません。ともかくこの人事だけは止めたいと思います。どうかご協力よろしくお願いいたします。

署名サイト

超・緊急署名のお願い(原子力規制委員会人事)

日本の行く末が決まるといってもよいくらい、大事な大事な、問題です。

それが例によってバタバタと、しかもとんでもない内容のまま決まってしまいそうなのです。

どうか緊急署名にご協力ください。ブログやツイッターで広めてください。よろしくお願いいたします。

原子力政策を根本から見直し、日本をつくり替えていこうというこの時期に、中心になって担うはずの原子力規制委員会の人事に原発推進派の名前が散見されます。5人のうち3人が推進派と言える人で、特に、委員長として名前の挙がっている田中俊一氏は、原子力学会会長などの役職を歴任してきた原子力ムラの「ムラ人」(いや、村長かも)というくらいバリバリの原発推進派といってよい人です。

国会の承認があれば、このまますんなり委員長に就任してしまいます。そうしたら、以後どんなに脱原発路線で公正な政策を通そうとしても、あらゆる所でストップをかけられ、結局はひっくり返されてしまうということになるでしょう。「脱原発」そのものが、まったくの骨抜きになってしまうのです。

生活のあらゆる場面が、希望の見えない状況につながってしまいます。このとんでもない人事案の見直しを求める署名に、ぜひぜひ、ご協力をお願いいたします。

一次締め切り:7月30日(月)午前9時 二次締め切り:8月2日(木)午前9時


署名はこちらからお願いします。

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