2008/10/28

世界の流れ、時代の流れ

081017_10090001 木々が紅葉していく中で、

白い花がひときわ目につきました。

雨上がりのキャンパス。

机の脇に、開いたままの古新聞。切り抜こうと思ってそのままなんです。

10月10日の東京新聞です。10日は『世界死刑廃止デー」(主催アムネスティ・インターナショナル日本)だったそうで、記事の見出しは「制度廃止 時代の流れ」となっています。

記事は、日本の裁判員制度開始を念頭に、死刑制度についてのEUとフランス、二人の大使へのインタビューが掲載されています。一部をご紹介します。

フランスのフィリップ・フォール駐日大使は、死刑廃止への闘いは、
「勇気ある議論を必要とする長期戦だ。・・・政治家は世論や無意識の復讐願望に左右されてはいけない。死刑廃止法案は多くの場合、世論の反対を押し切って決定されている。1981年に廃止を定めたフランスでも大論争が起きた」

十分時間をかけ、勇気を持って議論すること。その上で、最後は政治家が決断をする。その結果が今日の死刑廃止の世界の流れをつくってきたということなのでしょうか。私たちにはまだ、そのどちらも足りないということですね。

「緊張や不安、恐怖が充満している今日の社会で、死刑に『ノー』と言うことは人類への信頼を表す行為であり、暴力の悪循環に終止符を打つことができる。合法でも殺人は殺人者に対する抑止力にはならない。『人の命の不可侵は権利中の権利であり、すべての原理がそこから発生する』と記したのはフランスの作家で偉大な欧州人だったビクトル・ユゴーだ」

EUのヒュー・リチャードソン駐日大使の発言です。気持ちがいいですねー。これだけスパっと言っていただけると。

・・・・死刑に『ノー』と言うことは人類への信頼を表す行為であり、暴力の悪循環に終止符を打つことができる。・・・・

これは、日本国憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」を思い起こさせませんか?そうしてこれは、9条につながる精神だと思います。

世界の流れは平和憲法のめざす方向に向かっている気がします。というより、それ以外に人類が進むべき道はないと気づき始めているのではないでしょうか。

それにしても、明解なフランス大使といい、ビクトル・ユゴーを持ち出してさりげなくフランスへの敬意と欧州の宣伝も忘れないEU大使の外交力といい・・・うらやましい~。

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2008/02/02

こわ!

と言っても、スリラーやミステリー小説の怖さではありません。

こんな動画を見つけました。

「Jesus Camp(ジーザスキャンプ)」

…保守系キリスト教教会が主催する若年信者育成キャンプ。そこでは過激派イスラム原理主義のような、子供たちを「神の兵隊」に仕立て上げる訓練が行われていた。アメリカ国内で着実に影響力を増すキリスト教右派の一端を描く。…

登場する子ども達が、あどけなくて純粋で可愛いのです。だからよけいに悲惨さがきわだちます。

ここにあるのはまさに「洗脳」。子ども達の将来を奪っているとしか思えません。

キリスト教、イスラム教、それぞれがこうした未来の<戦士>を育てて敵対する構図を強化していくとしたら、そうした世界に希望は見えてきません。

おとなの子どもに対する責任って何?教育とは?政治と宗教の関わりは?

など、いろいろなことを考えてしまいました。

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2007/07/16

15キロ

きっこのブログで、きっこさんは靴に合わせてバッグを選び、それから靴とバッグに合わせてお洋服を選ぶのだとか。

ということで私は、おいしそうなチーズを頂いたので、そのチーズに合わせてパンを買いに行ってきました。

え?ちょっと違う?

。。。。。。。。

そんなことを書き始めていたら、地震が!(一転、話題が変わります)

ウチはおかげさまでなんともなかったのですが、・・・ニュースで震源は柏崎近くと聞いて、真っ先に思ったのは<原発>。

柏崎と言えば原発が何基もある所。いちおうニュースでは「原発建屋の一部から火災が発生したが消し止めた。放射能漏れはない。」と言っていますが、詳しいことは何もわかりません。原発の中はどうだったんだろう?

配管にキレツが入ったり、電気系統が故障したりとかは?

柏崎原発は原子炉の真下に断層があるのです

今回の地震は、今までで一番震源と原発が近かったといいます。その距離15キロ、地図で見るとこんなに近い!(※)

Photo_5

11_1 二つめの地図は拡大したもの。下の丸が原発です。

皆さんのお住まいから15キロを想像してみてくださいね。私も地図を引っ張り出してきて、家から直線で15キロを計ってみました。こんなに近いのかとビックリ!

日本のような火山国に原発はいりません。世界のどこにもいらないけど。

MLから入ってきた関連情報から↓

・火災発生から消火まで2時間近くもかかっていたのはなぜ?
(ニュースを見ても、自衛消火隊があるのに働いている様子はない。外部の消防車が来て消し止めた。)

・市内はあちこち電線が切れてぶら下がっており、いつも通りに運転することはできなかったそうです。地震に加え、大雪や観光イベントで人出が多かったり、そこに原発事故でも重なったらたちまちパニックになってしまうだろうと、地震の際、たまたま家族を乗せて走っていた人はゾッとしたそうです。

(※)震源の真上地上部を震央と言い、正しくは震央から15キロです。その後のニュースでは「9キロ」と報道されていましたが、東京電力の19日の報道発表では16キロとなっています。MLの市民情報はほぼ正しかったことになります。

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2007/06/11

7年前の…

かりに、7年前に出した手紙の返事が今頃来たら、皆さんはどう思われますか?

ある方が原子力発電所関連の不具合について異議申し立ての書類を所轄の役所(原子力安全・保安院)に提出したそうです。7年前のことです。

そうしたらつい最近(4日前)、役所から郵便が届いたそうです。

7年前の異議申し立ての件について「意見聴取会」を開くと言う趣旨だったそうです。

受け取った方は「????」。
それはそうですよね。なんせ7年前のことなんですから。

さっそく問い合わせたところ、担当者いわく、

「過去に申立を受けて処理の終わっていない件を処理しなくてはいけないので・・・」

と低姿勢だったそうです。

今、年金問題で過去のミスがゾロゾロ出てきているので、このままほうっておくとまずいということになったのでしょう。それにしても7年とは…。

年金問題がなかったらこのまま放っておくつもりだった?!こんなふうに、市民の声を無視して放りっぱなしになっている書類が、全国のさまざまな役所に山ほどあるのかもしれないなあと、ため息が出そう。

いっそこの際だから、全部のお役所の総ざらい、やってみてはどうでしょうか。

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2007/06/06

女性パワー!

ちょっと前に、郷里の海岸近くに建つ病院のことを書きました。有島武郎や高山樗牛の碑の建っている病院のことです。今はすべて取り壊されて団地になってしまったのですが…。

有島武郎と与謝野晶子、平塚らいてう(雷鳥)、山川菊栄・・・・等々、いろいろ連想するのですが、元はと言えば、押し入れに眠っていた永畑道子さんの「華の乱」という本がキッカケです。整理しようと思ってパラパラと見ていたら座り込んで読み始めてしまったという、よくあるパターンです。(逆に押し入れから本棚に昇格 ^ ^;)

当時の言論風景の活発なことに圧倒されてしまいます。月刊誌で毎月、女性の仕事・家庭・結婚・恋愛・育児などを巡って、歯に衣着せず応酬するのです。言論も活発なら恋愛だって半端じゃないです。とにかくエネルギッシュ!

論客の女性達ばかりではありません。女性が中心になって起こった各地の米騒動、女子自由党の結成、遊郭の女達にも政談が流行し、女工ストも頻発、そうした女性解放を抑えるために治安警察法が施行されるに至ります。しかし、それによって女性解放の動きはさらに激しくなったと言います。

何かというと「伝統」「伝統」と言われる最近ですが、いったいいつの時代を念頭に置いて言われるのかしら、とふと思ってしまいました。現在のフェミニストどころではありません。明治末から大正にかけての女性達のエネルギッシュなDNAは私たち(=私)にも流れているはずなんですが…。ムムム・・・。

と、これにちょっとだけ関連して、

「50年前の憲法論争」(東京新聞・6/3社説

「憲法擁護の義務を負っている者が憲法を非難、批判することは論理的に矛盾する」(故戒能通孝・東京都立大教授/当時)こういう論理明快な論がどうして今展開されないのか、不思議でしょうがないのです。

何となく今日は支離滅裂ですが・・・。

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2007/04/18

あのときの記憶

それは小学校4年生の時のことでした。私は仲良しのNちゃんと二人、Nちゃんの家の庭で遊んでいました。縁側のガラス戸は開け放ってあって、Nちゃんのお母さんは家事の合間に「おやつよー」と声を掛けたりしてくれました。(「三丁目の夕日」を想像してね)

(余談:Nちゃんのお母さんは、その頃では珍しい手作りケーキなども焼いてくれるお料理教室の先生でした。というわけでNちゃんの家のおやつはちょっと楽しみだったんです。本題とは関係ないですが ^ ^)

しばらく遊んで夕方になってきた頃、奥の台所にいたお母さんが突然大声を上げました。

・・・・・

「エエエエーーー???たいへん!○◇□△・・・・・・・・・・!!!」

・・・・・

????・・・・・(なになにー?なんなのー?)

Nちゃんと私は縁側から奥をのぞき込みました。お母さんは広げた夕刊から目を離さずに近づいてくると、

「○○○○さんがさされたんだって!たいへんよ、たいへん。△□◇×・・・」といつものオバサンらしくない興奮した早口でした。

Nちゃんも私も○○○○さんが誰だか知らないし、第一、何が何だかわらず、ボ-ッとしていたような気がします。でも、お母さんの驚き具合から、きっと大変な事件がおこったに違いないという察しはつきました。

ただなぜか、あの時Nちゃんのお母さんが焼きナスを焼いている最中だったことだけはよく覚えているのです(なんで?)。

・・・・

そんなことがあったにもかかわらず、その日私たちはいつも通り、日暮れまで無邪気に遊んで過ごしました。帰宅後、事件の状況を知ったはずなのに、小学生の私には特別な感想はなかったのでしょう。何も覚えていません。遠い世界の出来事だったのです。

それが歴史的な大事件だったと認識できたのは、ずっと後のことでした。社会党委員長の浅沼稲次郎さんが演説中、右翼少年の刃に倒れた事件でした。1960年のことです。

それはNちゃんのお母さんの「驚きの声」+「焼きナス」、という不思議な組み合わせで思い出されるできごとなのです。

今、その時のNちゃんのお母さんよりもずっと年上になった私が、同じような衝撃を体験するなんて…。うれしいことなら何度でも体験したいですけれど。

亡くなられた長崎市長さんのご冥福をお祈りします。
そして、あの日のNちゃんと私のように、今無邪気に遊んでいる子ども達がおとなになったとき、同じような衝撃体験をしなくてすみますようにと、心から、心から願わずにはいられません。

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2007/04/15

炭坑町でフラダンス

Sai2  公共ホールの地下一階。中央のガラス張りの部分に昼間は外光が差し込みます。

映画の上映時間まで、人影はまばら。

のんびりベンチに座ってプチ夕食。途中、お気に入りのパン屋さんで「スモークチキンサンド」と「ジャガイSai1モ明太子パン」を購入。実はベンチの横にはレストランがありますが、映画のために節約、節約。

この日の映画は「フラガール」。
さびれゆく炭坑町を救うため、窮余の一策、ハワイアンセンター建設と地元女性を募集してのフラダンス計画が持ち上がる。(実話に基づいた映画です)

イギリス映画「ブラス!」では、ブラスバンドが斜陽化する炭坑町の人々に夢を与えていました。

生活に一杯一杯の時だからこそ、音楽やダンスが生きる希望につながり、人々の気持ちを支えていくのかもしれない。心にしみるフラダンスの手話、そしてワクワクする太鼓のリズムと群舞。音楽もダンスも、やっぱり命そのものなんだ!

常磐炭坑にルーツ 映画「フラガール」(「ANJAN」掲載2006/9/27)

映画「フラガール」前史(青白い顔をして、光を求め続けた人たち~常磐炭坑、暮らしと闘い)(JANJAN2007/3/19)

〇ちなみに現在のハワイアンセンター

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2007/04/08

はじめの一歩

070407_20380001 昨日は新宿駅東口に行って来た。行って良かった。とってもすがすがしい気分!

(後ろの青いのは、100円カンパの袋)壁一面に貼ってあった。)

西口から東口に抜けるのにものすごい人だかり(西口では石原都知事の演説だったとか)。地下道から東口に抜けると、青いさざ波(?)が目に飛び込んできた。

青い旗や風船、スカーフが揺れている。マイクを使った選挙活動が許される午後8時まであと30分という時、浅野さんの演説が始まった。

「支援の団体の皆さん、勝手連の皆さん、そして個人で応援に駆けつけてくださった人達、そして今日ここには来られなかったけれど、今まで応援してくださった方達。たぶん皆さん一人ひとりができることの精一杯を、それぞれの場でやりきってくださったことと思う。まずそのことに言葉にならないくらいの感謝の気持ちでいっぱいです。」

「結果はもちろん大事だけれど、どのような選挙戦をするかというのはもっと大事。選挙の仕方そのものが、当選したときの政治のあり方そのものになります。情報公開というと皆さんは請求して紙切れが出てくると思っているかもしれないけれどそうじゃない。都合の良い情報だけ出されたら事実が見えません。私は選挙のカンパの額も公開しています。

これで終わりではない。明日はスタートです。この選挙戦の体験はみんなの共有財産になる。民主主義のスタートです。」

「政治をあきらめてはいけない。政治に希望が持てるということを示したくて立候補を決意しました。

選挙ではしがらみを作らないようにと思ってやってきた。でも今日でしがらみができてしまった。それは皆さんとの約束というしがらみだ。これは大事にしたい《しがらみ》です。」

「身の上話」あり、「自治と民主主義」あり(こっちは大学の講義風)、なんだか選挙演説らしくない。でも、引き寄せられるように、みんな真剣に聞き入っている。

演説が終わってもアサノコールがやまない。降り始めた雨、数十人がゾロゾロと事務所に向かって歩き出す。

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20代の若者二人が歩きながらも迷っているらしい。「行こう、行こう」と誘う私。

「マニフェスト読みたいんですけど。」

  「ネットで全部読めるわよ。17ページにわたってしっかり書いてある。」

歩きながら若者と話す。
「ウチの家族はみんなアサノさんで、僕だけが石原さんなんです。」

  「なんで石原さんなの?」

「カジノつくってほしくて。外国にあるのに日本にないから。それで収益上げて福祉に回せばいいと…」

  「その前に死んじゃったらなんにもならないよね。生きていけない人もいっぱいいるのよ。」(←バカバカ、もっとうまい答え方はないのか?と言いながら思う。)

傘もなく、雨は本降りになる。

「浅野さんは借金増やしましたよね、公共事業で」

  「小児病院へのクネクネ曲がった山道を整備して、一刻も早く救急車を通すための道路整備、それに県債を発行したから。借金してでもやらなくてはならないこともあるのよ。」

事務所は狭くて、入れない人が入り口にあふれていた。みんな雨に濡れて、「どうする?」という状態。

ふと気がつくと若者がいない。去っていく彼らの後ろ姿が見える。すみれ子さんのと私のと、とりあえず手にしていたビラを持って追いかける。

  「これ、あげるから読んでね。」

「どうもありがとうございます」

それまで黙っていたもう一人の若者が振り向きざま、お辞儀してくれた。
通じたかなあ、なんか気づいてもらえたかなあ。もっとちゃんと話せたら良かったなあ、と後悔しきり。

若者達が迷いながらも一生懸命考えていることがわかってうれしかった。だからこそ、こういう若者達を間違った方向へ導いていくようなことがあってはならないと、オバサンは強く強く思ったのだ。

事務所にはバングラデシュの男性も応援に来ていた。20年以上日本に住んでいて、カンパしたいと思ったという。外国の人はカンパできないとわかってしょんぼりしていたので、私のささやかなカンパに「一緒にしておきますね」と伝え、袋に入れた。

壁一面にカンパの青い袋が貼ってある(これも宮城では街頭で配れたのに、東京では事務所だけでしか許可されなかったという)。

浅野さんはウグイス嬢や、選挙カーの運転手さんをみんなに紹介して、お礼を述べた。156カ所の街頭演説を毎日裏方で支えた人達だ。
ファンファーレで登場なんていうハデなパフォーマンスはなかったけれど、気持ちの良い、さわやかな選挙戦の最終日だった。

駅頭の浅野さんの握手はアサノコールと共に、12時まで続いた(はず…(ワタシは途中退場)。

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2007/04/06

一人ひとりの夢を

(最後の資料の部分に一部追記)

4月5日、「じゃが連」じゃなかった「がじゃ連」という変わった名前の主催者による集会があったそうです。

<がじゃ=学者+ジャーナリスト>ということで、・・・
「強者の独善を許しがたい」と感じたさまざまな分野の、ふだんは政治活動などしたことのない学者さんたちとジャーナリストの皆さんが主催。…そこに「時の人」が招かれてスピーチ。

「僕は選挙に負けたことないし、試験とかも、落ちたことありません。司法試験にも落ちなかった。
受けてないから、落ちてないんです。」

(オー、!!!)
ジョークマンと言われるゆえん。
ダジャレ大好き人間だとか。

「『もっと準備期間があったら』とか『候補者がもっとカッコよければ』とか、条件のモンダイはきりなくあるが、すべて《運命》なんです」

なるほど。

笑ってるばっかりじゃなくて、ちゃんとマニフェスト読んでみました。
その中からワタシが「これは」と思った幾つか。

●夢はオリンピックで見るのでなく、一人ひとりの夢の実現を支援するのが行政の仕事。

●女性の副知事を。「こころと体の相談室」を設ける(こころと体を切り離していないところが◎ )保育所待機児童8000人の入所。女性登用の機会を増やす。

●大都市は高齢化が一気に進むのが特徴。その時、防災対策は施設や道路整備では追いつかない。支え合うコミュニティが絶対必要。

●知事と幹部職員の交際費の全面公開

●1年以内にマニフェストへの都民の意見を聞き、その結果をホームページで公開。

まだまだいっぱい書いてあるけど、これだけやってくれるだけでもどんなにか救われると思う。というワタシは埼玉県民ですが。

東京・埼玉・神奈川の知事は「首都圏連合」という仲良しグループ(?)をつくっているから、仲間の一人が変わると、きっと埼玉も変わると思うからです。

泣いても笑ってもあさってで決まる。そして、あさってから新しい4年間が始まる。どんな4年間になるのだろう。

4月7日(土)18:00~20:00 新宿東口大集合 (浅野勝手連)

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<追加資料>

東京都民、国民の皆様へ(防災対策についての各候補への質問状と回答

オーマイニュース(4/6 豊洲の安全性について)

※浅野さんの回答は詳細な検討による具体策がズラリ。現職でもここまで語れる人がいるでしょうか。かつ、「地震で都民を一人も死なせないという、トップの強い決意(がなければ)…、誰も本気で取り組みません」と核心をついています。
石原知事の回答の「住宅の倒壊や火災による死者の半減」は、国の進める「減災」の考え方です。「防災」でなく「減災」の考え方では助かる人も助からなくなってしまいます。私は見捨てられたくないよ~。

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2007/04/02

春爛漫の街で

東京は巨大な街だ、と改めて感じた一日だった。いろんなエネルギーが渦巻いていて、活気があって…。でも、同時にそのエネルギッシュな面で見えなくなっている影の部分に、本当はもっと光が当たらないと、みんなが平和に暮らせる街にはならないのだろうなあ。

問題は東京に集約されている。

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Asano412有楽町マリオン前(「女性勝手連」の上野千鶴子さんもTシャツ姿で応援。いつも通りの切れ味鋭いメッセージが力強い。)

気がつくと、支持者の間を縫って握手して廻っAsano411ていた浅野さんが私の後ろに。思いがけず握手してしまった。不思議な感じの握手だった。

その目は笑っていなかった。グイッとこちらの目を見て固い握手。

「あなたの思いをしっかり受けとめますよ」
「あなた達一人ひとりのエネルギーをください」
「やりますよ!」

彼はひょっとしたら、握手するたびにそんなことを自分の胸に刻み込んでいたのではないか。

普通はニッコリ微笑んで握手する。媚びを売るような笑顔の人もいる。それに比べたらあまりにも愛想がない。そのかわりものすごい真剣さと気迫を感じた。

Asano413 原宿は若者でごった返し、改札では入場制限が出るほど。花見客も大勢だ。
(勝手連手作りの(?)巨大なオッパイに道行く若者や外人さんもビックリ!通りすがりの若者が「オレ、この人に入れよう」。外人さんも勝手連の女性と肩を組んで記念撮影。本来オッパイは平和な万国共通語なのだ。)

Asano414_1(巨大なので たたむのもたいへん!乗っかったり押しつぶしたり、20分以上も格闘していたけど…、その後どうなった?)

その後、新宿西口に移動。再び浅野さんを迎える。阿倍知子さん、蓮舫さん、湯川れい子さん、細川もりよし元首相の奥様など華やかな女性達の応援団。最後はグループサウンズのおじさま達の演奏もあったようで(私たちは近くのティールームでお茶していて聞き損なった)。

でもなんだかチラシの受け取りも反応もいまいち…。と帰りの改札口で立ち話していたら、さっき集会で出会った女性の方が声をかけてくれた。

「でもみんな黙っているけど考えていると思う。私の廻りでも〇〇〇さんに入れるって言ってます。今まではこういうこと関わったことないんですけど、なぜか今日はチラシをこんなにもらってきました。廻りに声をかけてみますね。」たまたま通りかかって演説を聞かれたのだとか。

おう、元気が出ます!

「子ども達、孫達のためですものね。がんばりましょうね~!」とおばさん達4人、手を振って改札口を離れたのだ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

※現在東京都は都立小児病院の統廃合を進めようとしており、反対の声が上がっている。女性や子どもが福祉の目玉のようとされるのは単に看板の役割でしかないのだろうか。次の世代を育むことにお金を使わないで、何に使うの?

宮城県の借金は小児病院への道路整備のために県債を発行したことによる。それは行政として正しいお金の使い方だ。借金をしてもやらなければならないこともあると思う。

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2007/04/01

ビバ!ボランティア

「ありがたいこと。もったいなくて…。」と嬉しそうに、そしてとても恐縮して、おばあさんは取材のマイクに答えていた。
若いボランティアの男性が「どうぞ体にお気をつけて」と声をかけたときのことだ。

おじいさんも「本当にうれしいですねえ」と相好を崩している。

能登半島地震に応援に入ったボランティアの人達。全国から1000人も。

「お休みを利用して何かできないかと思って」と若い女性の方。

「以前、被災地に応援に行ってすごく必要性を感じたので、今度もきっと役に立てるのではないかと思って来ました」と若い男性の力強いコメント。

お年寄り達の笑顔と、ボランティアの人達のはつらつとした表情。ただただ頭が下がる。

温かい気持ちと、勇気、そして見ているこちらまで元気になる。
とにかく脱帽です!

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2007/03/30

青いスカーフ

Scarf あるかな~、青い物なにか・・・青、青・・・あ、あります、あります!

私がまだうら若き学生の頃、我が家で秋田犬を飼うことになりました。初めて彼がやってきた時はまだまだ子犬。それでも体も大きいし、足も太い。うっかり目を離したスキに私のお気に入りのスカーフを口にくわえていたのです!!!

あわわわわー・・・、時すでに遅し。ものの見事にカギ裂きが、歯型が、穴が・・・。それでも捨てられなくて引き出しの奥にしまってあったのです。以来ウン十年、ほんのたまにカギ裂きや穴が見えないように工夫して使っていましたが、あさっては堂々の出番です。

<お知らせ>

都知事選の勝手連情報。

青い物を身につけてご参加くださ~い!さくら子・あざみ子・すみれ子三人組も行きます。夜桜までオッカケする?

ご遠方の方、東京近辺のお友達にご案内いただければ嬉しいです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

4月1日(日)

10:00 巣鴨駅

13:00 有楽町マリオン前
13:00  銀座四丁目交差点(三越前)

14:00  秋葉原駅中央口

14:30  原宿駅横 

16:00 新宿駅西口

多少時間的なずれが生じる可能性もあります。
イメージカラーの青い物を身につけてご参加ください。
(青いスカーフ、帽子、かばん、などなんでも。)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

候補者本人のいる場所では法定ビラを配ることができます。このボランティアは何人いても困ることはないそうです。

女性勝手連からは「女性勝手連の横断幕とパネル」「青いノボリ旗」のついた車を目印に集まってくださいとのこと。

勝手連のため情報のまとめ役がいないため、複数の情報が入り乱れています。(13:00の重複も、マリオン前→三越前に移動ということでは。)ご参加の場合、各自で最終確認をお願いします。

http://tokyokatteren.jugem.jp/?eid=70#sequel 

http://tokyokatteren.jugem.jp/?eid=58

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2007/03/17

未知の世界

裁判長は鍋奉行?
(「杉並教科書裁判、市民と裁判長の丁々発止」) 
裁判の記録をこんなに面白く読んだのは初めてです。
面白いなんて言うと叱られそうですが・・・。いやあ、未知の世界なもんで・・・。

裁判長の思わず出ちゃったエラー、皮肉なことにそこだけ人間の声に聞こえてしまう。だから、エラーだけどなぜかホッとする。

でも、原告の「傍聴の人達にちゃんと訴えの内容を知ってほしい」という主張は、すごーく当たり前な気がするんですよね。

それにしても裁判って、異質な世界ですねえ。
この日の口頭弁論はたった15分の予定だったんですか?
それで時間がないから、項目だけを読み上げて、説明したことにしちゃう?

時間がないって、・・・だってこのための裁判でしょうが。
そこに時間を使わないでどうする?!
・・・などなど、ワタシには摩訶不思議な世界にしか思えないのであります。

近いうちに、裁判員制度が始まりますよね。原則、全員参加ですって。

このままでは、できればパスしたいなあ。

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2007/02/13

ご飯のかわり

昨日のおにぎりついでに、今日はお米の話です。

この頃はお米の消費量が減って1965年当時は一日平均5杯食べていたのが、2004年には一日3杯になってしまったそうです。その原因はパンやスパゲティを食べるようになったせいだと思っていましたが、どうもそればかりではないみたいです。

カロリーでみると、1960年には48.3%をお米から得ていました。ところが2004年にはお米から得ているのは23.4%に過ぎません。では、お米が減った分、何からカロリーを得ているかというと、肉と油脂なのです。

1960年…畜産物  3.7% →15.4%(2004年)
1960年…油  脂   5.0%  →14.2%(2004年)

どちらも約3倍に増えています。

いっぽう、

魚は3.8%→5.1%小麦は10.9%→12.7%

ですから、それほど増えてはいません。

肉や油脂を使えばご飯をたくさん食べなくてもすんでしまうということです。

私は好きでパン屋さんによく足を運びますが、最近はパン屋さんのバラエティに富んだパンの多くが、チーズやハム・ソーセージ、マヨネーズなど、パンそのものを食べるというよりは、肉・油脂・砂糖などと共に加工した、こってりしたパンが増えたような気がします。確かに肉と油脂は増えているのでしょうね。

農林水産省のグラフ
(絵入りでわかりやすいです)これによると私の油脂の消費量は昭和40年代並、ご飯は現在の平均くらい。やっぱりご飯が少ないなあ、と言うことで今日は塩ジャケ買いました。明日はシャケおにぎりです!

統計資料は「自然と人間」(2006/12)の魚柄仁之助の食文化情報局より

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2007/02/05

言いたかったことは

政治も学問も、人間がより幸せに生きるためのものと思っている私は、こういう時こそ学術団体は機能してほしいなと思っています。で、会費だけ納めているような会員なのですが、メッセージを出してほしいと思って所属学会に提案しました。

すぐにお返事が来たのは嬉しかったのですが、「メッセージの下案を書いてもらえないか」とのこと。「そんな大役を?!」と迷いつつも、思い切って大急ぎでつくって送りました。

それを基に大幅に加筆修正してくださり、女性学会の意見書として、本日行政省庁や関係者あてに送られました。今回の問題を単に辞任云々の問題とせず、国の基本姿勢を問う、的確な問題指摘になっていると思います。

長文ですが、よかったら読んでくださいね。

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日本女性学会による、柳澤大臣発言に関する意見書

                  2007年2月2日

 日本女性学会第14期幹事会および会員有志

  柳沢伯夫厚生労働大臣が2007年1月27日、松江市で開かれた集会で、女性を子どもを産む機械に例え、「一人頭で頑張ってもらうしかない」と発言をしていたことが明らかになりました。
 これは、子育て支援を司る行政の長としてまことに不適切であり、即刻辞任されるよう強く求めます。

大臣の発言には、以下のような問題があると、私たちは考えます。

第一に、人間をモノにたとえることは、人権感覚の欠如と言えます。

第二に、女性を産む機械(産む道具)としてみることは、女性蔑視・女性差別の発想だと言えます。また、この観点は、優生学的見地に容易につながる危険性をもっているという意味でも問題です。

第三に、女性(人)が子どもを産むように、国(国家権力、政治家)が求めてもよいというのは、誤った認識です。産む・産まないの決定は、個々の女性(当事者各人)の権利であるという認識(リプロダクティブ・ヘルス・ライツ理解)が欠如しています。リプロダクティブ・ヘルス・ライツの考え方は、カップル及び個人が子どもを産むか産まないか、産むならいつ、何人産むかなどを自分で決めることができること、そのための情報と手段を得ることができること、強制や暴力を受けることなく、生殖に関する決定を行えること、安全な妊娠と出産ができること、健康の面から中絶への依存を減らすと同時に、望まない妊娠をした女性には、信頼できる情報と思いやりのあるカウンセリングを保障し、安全な中絶を受ける権利を保障すること、などを含んでいます。

第四に、子どもを多く産む女性(カップル)には価値がある(よいことだ)、産まない女性の価値は低いという、人の生き方に優劣をつけるのは、間違った考え方です。産みたくない人、産みたくても産めない人、不妊治療で苦しんでいる人、産み終わって今後産まない人、子どもをもっていない男性、トランスジェンダーや同性愛者など性的マイノリティの人々など、多様な人々がいます。どの生き方も、平等に尊重されるべきですが、柳澤発言は、子どもを多く産む女性(カップル)以外を、心理的に追い詰め、差別する結果をもたらします。

第五に、少子化対策を、労働環境や社会保障の制度改善として総合的に捉えず、女性の責任の問題(女性各人の結婚の有無や出産数の問題)と捉えることは、誤った認識です。子どもを育てることは、社会全体の責任にかかわることであって、私的・個別的な家族の責任としてだけ捉えてはなりません。

第六に、「産む(産まれる)」という「生命に関する問題」を、経済や制度維持のための問題(数の問題)に置き換えることは、生命の尊厳に対する危険な発想といえます。もちろん、出産を経済、数の問題としてとらえることが、社会政策を考える上で必要になる場合はありえます。しかし、社会政策はあくまで人権擁護の上のものでなくてはならず、生命の尊厳への繊細な感性を忘れて、出産を国家や経済や社会保障制度維持のための従属的なものとみなすことは、本末転倒した、人権侵害的な、かつ生命に対する傲慢な姿勢です。

以上六点すべてに関わることですが、戦前の「産めよ、増やせよ」の政策が「国家のために兵士となり死んでいく男/それを支える女」を求め、産児調節を危険思想としたことからも、私たちは個人の権利である生殖に国家が介入することに大きな危惧の念を抱いています。
柳澤大臣の発言にみられる考え方は、安倍首相の「子どもは国の宝」「日本の未来を背負う子ども」「家族・結婚のすばらしさ」などの言葉とも呼応するものであり、現政権の国民に対する見方を端的に表しているものと言えます。2001年の石原慎太郎「ババア」発言、2002年の森喜朗「子どもをたくさん生んだ女性は将来、国がご苦労様といって、たくさん年金をもらうのが本来の福祉のありかただ。・・・子どもを生まない女性は、好きなことをして人生を謳歌しているのだから、年をとって税金で面倒をみてもらうのはおかしい」発言も同じ視点でした。産めない女性に価値はないとしているのです。少子化対策が、国のための子どもを産ませる政策となる懸念を強く抱かざるを得ません。  

小泉政権に引き続いて、現安倍政権も、長時間労働や格差、非正規雇用差別を根本的に改善しようとせず(パート法改正案はまったくの骨抜きになっている)、障害者自立支援法や母子家庭への児童扶養手当減額、生活保護の母子加算3年後の廃止などによる、障がい者や母子家庭いじめをすすめ、格差はあっていいと強弁し、経済成長重視の新自由主義的優勝劣敗政策をとり続けています。ここを見直さずに、女性に子どもを産めと言うことこそ問題なのです。したがって、今回の発言は、厚生労働省の政策そのものの問題を端的に示していると捉えることができます。

 以上を踏まえるならば、安倍首相が、柳澤大臣を辞職させず擁護することは、少子化対策の改善への消極性を維持するということに他ならず、また世界の女性の人権運動の流れに逆行することに他なりません。以上の理由により、柳沢伯夫厚生労働大臣の速やかな辞職と、少子化対策の抜本的変更を強く求めるものです。

                            以上

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2007/01/29

機械だったの?

人間は数に置き換えられない。だから、多いとか少ないとか人数に置き換えて考えるときは、ものすごく慎重にしなくてはいけないんだなぁと思ったことがありました。

以前、大田昌秀さんの講演を聞いたときのことです。大田さんは沖縄戦で九死に一生を得て、その後沖縄県知事になりました。

大田さんの話には何度も沖縄戦の戦死者数が出てきました。大田さんはそのたびに「18万8136人(だったか、とにかく1の位まで)」と言っていました。「18万8136人」「18万8136人」・・・。講演の中で一度も「約18万」とか「19万弱」とか言いませんでした。

もちろん要約して表現しなければならないときもあるでしょうが、沖縄県知事である大田さんとしての、一人ひとりの生命への尊重であり、自戒でもあったのだと思います。

同じような生命への配慮では、養老孟司さんがこんな意味のことを言っています。「<本日の交通事故の死者数>とかいう掲示があるけれど、あれはおかしい。人の死は数に置き換えられないからだ。多いか少ないかで語れない。それを数にしてしまったから、人の死(生)が見えなくなってしまっている。」

統計などでどうしても人間を数に置き換える必要があるときには、細心の注意を払い、普段以上に人権を意識しなくてはいけないのだと思います。

柳沢厚生労働大臣が「産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」と、女性を機械にたとえて、少子化対策を解説したそうです。「機械って言ってごめんなさいね」と言いながら話したというのですから、開いた口がふさがりません。

即刻大臣をやめていただきたいです。とにかく私は、非常~~~に、気持ち悪いのです。

参考)・ナチスドイツの「レーベンスボルン計画
    ・「産む機械」という芸術作品(H.R.ギーガー(美術館)…映画「エイリアン」のデザインで有名)

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2007/01/18

新しい記念日

Syowa 今朝の朝刊一面の片隅に、こんなお知らせがありました。

そういえば、何年か前「みどりの日」が変わるというような話がありましたね。

…***……***……

●激動の日々を経て、復興をとげだ昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす日として、今年から四月二十九日は国民の祝日「昭和の日」となりました。

●「みどりの日」は四月二十九日から五月四日に変わります
だそうです。

もともと4月29日は昭和天皇の誕生日でしたが、亡くなった後もこの日を昭和記念日などの名称で残したいという人達がいました。賛同する国会議員などによって議案は何度も国会に提出され、2005年の国会承認により祝日法が改正され、今年から「昭和の日」として制定されました。

こういう推進運動が。(勝手に国民の声なんて言わないでネ。ワタシ頼んでませ~ん)

5月4日を国民の祝日として制定した上で、今回「みどりの日」をそこにお引っ越しさせ、「みどりの日」だった4月29日を「昭和の日」にするというこのやり方が、なんだかねぇ…。

「昭和の時代を顧みて、国の将来に思いをいたす」……単なる回顧になりませんように。

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2007/01/11

迷いどころ

食品の賞味期限が一日だけ切れているとき、皆さんはどうしますか?

私の場合、物にもよりますが、まず見て、匂いをかいで、さわってみて、色や形状、感触などから判断します。五感に頼るというわけです。そしてたいがいの場合は、OKサインが出て、食卓に上ります。と、もったいぶって書くまでもなく、一日(二日?三日?)くらいならほとんど問題なく食べちゃいま~す! ^^;

大体あの賞味期限はあまり当てにならないと思っています。賞味期限内でも夏場など傷みかけている場合もあるし、物によっては賞味期限から2~3週間経ってもなんともないものもあります。ということで私は自分の五感が判断基準です。

でも気になる人は一日でも過ぎたら気になるし、これは個人差が激しいと思います。経験から言うとご年配者は自己判断が基準で、比較的若い人は表示を判断基準にしているようにも思います。(親の影響で、我が家のように若くても自己判断、ほとんど食べちゃう派もいますから一概に何とも言えませんが (^ ^;)

    ○ ● ○ ● ○

ところで企業の場合はどうなんでしょう?某洋菓子メーカーが賞味期限が一日切れた牛乳を使用して問題になっています。安全が保証されないのは困るので、その点はキチッとやってもらうとして、本当に賞味期限が一日切れると加工するにも向かないのでしょうか。もし加工方法によっては使えるなどとなれば、利用度も上がります。

ちなみに大手コンビニチェーンが一年間に捨てた賞味期限・消費期限切れ(または間近の)食品は400億円にも上るそうです。他の企業も含めると、日本全体で一年間ではどれくらいになるのか。デパ地下のバイトをした主婦が、一日の最後に捨てられる食品を見るのが辛くてバイトをやめたという話も。
環境gooロハス

安心して食べられて、同時にムダのない消費・・・むずかいけど、考えないと・・・。大丈夫だからといって何でもカアチャンのお腹にいれるわけにもいかないのよ。そんなことしたら今度は医療費(&衣料費)がかさむんだから。

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2007/01/05

夢がない…か

前回、数独のことを書きました。難易度6でギブアップと。
実はその後も気になって、テーブルの上に(数独の載った)新聞を広げておいたんです。で、時折横目で見ていたのですが・・・・・・・・・・やっぱり気になってしかたないので、昨夜、再度挑戦。そしてついに、できたー!というところで、難易度7への挑戦はヤメ。やっとコツがつかめてきたのでやりたい気持ちは満々。でもやり始めたら抜け出せなくなりそうでコワイ。で、その新聞は明日の資源ゴミ行きで~す。(たぶん

さて、お正月だから喜ばしい話とか、景気の良い話とか、ほのぼのする話とか、せめて暗くない話を書きたいのですが・・・。今思っていることを飛ばして楽しい話だけを書く気にもなれなくて・・・。

私は仕事柄若い人たちと接することが多いのですが、「無気力」とひとくくりにされがちの若者達ですが、そんなことはありませんよ。一見そう見えてもじっくり話を聞いてみると、やはりそれぞれに何かを持っています。最初から無気力な人間などいるはずがありません。最初はみんな何かしら夢や希望や期待を持っていたのです。そして「無気力」と呼ばれている今だって、そのままでいいと思っている人なんてまずいません。

そして同時に、無気力と言われる状態から抜け出ないことを、すごく焦っています。「このままでいいのかなぁと思う」「オレ、もう〇〇歳だし」という言葉はしょっちゅう彼らの口から出てきます。

中学の時のいじめられた体験を引きずっている若者、家族の病気や家庭の事情で悩んでいる若者、真剣に彼らに向き合おうとしない周囲のおとな、ひずみは「無気力」と言われる若者の側にだけあるのでないことは明らかです。

ニュースを見ていたら「夢がない」と言われたことが引き金になった家族間での悲惨な事件が報じられていました。(詳細はその時点では不明)同じテレビで安倍首相が、「今年を美しい国づくり元年にする」と、明るい顔でしゃべっていました。現実を見ない政治家ほど始末に負えないものはないなあと、思わずため息が漏れてしまったのです。
むしろ頼りになるのは私たち市民の感性と洞察ではないかと思います。

こんなことを思っていたら、保坂展人さんのブログ('07/1/4)にも政治家としての立場から同じようなことが書かれていました。そして読者からの意見も募集しています。後で書いてみるつもりです。

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2007/01/02

猪突猛進も可

明けましておめでとうございます。
今年は何だかお正月の実感があまりありませんが、皆さんはいかがですか?私だけでしょうか…。

ともあれ年も改まり、気持ちもちょっとリフレッシュ。
今年もよろしくお願いいたします。
さて、新聞でこんなニュースを読みました。

豊かな国は どこですか」(東京新聞'07/1/1)

ヒマラヤの麓のブータンは、九州ほどの国土に75万人の人が住む国です。このブータンではGNP(国民総生産)よりもGNH(国民総幸福量)を国の指針としているそうです。国勢調査では97%の国民が幸福だと答え、環境保全にも関心が高く、教育面では子ども達の環境問題やエイズに関する知識も豊富であるといいます。日本が先進国の中で、唯一エイズの増加傾向にあることを思うと、生きる上で必要な知識をしっかり教えているのがどちらの国であるかは一目瞭然です。

GNPで上位を争うアメリカや日本は、お金があっても格差の増大や人間関係の希薄化、老後の不安やホームレスの問題で悩んでいます。お金があっても幸せでなければ意味がありません。一方のブータンは一人あたりの年間所得が日本の50分の一だそうです。でも、大半の国民が幸福と思っているのです。

ブータン国王(51)はつい先頃、王位を息子(26)に譲り、2008年には王政から立憲君主制になるそうです。前国王がGNHを国の指針としたのが30年前、21歳の時だったそうですから驚きます。同時にこれからブータンがどんな国になっていくかも興味があります。

そう言えば、日本でこんなシンポジウムもあったそうです。
ブータンと国民総幸福量に関する東京シンポジウム2005」(外務省ホームページ)
(「日本国憲法を様々な意味でご参考頂けるのではないかと考えております」という河井外務大臣政務官の発言が社交辞令でなければ、どう生かされるのか興味が湧きます。その後どうなったのかな?)

日本もぜひ、国民総幸福量を指針にする国になってほしいものです。そのためなら「猪突猛進」もオッケー、ですよね!

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2006/12/28

岩国で今

山口県岩国市と言えば、3月に住民投票のあったところです。その岩国市が今、窮地に立たされています。

岩国市は3月、米軍の空母艦載機受け入れを問う住民投票で、反対多数で受け入れを拒否しました。その後、井原勝介市長は国や米軍に対して、こうした住民の声を尊重するよう訴え続けてきました。「今までも国に協力してきたのだから、国も地元の人の意思を十分尊重してほしい」と主張するのは自治体の長として当然の要求だと思います。

ところが、国は、こうした地元の声に真摯に耳を貸すどころか「言うことを聞かないなら、補助金は出さない」と圧力をかけてきました。こうした国の姿勢を受けて、ついに12月26日、岩国市議会では保守系の議員達が市長の問責決議案を提出し、可決してしまいました。つまり「政府からお金がもらえないのはおまえが受け入れに反対したからだ。責任をとれ。」というわけです。(この決議案に法的拘束力はありませんが)※

確かに全国を見ると、国の意向を受け入れた地元には、来年度予算でしっかりと補助金が下りることになっています。でも、こうした札束で頬をひっぱたくようなやり方で、平和で安全な地域社会ができるわけありませんよね。住民の安全のためには政府の圧力に屈することなく、ねばり強く政府と交渉する―これこそ地方自治体の長として責任ある姿勢だと思います。だから井原市長のやってきたことは責任を問われるようなことではありません。

3月の住民投票の際、全国から支援の声が寄せられたのは、それが平和を願う私たちの声を代弁してくれていたからだと思います。私たちの願いをつぶさないためにも、こういうときこそネットの力で岩国市と井原市長を応援できたらと思います。よかったら皆さんもお願いしますね。

岩国市 (左枠の市長ホットラインからアクセスできます)

<関連情報をネットで検索してみました。>

「言うことを聞かなければ約束でもほごにする。国が言う『地元の理解を求める努力』の中身はこんなものかと思う。断固抗議し、再考を求める」(井原岩国市長)
国は強硬/ 市は窮地 岩国市庁舎補助金問題

市長は「仮に財政が破たんしても、部隊が来ない方が市民は幸せだ」と言い切ったという。
日本再生ネットワーク「ニュース保存用」

住民投票の成果を活かす岩国市民の会

広島瀬戸内新聞ブログ版

※政府はすでに約束済みの補助金の支払いまでも、姑息な手段で支払わずに市を窮地に追いやる策を講じているようで、そこまでやるか、という感じです。補助金による市庁舎建設はすでに進んでいるにもかかわらず、です。

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2006/11/28

映画「草の乱」

今から120年前に、こんなに勇気を持って立ち上がった人達がいたのですね。恥ずかしながら、事件の名前くらいしか知らなかったのです。埼玉に移り住んでから10年になるというのに。今、日本人はすごく「おとなしい」けれど、こんな勇気を持った人達が120年前ふつうにいたこと、ちょっと誇らしい気も。&元気が出ます!(もちろん非暴力が一番。手段はともかく気持ちの上で)

1884年11月、埼玉県秩父郡で起きた「秩父事件」のことです。
貧しさに耐えかね、追い込まれた農民達が武装蜂起し、明治政府に要求を突きつけました。数千の農民が参加し群馬、長野にも侵出するのですが、憲兵隊と戦火を交え数日で敗れ去ります。8名が死刑になり、3800名に刑罰が下りました。その後、お上にたてついたこの事件はタブー視され、地元では語ることさえはばかられるような状況が続いていたそうです。が、時の流れを経て、見直され、2004年映画「草の乱」が制作されました。

私がこの事件を知って一番驚いたのは、リーダー