福島の子ども達の疎開に署名を!

今日はお知らせのみで失礼します。

それにしても暑いですね~。汗が滝のよう。。。。。これを書いたらエアコンのある部屋に逃げ込みますぞ。

福島の子ども達の疎開を求める署名が昨年から始まっています。サイトを開くと右側に署名欄がありますので、その場で署名できます。署名をすると、その場で下に名前がほとんどリアルタイムで表示されるのですが、すごい勢いで広がっている気がします。
ツイッターの威力か?!
子ども達の被害を少しでも減らせますように、ご協力よろしくお願いします。
こちら

高放射線量の場所でラジオ体操をする子ども達(youtube動画)

チェルノブイリの子ども達の治療に当たった菅谷昭さん(現松本市長)のお話(youtube動画)

読んでみる?『脱ってみる?』

おしどりマコ・ケンさん、すばらしいご活躍ですね。特に、マコさん。東電や保安院の記者会見で鋭い質問をされているとは聞いていましたが、地道に続けていらっしゃるのですね。知識が半端ではありません。リンクしたサイトを開くと、いきなり専門用語がタイトルに並んでいてビビリますが、内容はわかりやすく書かれています(かく言う私もまだ一部しか読めていませんが・・・)。

今回、私がたまたま開いたのが第29回でした。
お役所のあっちこっちへタライ廻りながら(廻されではなく、自発的に廻って)、福島の子ども達の内部被曝検査に関わる役所の見解を引き出しています。さすがお笑い芸人さん!鋭く、かつユーモアもあって、一度、よろしかったら覗いてみてくださいね。

おしどりマコ・ケンの「脱ってみる?」(マガジン9条/第29回)

この中に、私も初めて知ったのですが、とても貴重な情報があります。

放射線の健康への影響に関して、政府が引き合いに出すICRP(国際放射線防護委員会)の勧告ですが、日本が採用している勧告というのが古いバージョンなのだそうです。放射線についての研究も日進月歩で知見が積み上がっているはずですが、それにもかかわらず、日本は1990年の勧告を採用していたのです。(ICRPは推進側のNGOなので、許容数値は高めですし、安全と言われても信用できませんが、なおかつ古いバージョンだったとは!私が知らなかっただけ?皆さん知ってました?)

その後、2000年、2007年と改定されています。当初、余り問題とされなかった内部被曝についても次第に研究が進んできているわけですが、政府は2007年勧告を採用するつもりはないようです。なぜ?!原発推進に都合が悪いからとしか思えませんね。

守ろうとしているのは子ども達の健康ではないのです。まったくもぉ~~~う!
でも、でも、デモ、こんな動きがあるのだ!!↓
6月22日 首相官邸前のデモ、45000人(主催者発表、警察発表でも15000人)!

コッペパン

昨日の「お弁当」で思い出しました。

小学校一年生か二年生の運動会でのこと。お昼になって、みんながお弁当を広げて友達同士オシャベリしながら、ワイワイと楽しく食べ始めていました。

先生も私たちと一緒に輪になってお弁当を食べていました。K先生は若くて優しい女の先生でした。

その時、先生のとなりに座ったS君がお弁当ではなくコッペパンを食べていました。お弁当でもサンドイッチでもなく、コッペパンです。

その時は「なんでかな?」くらいにしか思わなかったと思います。後になって、どういう経緯からかは忘れましたが、先生がS君のために用意したということに気づきました。S君のおうちは貧しくてお弁当を持たせられなかったのです。

お昼時、お弁当を持ってきていないS君に気づいた先生が、あわてて誰かに頼んで用意してもらったのではないかと思います。

今ならお弁当でもサンドイッチでも簡単に買えますが、当時は買ってすぐ食べられる物と言えば、食パンやコッペパン、あるいは数種類の菓子パンくらいしかありません。おにぎりも売っていません。

でもそのときの、コッペパンを手にしたS君の屈託のない笑顔は今でもハッキリ覚えています。と言っても、私の記憶にあるS君はいつも笑顔なんです。暗いイメージはまったくありません。

S君だけでなく、みんなまぶしいくらいの笑顔でした。

戦後の写真や、昭和30年代の写真に出てくる屈託のない子ども達の笑顔。あれがそのままクラスの雰囲気でした。クラスではみんな分け隔てなく遊び、仲が良かったなあと思います。

こうして書いていても、顔も、名前もフルネームで思い出されるのが不思議。一クラス50人以上いたのにです。

・・・・・

ああ、それなのに、最近では昨日のことさえすぐ忘れるんですからね、まったく。

ウフッ ☆

Taku2 どうぶつの赤ちゃんがお母さんのおなかをよじ登っている!

おっぱいのみながら。

赤ちゃんが縦になっていると、なんとなくユーモラス。

子どもの泣き声

Hutagonasu

双子のナス。

 ☆ ★ ☆ ★ ☆

スーパーに買い物に行ったときのこと。
道路からスーパーの入り口に向かって歩いていくと、入り口あたりから、子どもの泣き声が聞こえてきた。たいして気にも留めずにいたら、今度は同じ方角から男の人の怒鳴り声が聞こえてくる。

見ると、3歳くらいの男の子が泣きながら、若いお父さんと手をつないで歩いて来る。それに向かって誰かが怒鳴っているらしい。

「そんなふうだから、××××!」
「だから、△△△△!」(聞き取れないが、激しい口調でなじっている。)

近づくにつれ、買い物を終えて自転車の前かごに荷物を積み込みながら、一人のおじいさんが先ほどの親子に向かって怒鳴っていたのだとわかった。(子どもを泣かせて、しつけができていないとでも言いたいようだ。。。)

父親は子どもの手を引いて淡々と受け流して通り過ぎようとした。が、おじいさんはしつこくなじっている。あまりしつこいので父親が何か言葉を返したようだ。
すると、ますますおじいさんが怒鳴った。
「そんなふうだから×△○××」・・・
男の子は気おされたのか、小声になって泣いている。

二人は、駐車場へと向かって行った。その親子の背に、またもやおじいさんはしつこく言葉を浴びせていた。
若いお父さんが「あんたにそんなこと言われたくない。」と穏やか口調で言い返すのが聞こえた。おじいさんはまだ怒鳴っていた。

救われたのは、若いお父さんが、おじいさんに怒鳴り返したりしないで、穏やかな調子で対応し、ゆっくりと子どもの歩調で歩いていたこと。それで私もホッとすることができた。

おじいさんはよほどストレスがたまっていたのかもしれない。あんなにも子どもの泣き声が気に障って、どなりつけないといられないなんて…。もしかしたら一日中、ほとんど誰とも会話もせずに、犯罪報道のテレビでも見ていたのかも…。とてもカリカリして、険しい表情をしていた。

幼い子どもを持つお父さんお母さんは大変だなぁ、と思わず同情してしまった。子どもはニコニコと可愛いときばかりじゃない。いくらちゃんと気配りしていても、子どもはぐずったりやんちゃをしたりして困らせたりするものだ。

子どもの泣き声に、もう少し寛容でないと、ホントに街の中から子どもの声が聞こえなくなってしまうよネ。

だくら

Karuta

斎藤次郎さんの著書「子どもと暮らすということ」に面白いカルタが紹介されている。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

三重県四日市市の本屋さん「メリーゴーランド」の2,3階に「遊美術」という子どもの造形と遊びのスペースがある。ここに通う子ども達(小学生と幼児)が作ったカルタである。

名づけて「ポストモダーン・カルタ」。インストラクターのおとなは自前の印刷機でカルタを仕上げることだけを手助けし、できるだけ子どもの伸びやかさを壊さないようにと配慮してできあがったものだ。

カルタのしおりには
1.遊美術の小学生が作った、笑っちゃうカルタです。
2.ためにはなりません。
3.大勢でやると楽しいので、楽しんでください。
 とあるそうだ。

なるほど「ためになる」ようなシロモノではない、と斎藤さん。誤字もあるし、意味不明のものも。「…相田みつをも真っ青という闊達な筆運びは、初見ではなかなか読めない。」

実際に子ども達とカルタをやってみると、「いろはカルタの単調さを見事に覆し、その場は困惑と興奮のるつぼと化していった」そうだ。

一例を。
え…えんとつにさいがぶつかりまっぷたつ
か…かんじわやっぱりむづかしい
さ…さけをのむとよっぱらい
ふ…ふうふでらぶらぶ
び…びんぼーだ
  などなど。
がぎぐげご、ざじずぜぞ、ちょ、というのもあるので、61組もあるのだ。

極めつけは、
だ…だくらにのた人
本には、絵札も載っている。串カツのようにも見える「らくだ」が描かれている。と言うより、私の目には串カツにしか見えない(串という字を横にしてご想像あれ。上の画像上から二段目。)

このカルタに見られるのは、「おとなの『教育』という名の介入が入る前の子どもの伸びやかさ」であり、ポストモダーン・カルタのポストモダーンは「『近代教育を超えて』遊びの世界へ、という志ではないか」と斎藤さんは書いている。

「だくらにのた人」は正しい書き方ではない、が、「あり」なのだ。

「だくら、らくだ、だくら、………???」あれあれ、ホントはどっちだっけ?

夏休み帳

kamira 二学期制をとっている小学校の多くは、今日が終業式だとか。いよいよ夏休み、私の家の近くでもさっそく花火が盛んに上がっていた。夕暮れ時になると何だか外が賑やかだ。どうやら駅前商店街のお祭りがあるらしい。「行ってきま~す」という親子の声がベランダから聞こえてきた。一時間ほどすると、打ち上げ花火の音も聞こえてきた。が、残念ながら我が家からは見えない。

夏休みというと、私の頃は「夏休み帳」なるものがあった。薄っぺらな物なんだけど、なぜか8月31日にまだやり残っていたりするのだ。夏休み最初の一日目は、「さあ、夏休みだ40日もある」と夏休み帳の1ページ目の計画表などを作って、順調にウキウキとスタート。何時何分起床、ラジオ体操の後、ご飯を食べて、宿題をやって、と細切れの「充実した」時間割をつくる。ところが一週間もするとみごとに挫折。そして修正版の時間割には自由時間が一気に増え…。これを繰り返して六年間が過ぎたような…。

ある年の夏休みのこと。8月31日の夜遅く、宿題が終わらずに頑張っていた。疲れてふと二階の窓を開けると、通りを隔てた先の、同学年のMちゃんの家の明かりが見えた。Mちゃんの部屋も二階だ。「きっと宿題やってるんだ」

それから数時間、「終わらな~い!」、と焦りながら、疲れて窓の外を見るとMちゃんの窓にも明かりがともっている。そしてまた机に向かった。その夜は明け方近くまで、私の部屋もMちゃんの部屋も、明かりが消えなかった。

翌日、眠い目をこすりながら仕上げた宿題を持って学校へ行くと、帰りにMちゃんに出会った。聞けば、やっぱり宿題で頑張っていたらしい。Mちゃんも私の部屋の明かりを見ながら、「やってるな」と思っていたらしい。夏休みというと思い出す40年以上前の出来事だ。

夏休みが楽しい思い出として残っていれば、それは子ども時代の貴重な宝物だろう。私の宿題体験も、イヤな思い出ではなく、何となくほのぼのした思い出として残っているのも、あの時代の空気が、まだまだ温かいものを持っていたからなのかもしれない。

「学校に行かないこと」をする

北海道の不登校支援・教育・福祉の分野で活躍している友人(勝手に友人と言わせていただくとして)の野村俊幸さんが本を書かれた。さっそく送っていただいて読んだ。タイトルは「わが子が不登校で教えてくれたこと」。若草色の爽やかな表紙と可愛いイラストがほのぼのした印象だ(イラストはお嬢さん)。

(表紙=大きな芋の葉っぱを傘にして雨をよけている少女。葉っぱの上にはカタツムリ。不登校は雨宿りと同じかも。裏表紙=雨上がりの虹を、カエルが見ている。)

タイトルの通り、野村さんご自身がお子さんの不登校を通して体験されたことと、そこから得られたことを、ご自身の率直な気持ちも含めて、真正面から真摯に受けとめ書かれている。不登校から「学んだ」ではなく、「教えてくれた」というところに、野村さんの謙虚で感性の細やかなお人柄が表れているように思う。加えて不登校支援の現場からのアドバイスも、親と教師それぞれの立場に対して、子どもの成長を支援する視点で盛り込まれている。

私自身も子どもの不登校に直面してずいぶん悩みもし、それによって多くのことを教わり、また自分自身がさまざまな社会的活動に関わるキッカケをも与えられた。しかし、野村さんの率直な体験報告とそれについての分析や、導き出される洞察の深さに接して、さらに気づかされることもたくさんあった。

不登校は親子共々つらい体験ではあるけれど、見方を変えれば貴重な家族の歴史の一部ともいえる。そのプロセスを通して親も子も、より理解し合える関係になることができることを、この本は雄弁に語っている。

筆者自身の体験から始まって単なる体験に終わらず、子どもへの関わり方、学校の先生への関わり方、逆に先生から保護者や子どもへの関わり方などまで、懇切丁寧に書かれている。さらに、今日の子どもを巡るさまざまな課題への向き合い方、姿勢についても示唆されている点が希望が見えていい。

親が困ったときに発しそうな質問が、そのまま項目になってズラリ並んでいる。きっと困ったときの親の強い見方になることだろう。当時こんな本があったらと思う。

今だったら私はどんな対処の仕方をするだろうか。学校に行けなくてうずくまる子どもの側に腰を下ろし、「アイスでも食べようか?」と笑顔で声を掛ける近所のオバサンになれそうな気がする。そういうちょっとホッとした会話のできる第三者の存在が、不登校に限らず、今子育てには必須になっているのではないだろうか。

野村さんの本は、そうした子育ての第三者=近所の優しい(しかも専門的な知識を身につけた)オジサン・オバサンのような本だ。子育て、教育に携わる人に時々思い出して読んでほしい。そんな雰囲気の本だ。

印象に残った箇所が幾つもあるが、その中の一つを紹介する。

       ……………………………

「『ゴロゴロ』してばかりでいいのかという不安」の項。

「学校に行かないこと」をしている不登校の子どもは、ものすごいエネルギーを使っていることを、まず分かってほしい。

       ……………………………

不登校の子どもが家でゴロゴロして何もしていないように見えても、子どもはただゴロゴロしているのではなく、「学校に行かないこと」をしているのだという見方。まさに目から鱗とはこのことだ。当時を振り返った娘さんが口にされた言葉だという。

この本を時々取り出して読み返すことで、子ども達と良い関係を築く道筋が見つかりそう。そんな勇気と希望が持てる本だ。

サナギが蝶に?

大学からの帰り、学生達とバスに乗り合わせた。
バスは午後の日を浴びながら、新緑に彩られ始めた丘陵地帯をクネクネと下りていく。
ふとバスの窓から見ると、平行して走る自転車道を一台の自転車が滑るように下りて
いくのが目に入った。自転車通学の学生だ。

急な下り坂だから、こがなくても進む。シャツや髪が風になびいて、蒸し暑い車内から
見ていると、見るからに「ワアー、気持ちよさそう!」

と思った瞬間、…後ろから学生の声がした。

「超、気っ持ちよさソ~!」
(ホント!私もそう思う。)

「コケろ!」
(え?コケろ?)

「エアガンで撃ちてェ~!」
(え?なんでそうなる?ちなみに、この台詞全部同一人物。)
私は一瞬思考が止まる。

以下、3人(たぶん)の会話。
「チッキショウ。気持ちよさそう~。」
「エアガンか、昔、よくやったなあ。」
「昔はよかった!何にも考えずにやりたいことやってたもんな」
「ホームレス、毛布ひっぺがしてエアガンで撃ちまくったりとか」
「え、おまえそんなことやってたの?」
「だって、葉っぱにくっついたサナギみたいに、くるまって寝てっから。」
「蝶になんじゃネ?」
「そしたらウチワでシッシとか、やってやんの…。今じゃできねえな。よくやったよな、
オレも。」
「ホームレスって何がキッカケでなるんだ?」
「働かないでも食べられて、理想の生活だってさ、」
「オレはやだな、いくら働かないで食べられても、」

「小泉純一郎そろそろやめるの?」
「え?そうなの?」

…………………………………………………………………

子育てを振り返ってみると、何年も前のことを子どもの口から後で聞かされ、冷や
汗が出てくるようなことがたまにある。男の子は特にそうだ。親は知らぬが仏だ。
事前に知っていたら引き留めていたに違いない危険と隣り合わせの、あるいは法
に触れるかどうかというギリギリの、冒険だったり「悪さ」だったりなどだ。

しかし男の子に限らず、多少のリスクを犯してでも冒険をする要素がいっさいない
と、育っていかない部分もあるような気がする。
(ここで思い出すのは、羽根木プレーパーク。余談だけど、ここのURLがいい。otagaisama)

では、どこまでなら許されるのか、また許されないのか。常に決まり切った法則は
なく、子どもも親も経験を積みながら、試行錯誤して答えを出していくしかないのだ
ろう。

防空壕で遊んでいた中学生達が一酸化炭素中毒で亡くなった。痛ましい事件だ。
危険個所のチェック、封鎖など、いろいろ意見が出ている。何が本当に適切な処
置なのかは、よーく考える必要がありそうだ。

子どもミュージカル

一昨日は春の陽気に誘われ、知り合いの大学生がボランティアで手伝っている子
どもミュージカルを観に行った。演目は「はっち!」(ミツバチはっち)

梅やパンジーが咲き競う午後の日差しの中、会場となった体育館には、親子連れ
が続々とやってくる。両親と兄弟姉妹、おじいちゃん、おばあちゃんという具合に、
ほとんど地域のお祭りのようだ。私みたいに外部の人間は、チラホラという感じ。

前半は、ボランティアのお兄さんお姉さん達の歌と演奏。その後、総勢120名が参
加する子どもミュージカルが始まる。音楽、効果、舞台背景、ダンス、
振り付け、となかなか力がはいっている。いきいきと楽しそうだ。

ダブルキャストどころか、多い役だと6人が交替で一つの役を演じる。プログラム
を見たら、年齢1歳から幼児、小・中・高・大学生まで(大学生達は、出演する
子どもたちのサポート役で、照明、音響などを受け持つらしい)。

舞台から、手拍子を叩きながら子ども達が客席に下りてきた。私の脇を通り抜け
ていくときの表情がみんな笑顔だった。私もつられて笑顔になってしまう。手拍子
で見送っていたら、何人かの子ども達と目があった。ニコッと笑って、どの子もとて
も嬉しそうだった。

そういえば、子どもたちが小学校を卒業して以来、もう何年もこういう行事は観て
なかったなあ。周囲に子どものいない人には、この種の行事はまったく縁がない
ことが多いけれど、地域を通じて子どもとふれあう機会があるというのはいいな。

参加者の昼食の用意もボランティアのお母さん達が担当したらしい。人数を考えた
だけでも、さぞ大変だったことだろうと思う。
こう書くとさぞ統制がとれているように見えるかもしれないが、ぜんぜんそんなでは
ない。年中誰かが出入りするは、終始ゲーム機で遊んでいる子がいるは、受付の
机がひっくり返って大きな音を立てるは…と、たぁ~いへん!
それでも舞台は順調に進んでいく。(このバランス!スゴイ)それがまたいい。

司会者の話によると、毎回少しずつ発展しながら地域のイベントとして定着してき
ているらしい。次回は体育館ではなくホールでの上演に挑戦するのだとか。
知人の大学生は音響担当。終演後、後かたづけをする彼に「どうだった?」と聞い
たら、即「完璧です!」と弾んだ声が返ってきた。それ以外ない!と言いたげだ。
万事控えめな彼にしては大した自信に満ちた答えだ。なぜかいつもより一回り大
きく見えた。
それぞれの地域にいろいろな形で、地域交流の場があるといいなとつくづく思った。

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