2007/10/18

可愛いナット!

Image07922北海道のおみやげです。

何とも可愛らしい荷姿でしょう?ちょうど手のひらに載るくらいの大きさです。

ちゃんと紐で縛って、検札まで付いていますよ。

そう言えば昔の小包には、荷札というのがついていました。母や祖母が荷造りして、郵便局に持って行ってましたっけ。ちょうどこんな感じでした。

え?中身ですか?

中身は、北海道産の小豆で作った甘納豆です。久しぶりにいただいたら、甘納豆ってこんなに甘かった?と思ってしまいました。

最近では冷蔵庫に入れて早めに食べきる和菓子が多く、舌がそうした和菓子や洋菓子に慣れてしまっていたのですね、きっと。

常温で保存がきくお菓子は、しっかり砂糖漬けにしなくてはなりません。だから、甘い!そう、昔ながらの甘納豆なんです。

味わいつつ、おいしくいただいています。

ところで、この荷姿は、一つひとつ包んでは縦に二本、横に一本紐を掛け、検札を針金で留める…という作業をするわけです。う~ん、エライ!

お気に入りのお店はここです。(いつか書いた気が…)

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2007/02/16

ジュゴンのアピール

沖縄から帰って3ヶ月。なんていうとずっと行っていたみたいですが、ただ4日間旅行しただけですよん、3ヶ月前にね。でもこの3ヶ月の間に沖縄は少しずつ状況が変わってきているみたいで気になります。

沖縄では最近、米軍の迷惑行為や危険行為がエスカレートしてきているそうです。たとえば基地周辺の北部だけでなく、友人のばるタンさんの住んでいる南部でも米軍ヘリが前よりうるさくなってきたとか。

米軍はヘリでコンクリートを運ぶ訓練なんかをやっているそうです。アメリカ本土では危険でできない訓練を沖縄ではやっているのです。つい先日も、一般道路を走行中に米軍車両が故障して動かなくなったそうです。そうしたら車両から降りてきた兵士たちが、草むらに隠れて住民に銃口を向けていたそうです。たとえ銃弾が入っていなかったとしても、その恐怖は想像がつきます。これではもう戦場です。

そんな中、知事が基地を視察した日、最近めったに見かけなくなったジュゴンが、珍しく泳いで「お出迎え」だったそうです。基地ができたらジュゴンは住めません。…ジュゴンのアピールだったのでしょうか。

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2006/11/02

長老のことば

       ☆☆☆ (ボクの、ワタシの未来)Baby1

    ☆☆☆

地方の、ある町に、国が後押しする大きな仕事の話が持ち込まれました。町では大喜びで賛成する人たちと、環境と安全性に不安があるからやめようと反対する人たち、両方の意見が生まれました。そして町の議会には、賛成派と反対派、双方から陳情書が寄せられました。

ところがなんと、議会は賛成意見も反対意見も話し合わないことに決めてしまったのです。つまりどちらの陳情書も議会でとりあげないことにしてしまったのです。これらを見ていた町の長老は、町長に手紙を書きました。

「目先のことにとらわれず、将来この町が良い判断をしたと誇りを持てるような町としての決定をしてほしい。町長はその決断から逃げてはいけない。」(私の意訳、→正確にはこちら

それから程なく町長は「国の仕事の受け入れに応募しない。」と議会で発言し、町は今まで通り、自然環境を守って、地域の産業と文化を育てていく道を選びました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これは高知県津野町でのごく最近の話です。↓こちらのブログです。
「それがたまるか!土佐の高知に『核のゴミを埋め捨て』かえ?」
(地方にどのような圧力がかけられ、それをどのように切り抜けたか。普通の市民の目線で、わかりやすく書かれています。)

実際には長老一人でなく、40名の連名による申入書です。
津野町は日本で最後の清流と言われる、四万十川の流域に位置する町です。国は、高レベル放射性廃棄物の処分場をつくらないかと持ちかけ、あの手この手で攻めたてました。

それに対して、住民の反対運動、周辺議会の反対決議、町の長老達の進言、これらが功を奏して危険な施設の設置をようやく免れたのです。
原子力発電環境整備機構(NUMO)というのが、「絶対安全です」と言ってくるのですって。放射能の危険性は半永久的で、絶対安全なんてことはありえないのに。

国は、年中こうやって、日本のどこに原発関連施設を作ろうかと、経済的に苦しい地域にねらいさだめて、お金を落とそうとしています。そこで犠牲になるのは生命と環境と人のつながりです。そうした中で、津野町の皆さんの努力と成果に励まされます。

世界的規模で原子力推進に流れが変わりつつあるとの報道もあります。(ヤフーニュース「ヒジサンケイ ビジネスアイ」)
本当にがっかりです。
(でも、マユツバで聞いておきましょうね。こういうニュース自体、あきらめさせる手かもしれないから。→ 疑い深く、性格悪くなっていきそう。 ^ ^;)

世界の流れがどうであれ、津野町のような地域ごとの地道な成果は、人の心や、生きていることそのものの意味を改めて思い起こさせてくれます。未来の子ども達のために、進むべき道は一つ。あきらめず、どこまでもあきらめず、やれることをやりましょう。(って、自分に言ってますね)

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2006/11/01

沖縄(6)…平和の礎(いしじ)

Ishiji2 Ishiji1横文字の刻銘は沖縄戦で戦死したアメリカ兵の名前です。

敵も味方もなく、沖縄戦でなくなったすべての方の名前を刻んであります。お名前を見つけて、紙と鉛筆で写し取って帰られる方もおられるとのことです。遺品もなく、この刻銘がせめて唯一のよすがという方のおられることを思うと、言葉を失います。

Ishiji7

平和の礎(いしじ)
政府の補助が減らされて経営難だとか。そこで左は寄進箱。若い女性が二人募金していました。私もほんの少しですが。

Ishiji3

Ishijibaru

ご遺族の名前を探すご年配者を案内する、ばるタン。ばるタンのブログ

Dangai2

米軍に追いつめられた人たちは、50mというこの断崖から次々に飛び降りて亡くなりました。「投降するな」「捕虜になるくらいなら死を選べ」と教え込まれていたからです。

………

Dangai3

Dangai8

 

………

Kinenkan1遠くに見える建物は「平和祈念資料館」。
時間切れでまた今度。   

 

……      

感謝、感謝!の、ばるタンご夫妻。
Barugara1この日はご主人が運転してくださいました。途中、家庭料理「三姉妹」というお店で頂いたお食事、飾り気がないけど素材の味が生きていてとてもおいしかったです。三姉妹が厨房で仲良く包丁を握っていました。

        夜の部は、Aa1 「RYUKYU民族の祭典」
会場周辺は大勢の家族連れでごった返し、けっこうな人出。会場に続く陸橋の入り口には、11月の知事選挙の仲井真候補の黄色の旗が数本、ウチワを配ってました。しばらく行くと、今度は野党共闘候補の糸数けいこさんが、握手しているではありませんか!

糸数陣営の応援に行きたいくらいだったので、こんな所で会えるとはと、嬉しくなって握手。「関東でも応援していますよ」と伝える。ご主人も一緒に応援していらした。何かこっちでできることをやれたらと思う。

芝生の一番前に座ったので、臨場感満点。エイサーはホントに元気になります。指笛の合いの手にもほれぼれ。

ああ、今回も、食べ損なったアレとコレ。でも、大満足の旅でした。お世話になった皆さん、出会った皆さん、ありがとう。

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2006/10/31

沖縄(5)…ひめゆり

教育基本法が国会で審議されています。
「変えてはならない」、改めて強く思わずにいられません。理由は…↓

 Himeyuri1

「ひめゆりの塔」
静かな空間に見えますが、実はこの手前には見学者が大勢。

Himeyuri2

病院は、ちゃんと建物があったわけではないんです。この  シダの葉の下の黒く見える部分が、壕の入り口でこの奥に病院がありました。この暗い地下壕が病院だったのです。

まずそのことがショックでした。長いことそのことを知らなかった自分にも。映画「ヒトラー~最後の12日間~」にも、地下の病院が出てきます。でもあれは、狭くても一応地下に造られた病院でした。この沖縄戦の病院は、地下の長い穴(人のやっと立てるくらいの高さと、一間幅くらい)に、ベッドを壕の壁に沿って並べただけ。それが30m。そこで手術もしたのです。

Himeyuri3

資料館では、あまりにも多くのことを感じたのでとても書ききれません。知識も気持ちも整理し切れていないし…。

「ひめゆり平和祈念資料館」
(お時間がありましたら、ぜひスキップしないで見てくださいね。とても丁寧に作られているサイトです。)

資料館全体がとても配慮された展示で、ひめゆり同窓会の「伝えたい」という意志がひしひしと伝わってきます。
でも一つ残念だったのは、中高生の団体見学者が、展示写真を見て冷やかしている言葉を聞いたことです。一方では、語り部の人の言葉に、真剣に耳を傾けている若者もいますから、訪れる意味はあると思いますが、伝えていく難しさを感じました。やはり事前学習など、教育の一環としての工夫が、もっと学校側に必要なように思いました。

資料館を見学して感じたことを二つだけ書きます。

教育の成果はある日突然現れるのではなく、長い布石があってこそと思いました。1900年代初頭から、忠君愛国の精神を養う教育がされ、その「成果」が太平洋戦争・沖縄戦で「ひめゆり部隊」となったわけです。気づかぬうちに教育される怖さは今に通じます。

また、国が国民を一気に動かそうとするときに、一番簡単に命令を行き渡らせるシステムの一つが学校なのだと痛感しました。14,5歳から19歳までの男女が、自ら進んで国のために命を差し出すシステム、それが当時の学校だったのです。

教育基本法が国会で審議されています。
「変えてはならない」、改めて強く思わずにいられません。

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沖縄(4)…辺野古

Henoko5 Henoko6 テント村の掲示板には、朝日新聞の投書も切り抜いて貼ってありました。例の、私がT記者に「マスコミで沖縄のミサイル搬入を書いてほしい」とお願いした直後、ある若い女性の方から同じ趣旨の投書があり、それをT記者が編集して掲載されることになったあの投書です。

琉球朝日放送のテレビ番組「海にすわる」にも登場されているおなじみのKさんもいらっしゃいました。ご高齢ですがお元気そうでした。

NO BASE HENOKO ( 辺野古テント村の様子)

この日は、バスが次々とやってきました。浜辺を見学して、お話を聞いて、丁寧に書かれた寄せ書きを持ってこられたりと、皆さんとても熱心で、勇気づけられました。

私がテントの下でお茶を飲んでいたら、テント村の常連さんみたいな感じで、バスの見学者の方達から写真を撮られてしまいました。(実際はテント村で頂いた、差し入れの天ぷらをつまんで一休みしていただけなんで…、すみません。)

ほんと、のどかでいいんですよ。ばるタンが「天願桟橋の座り込みに皆さんをご招待したい」って言われた意味がよくわかりました。
心地いいんです。
とっても自然に、人が緩やかにつながっている感じで。

A11 A22        

(左)前回来たときにばるタンが結んだリボン(ジュゴンの絵)だそうです。
(右)米軍が張り巡らした鉄条網にびっしりリボンが結ばれている。

Umi この海をぜったいに守りたい!

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沖縄(3)…天願(てんがん)桟橋

Tengan5 天願(てんがん)桟橋。これが一躍有名になったあの桟橋です。日本中から注目、…されませんでした。悲しいことに。

今月中旬、米軍の迎撃ミサイルパトリオットの突然の配備を知らされ、搬入阻止に人々が集まったと ころです
普段は、燃料がここから陸揚げされているらしいです。     

Tengan1

Tengan2 結んであるのは沖縄の魔よけのお守り。刈り取った草を、集まった人たちが結んだもの。

右の写真は、草を刈り取って座り込んだり、日よけのためのテントを設置した後です。差し入れの食べ物、歌合戦まで始まって、デモや座り込みというより、なごやかな寄り合いみたいだったそうです。参加したかった!

草を刈り取った後までわざわざ見に行ったりするのは、私たちくらいのものだろうな。もっとも、ばるタンは私を案内してくれただけだから、……
物好きなのは私ということ?

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沖縄(2)…佐喜真美術館

Monorale モノレール乗り場。
待ち合わせて、ばるタンの車で今日は辺野古に向かう。

ばるタンには、昨年のちょうどこの時期、初対面で、いきなり辺野古に連れて行っていただいた。

Sakima1 Sakima2           

途中、佐喜真美術館 に行きました。

美術館の屋上から真下を見下ろすと・・・。
(左写真)フェンスの向こうは米軍基地。
(右写真)広がる緑も米軍基地。

実を言うと、丸木位里さん・俊さん夫妻の絵は、ちょっと遠ざけていました。あまりにも辛くなりそうだったから…。
思いがけず、ついにこの日見ることになりました。壁面いっぱいに、畳12~3畳分くらいはあるかと思われる「沖縄戦の図」、その他、沖縄の悲劇を描いた絵の数々。見ているだけで苦しくなるほどの絵を、描ききる老画家夫妻のエネルギーに圧倒される思いがしました。明るい屋外の日射しや、美術館のゆったりした空気に助けられて、やっと見ることができた、そんな気がします。

シャガールの絵もいっぱいありました。今まで、モチーフの伸びやかさや色彩の美しさに目を奪われてしまっていましたが、決してそれだけでないことがよくわかりました。シャガールはユダヤ人だったのですね。

美術館のテーマは「生と死」「苦悩と救済」「人間と戦争」

Sakima4 Sakima3           

芝生に積み上げられた石は、沖縄戦で失われた人の数だけあるのだそうです。

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一年ぶりの沖縄(1)

Live0610 一年ぶりの沖縄、マイルストーンの下地勇ソロライブに行ってきました。マイルストーンは港に面したビルの7階。ここの気さくで和やかな雰囲気が気に入っています。5枚目のCD発売後、初のソロライブでちょっとお祝い気分のライブでした。17曲も堪能させてもらいました。

例の小話「一郎次郎三郎・香港編」も、一度聞いているのにまた爆笑。これは下地勇の話術だ!

私は開演直前に着いたので、オーナーに空いている席を探していただいた。
「相席でもいいですか?」
  「ええかまいません。」
「男性ばかりですけど。」
  (見ると、比較的前の方の席だし…)
「ええ、いいですよ。」

ということで案内されたのが、4人掛けの丸テーブルの空いている一つ。男性達は会社の同僚3人で来られたTさん、Sさん、Mさん。当日一人キャンセルになって空席になっていた席でした。3人とも宮古島出身で、今は沖縄本島にお住まいだそうだ。同じ宮古でも下地さんの方言の歌はほとんどわからないという。それというのも宮古には方言が13もあって、隣の村の方言は同じ宮古でも通じないのだとか。Sさんはアマチュアで音楽活動を続けて30年、会社のテーマソングまで作られたという。こちら→(沖縄の空気を感じられるステキな曲です)(右上の「テーマソング」から…紅型染めもすばらしい)

宮古島の前浜のすばらしさや、伊良部島の砂の白さ、「ひめゆりの塔はぜひ行ってほしい」などなど…、

歌の合間にはそんなこんなの話題でも盛り上がりました。
ライブ終了後、マスターが下地さんを案内してテーブルに来てくれた。(Sさんとマスターは高校の先輩後輩だとかで)

テーブルに私が座っているのを見て、下地さん、
「○○(私の名)さん、どうしてこんな所にいるんですか??!!」

(へ、へ、へ、おどろいた?…ひそかに面白がるワタシ。)
「偶然、この席に案内してもらったんですよ。お話が面白くて・・・」
(マスター)「良かったでしょう?ボク見る目があるんですよ。」
Sさん達も立ち上がって、口々に自己紹介。

ライブの生の歌と演奏、そして思いがけない出会い。旅の醍醐味の一つはやっぱり「人」ですね。

(写真はライブ終了後、音響のお二人をバックにして。
このライブハウス、以前、下館直樹君の写真にもたまゆらがたくさん写っていた。)

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2006/10/08

美しい国とは?

キャー、これは!

まず下のサイトの写真をご覧ください。

普天間飛行場航空写真(市民インターネット新聞JANJANより)

今まで文章や数字で危険というのはわかっていたつもりでも、こうして写真で見ると一目瞭然。恐いです。

沖縄の米軍基地の危険性については日本の政府よりも、むしろアメリカ政府の方が反応が良いのだそうです。つまり、野党議員が日本政府に基地問題で意見しても聞く耳を持たないが、アメリカ政府に同様の意見をぶつけると即座に反応が返って来るというのです。それだけアメリカの方が危険性については十分承知していると言うことです。=言い換えれば、疑う余地もなく危険であるということ。

そしていつ事故が起こるかとビクビクしているのも、日本政府よりもアメリカの方なのだと、アメリカを訪問した議員は言っていました。

そんなに危ない沖縄に、今まさにパトリオットミサイルが運び込まれようとしています。そしてさらに、最新型戦闘機F35が54機も導入される可能性もあると言います。
美しい自然や観光でにぎわう沖縄の一方にあるこうした痛みを、私たち一人ひとりのこととして考え、解決していくことなしに、「美しい国」なんて口が腐っても言えません。

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2006/09/18

果物切手

Stamp 「関東の果物」切手。

埼玉の………梨。

栃木の………いちご。

ここまでは、なんとか思いつきました。

では、茨城は?

………梅 だそうです。茨城県の県木です。そういえば、水戸の偕楽園がありますものね。「偕楽園→梅の花」 としか思いつきませんでしたけれど、「偕楽園→ウメの実」です。

群馬県は………リンゴ だそうです。群馬県沼田地方が有名だそうです。

千葉県は………ビワ。日本の三大産地の一つで、陽光あふれる南房総の特産とか。

ちなみに埼玉は全国屈指の梨の産地。梨畑はあちこちに見られます。(伊奈町には「梨ワイン」というのもありますよ。)
栃木県のイチゴは全国一の収穫量だとか。(季節限定イチゴポッキーとかもあったような…。)

一見温暖であまり特色がないと思っていた関東。こうしてみると、その土地土地の特産物があるものなんですね。
知らなかった(^ ^;

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2006/09/13

庁舎も ~♪ いろい~ろ♪

060910 向こう側に見えるビルに向かって歩いています。
9月だというのに何という暑さ!
日傘をさしていても暑いのだ!

060911 近づいて真下に行くとこんな感じ。
イヤー、おおっきい!
(ちなみに手前のノッポビルはマンションでした。)

060912 このビルの下はこんな感じ。
この曲線型に出っぱった部分の二階に用事があったのです。

それにしてもこの赤いモニュメント、写真に撮るとさらに奇妙というか何というか…。写真ではわかりませんが、実物はもっと金色の装飾が派手で、照りつける太陽にギラギラしていました。郵便屋さんの帽子かポストのようでもあるし…いいのか、悪いのか、いやあまり良い趣味ではないな。と私は思う。

060914_1 で、この建物は~~~というと。



← 

「郵政庁舎」だそうです。この付近が新たに開発されたときに、スゴイ建物ができたとは聞いてましたが、来たのは初めて。どうスゴイかは、こうスゴかった。

今日はたまたま、日曜日でも開いている郵便局を出先で探したら、ここが一番近かったので来たのですが、ほとんど人はいません。一人・・・、また一人・・・、というように、私が用事をすませる10分弱の間に2~3人の利用者。日曜日の郵便局ってそんなものかもしれませんが、廻りがすごい広さなのでいやに閑散として感じられました。職員の男性が二人所在なさそうにカウンターに座り、清掃員がお掃除してました。

もっとお金を大事に、本当に必要としているところに使ってほしい!
それが結論!

でも、ふだん行かない所。たまに行ってみると面白かった。

(ちなみに、この郵便局は「さいたま新都心郵便局」というそうですが、「さいたま新都心」駅からだと遠く(徒歩15分)、最寄り駅は「与野」(徒歩5分)です。変なの。)

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2006/08/05

緑の木陰のクヮイダン

Tyoutin コンサート会場の裏に公園があったので行ってみた。
公園の入り口に提灯がいっぱいつり下げられて、お祭りの準備は万端。提灯の下には、「虫の音を聞く会」とある。今日の夜7時から9時。

掃部山(かもんやま)公園=横浜、桜木町、青少年センターの近くだ。………掃部山=かもんやま、読める人、いるのだろうか?

「虫の音」以前に、蝉しぐれがスゴイ!!公園中がワ~~ンと蝉の声で圧倒されている。

石段を登ると会場設営の業者の人が一人、木陰で一休みしている。初老の男性が一人、石段を下りていったきり、誰もいない。かんかん照りの中にイスが並び、茶席がしつらえてある。

Douzou

井伊直弼(いいなおすけ)の銅像。これは昭和29年に新しく作られたものだそうだ。もとの物は戦争中に供出されてしまったという。(銅像も戦闘機や戦艦になったのか…)

それにしても、どう見ても銅像より下の台座の方が存在感がある。実物を見るとさらにそう感じる。それもそのはず、台座は当時の名のある建築家によるものらしい。

横浜の港の開港に功労のあった井伊直弼を記念して建立された銅像だそうだ。日頃は公園の真ん中にデーンと構えているはずが、今日は公園のあちらこちらに立つ提灯の陰で、ちょっと影が薄い。

Suzume さて、私も、ちょっと一休みしてペットボトルのお茶を。
ふと見ると、スズメが。(もう1羽がベンチの下にいる)
実は、もっと近くまで来ていたのだけれどカメラを構えているうちにちょっと遠ざかってしまった。

私の左後ろから、チョンチョンと近づいてきて、こっちを見ているのには驚いた。ふつうスズメはものすごく警戒心が強いから、人には近づかないし、少しでも人が動いたりするとパッと飛び立つものだ。

それが人なつこそうに何かおねだりするように近くをウロウロしている。日頃、エサをもらい慣れているのだろうか。(それも珍しい。スズメは幼鳥から育てても餌付けできないと聞いたことがある。)
写真は何ももらえないとわかってちょっと遠ざかり始めたところ。
そのうちに2羽とも木陰に消えて行った。

それにしても人なつこすぎる野鳥というのも、なんだかちょと気味が悪い。スズメが落ち着いてこちらを向いている、そのうちだんだん近づいてくる、…想像してみてください。

明るい夏の昼間だから、まだよかったけれど…。ゾーッ、夏向きの話になるぅぅぅ~。そう言えば銅像の下を歩いていてうっかり踏みそうになった。首のない鳩の死骸。キャーーーーっっっっっ。
     ↑
  (これ、ホント) 

オソマツ!
(今日はあんまり暑かったので…。気にしないでネ)(^ ^;

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2006/07/24

オキナワンな東北の一日

昨日に引き続き再び宮城県。雨も上がり薄日も差す、暑からず寒からずのちょうど良い天気。
午前10時に多賀城駅のバス停に並ぶ。目指すは七ヶ浜国際村。バスは10時45分に一本、国際村に行く便がある。以後は臨時便が午後2時に出るだけ。おそろしく少ない。

結局、バスの客は5人。そのうち3人は国際村のイベントを見に行くとわかる。と言うのも、気さくで世話好きそうなオバチャン(私よりちょっとおトシが上?)が「国際村行かれますか?それなら情報交換しましょ、こっち、こっち」とバスの最後部座席に、私ともう一人の中年男性を誘い、元気に話し始める。(すでに座っていた男性を、後ろに座り直させてしまうからスゴイ)

きさくなオバチャンは「昨日もイベントに行って、これが面白かった。あれが良かったから参加するといい。」とイベントの内容を教えてくれる。楽しいオバチャンでいいのだが、このまま一日行動をともにすることになったらどうしよう、とちょっと不安も(汗)。

彼女は中国地方から、男性は何と沖縄から来たのだとか。(私=埼玉なんて序の口だったのね。)「交通手段がない」「宿泊がとれなかった」「告知が足りない」「せっかくのイベントなのにもったいないね」と口々に言いたい放題言っているうちにバスは会場着。

    ★ ★ ★ ★ ★

海に面した緑豊かな丘陵地帯の突端。「おきなわんミュージックvol.4」、のイベントにはもってこいのロケーション。(アクセスの問題は別にして)

オバチャン「一緒にお昼を食べよう」と強引に誘ってくるが、「お昼持って来ちゃったので」と男性は笑顔ながらふくらんだ鞄をたたいて固辞。私も「これから連れが来るので」と、やっぱり笑顔でお断りする。

昼過ぎにやってきた近隣に住む身内と合流して、屋台の沖縄料理をつまんだり、写真や染織工芸品の展示などを覗いて、のんびり、かつ適度にガヤガヤ過ごす。一緒にバスで来た3人は、いつの間にか別行動になっていた。徐々に人が増えて、お祭り気分も盛り上がってくる。

   ★ ★ ★ ★ ★

午後3時過ぎ開演。司会は川満聡さん。例のニッカボッカーにねじりはちまき姿のいでたち。ユーモアあふれる絶妙な語り口と盛り上げるうまさは抜群!

川満しぇんしぇいに「同じ宮古島出身で僕と兄弟みたいにそっくり(笑)」と紹介された下地勇さんがトップバッター。ギターは内田勘太郎さん。開拓者、オトーリインターナショナル、ネマの娘、息子よ、ジャズィーミャーク、ハイアグ、狭道小からぴらす舟 の7曲だったかな。!!!

夏川りみちゃんの「花」、
♪泣きなさい、笑いなさい、いつの日か、いつの日か、花を咲かそうよ♪
手話を取り入れた手の振り付けがとてもきれい。

りみちゃんお目当てのファンも大勢、一段と拍手も大きい。さすが!
午前中、絵の展覧会を観ていた時通りかかったりみちゃんは、小柄で可愛いふつうの女の子だったけど、ステージでは大物。「涙そうそう」ももちろん。

新良幸人(あらゆきと)さんは、三線と朗々たる八重山民謡の歌い回しが素晴らしい。でいながら、あの、ナヨッとしたオシャベリ(MC)のギャップがおかしい。わざとなのか苦手なのか、恥ずかしそうに舌足らずで、次の曲に移る。
舞踊の志田真木さんがバックで優雅な舞いを披露してくれる。

アンコールは、同郷のりみちゃんと新良さんがデュエットした後、「満天の星」を出演者全員で。
白装束に赤い細帯の衣装をつけた志田真木さんの、優しく思いのこもった踊りも心にしみた。

休憩を挟んで3時間半、たっぷり楽しんだ。終演後、15分で臨時バスが出る。遅れたら大変。七ヶ浜の地元の人たちと、いや沖縄や中国地方の人たちとも楽しんだ楽しい一日だった。

(写真撮るの、すっかり忘れてました)

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オルゴール

0607221

「おぉ、ここがあの松島なのね!」小雨に煙る海岸線には、松の生い茂る島々がボンヤリと見える。松尾芭蕉の句で有名な松島(宮城県)方面への小旅行。

雨でも観光客はそれなりに次々と改札口から流れてくる。流れに混じってブラブラ歩くうちに、遊覧船乗り場や〇〇記念館と過ぎるにつれ、だんだん観光客がまばらになっていく。

0607222 0607224

私のお目当ては「オルゴール博物館」。ベルギー国立博物館から譲り受けたというオルゴールが134点。これもオルゴール?というような巨大な造形物(音も巨大なもの)から、優しい音色のものまでさまざま。

若い女性のガイドさんが代表的な幾つかを解説しながら演奏してくれる。お客さんはパラパラ、7~8人くらいかな。

一曲終わると、わあすごいすごいと、拍手したくなるが、誰も静かに聴いている。沈黙…。私だけ小さく拍手(ちょっと根性なし)。
興味津々、一番前に座って、動く仕組みなどに目をこらす。オルゴールブックと言って穴の空いた紙が蛇腹に折りたたまれた本が、曲の進行に連れてオルゴールに送り込まれていく。

ヨーロッパの街角の映画に出てくるようなストリートオルガンは一般市民が小銭で手軽に楽しめたもの。一方、ダンスオルガンはお金持ちがお客を招待したときに聴かせたという豪奢な音色。遊園地で楽しむような大音量のものもある。どれも郷愁を誘われるのは時代物だからというのだけではなさそう。

オルゴールというより自動演奏楽器といったほうがよいような天井高く取り付けた直径30センチもありそうな太いパイプから空気を送り込んで、笛のような音色を聴かせるもの(下の写真)。などなど、多種多様なオルゴールを聴くことができる。

0607223_1

(高さ7mもある。太い管から空気を送り込んで音を出す、管楽器のような深々とした音色がいい。)

1890年代から1920~30年代のものが多い。
手入れを怠ると音が出なくなるので、ベルギーから専門家を招いて、調整してもらうことが欠かせないのだとか。

「旅の記念に残されたいでしょうから、カメラ・ビデオの撮影もご自由にどうぞ」、と張り紙まであるおうようさ。ガイドさんも二人の女性が交代で、お客の頃合いを見計らっては一日中、説明と演奏を繰り返してくれるようだ。

エジソンの古い蓄音機もあったし、技術的な予備知識があったらもっと面白く観られるだろうと思った。もちろん予備知識などなくても、もちろんかなり満足。
館内には軽食レストランもあり、ベルギーチョコも販売していた。ただ、案内パンフの写真はちょっとオーバーだなぁ。お屋敷のような建物が描かれているが、実物は道路脇のこぢんまりした博物館だった。

(ちなみに「オルゴール」はオルガンのなまった日本語だとか。)

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2006/03/14

発掘調査中

060314_15420001 近所の宅地が発掘調査中。

だいぶ進行してます。

以前は金網で仕切られてましたが、調査のために人が通り抜けて作業しやすいように切り取られてめくれてます。

昔、こういう穴を通り抜けては、こっそりはいりこんで遊んだ覚えがあるなぁ。

夕方、作業が終わると、この上にビニールシートがかぶせらせています。どんな遺跡が見つかったのかな?

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2006/03/01

縄文遺跡?!

060225_12000001 近所の空き地にこんな看板が出ていた。

埋蔵文化財発掘調査中」つまり遺跡の発掘調査のことかな?

ふだん買い物や駅に行くときに通っている道だ。こんな場所があったとは?

そう言えばこの辺は貝塚も発掘されたとか聞いたことがある。(ここは美容院やコンビニやマンションが並ぶ、日本のどこにでも見られるごくありふれた住宅地)

とすると、私の住んでいるところ一帯は縄文人も歩いていた所なのかぁ…。何千年もたってからこうして私たちの目に触れるということは、いまから2000年後に、私の今住んでいるこのあたりも発掘されて、2000年後の人の目に触れたりするのかしら。

同じ市内では、縄文時代中期の2000年間にも渡る長期間の住居跡も発見されている。(2000年にも渡る住居跡の発掘は、全国的にも珍しい貴重な遺跡だという。)

さて、今から2000年後。果たして私が今住んでいる住居跡は、発掘されるのだろうか?そのときまで人類は生き延びているだろうか?

人間がこれ以上バカなことをしないで、地球が無事に存在しますように。思わず祈ってしまう。…っと言ってから思い直す。

いやいや、人間がいないほうが地球は無事なのよね。困ったものだ!

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2006/02/21

早春の海

またまたご無沙汰でした。2月は少しゆっくりするつもりだったんですが(お正月がなかったもので)、やっぱり2月も何やかやけっこうあるもんですねぇ。

060216_14550001 先週、所用で大洗に行きました。シーサイドホテル(正に名前の通り)のティールームは海に面してバツグンの眺め。写真の構図が良くなかったんですが、この窓が左右に広がっていると思ってください。窓全面が海に面していて、ガラスの向こうはプールサイド。

お天気が良かったら、きっと夕日が見られたのにねえ。あいにくこの日は曇り空。雨の予報がはずれただけ、まだよかったんですが…。毎年ここで研修会をやっているそうで、研修会もこういうところだと、終わった後も何かホッとしますね。

帰りには干物をおみやげに頂いちゃいました。なのにまた、駅で水戸納豆をつい買ってしまって。あの例の、大きな「藁づと」に包まれているヤツ。甘露梅とか、のし梅にも目移りしたんですが、一応ストップ。けっこう茨城って、いろいろおいしいものがありそうな…。梅祭りももうすぐですね。

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2005/12/04

ギャラリーで

051204

縄文土器。

レプリカだが、作者のオーナー I さんのアツ~イ思いがこもっている。

以前、ご紹介したギャラリー「風画」の個展に行ってきた。

フワ~ッとやさしい雰囲気で、ゆったり時間が流れている。そんな居心地の良いギャラリーだ。

入り口を入ったところはクラフトショップになっている。先客が数名。お知らせコーナーには、先日お願いした「音祭り」のチラシが貼ってある。壁には絵画、棚には陶器や、ちょっとクリスマステイストのクラフト小物も。手触りの優しい白木のテープカッターが気に入った。

隣の部屋がギャラリーになっている。今回の展示は縄文土器がズラッと20点くらいあっただろうか。すべて I さんの作品だ。実際に出土した土器のカケラとともに、様々な資料を駆使して復元したそうでなかなかの力作だ(と思う。もちろん素人の私に詳しいことはわからないが、思いと力がこもっているのは伝わってくる)。

土器の縁が鶏のトサカに似た形の物や、フクロウの顔をデザインしたような物など、じっくり見るといろいろなイメージをかき立てられる。特に、 I さんが、思い入れたっぷりにそばで解説してくれると、まるで縄文人が今ここにいて、昨日この土器を焼きましたとでもいうように、身近な器になるから面白いものだ。

そんな I さんの解説も、今回はゆっくり聞く時間がなかった。それというのも、居合わせたお客さん同士の間で、初対面なのに話が弾んでしまったからだ。I さんはとても親切かつ、お客同士を引き合わせるのがうまい。穏やかな口調で、さりげなく必要な情報を提供してくれるのがありがたい。この日の会話が弾んだのはそのおかげでもある。

大きなガラス窓の向こうは常緑樹の林で視界が開けているのも気持ちがよい。林との境の塀に沿って、垣根のように手作りのクリスマスリースやクリスマスをイメージした飾り付けが施されていて楽しげだ。

そんな窓辺で、丁寧に入れられたコーヒーを頂いた。そして、先客の女性の工芸作家(という呼び方でいいのかな、違ってたらゴメンナサイね。仮にSさんと呼ばせていただく)から、頂戴したしおりに目を通していた。最初は書道から始まり、今は和紙や竹を用いたクラフト作品に取り組んでいるそうだ(1点だけ見せていただいたけど、斬新でステキ!)。

ふと、しおりの二枚目「音祭り」の文字に目が留まる。ム、ム、ム これは?

思わず、はす向かいのテーブルで、友人とオシャベリしている彼女に声を掛ける。

「『音祭り』って、やられたんですか?私も同じ『音祭り』をやるのですが…。」

「そうなんです。さっき頂いたチラシに音祭りと書いてあったので、私もアッと思ったんですよ。」

と、こんなふうに会話が始まった。空いた椅子にお邪魔して、一つテーブルの会話は弾む。結局それは「おんまつり」と読むのだったが、タイに魅せられた女性達4人が2001年に桶川市(埼玉)で企画した催しで、そこのクラフト展にSさんが参加したのだそうだ。そんなふうに「音祭り」を巡って話すうち、彼女の友人(Mさん)を含め3人で意気投合してしまい、話が盛り上がる。

そのMさんの今後のプランもチョッピリ聞かせてもらった。今後1~2年のうちに何やらワクワクするような、身近なことでまた一つ、新しい女性の活躍の場ができそうなお話だ。

そんな彼女たちと、「どんなことも、自分が一番いきいきできる方法でやれたら最高よね~。」と意見も一致。

ところで、この日はギャラリーを紹介しようとNさんも誘った。そしたらNさんはNさんで、やはりここで思いがけない人に出会って大喜び、話に花が咲いている。

帰りには、オーナーとSさん達が立ち上がって、「がんばってください!」「がんばってねぇ!」と見送ってくれたのが、(そんな~、わざわざ、立ち上がってお見送りなんて~、と)照れちゃったけど、うれしかった♪

この日はSさん達も言っていた。「今日はなあに~、不思議な日ねぇ。次から次と…。」

という日だった。

(クラフト&ギャラリー「風画」 「大宮花の丘農林公苑」南隣 048-625-0521 月・火休み)

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2005/11/12

識名園

珍しく、久しぶりに、なんと10年ぶりぐらいに、風邪をひきました。10年ぶりに、少し人間並みになったのかな?

沖縄行きの前後がすさまじかったですからねぇ。旅行そのものの充実は、たっぷりここで書かせていただきましたから、ご想像がつくと思いますが、(でも、全部書いた訳じゃないのよ。他にも面白いことはいろいろあったのですが、それはもうはしょって。)それ以外にも、いろいろな展開があってスゴイ一週間だったんです。そのパワーに目を回したんですね、体力が。

体調の乱れは、バランスに配慮しなさいというサインなので、気をつけることにしましょう。

せっかくなので、遅ればせながら沖縄の三日目、識名園の写真を。

shikinaen2 かつて琉球王朝の別荘として造られた建物だそうです。

外国からの賓客をもてなしたりした所でもあり、この写真にはありませんが、観耕台といって、南部の耕作地が一望できる高台があるんですよ。そこから海は見えないので、「こんなに海の見えないほど我が国は広いんです」と外国に自己顕示したのだそうです。こういう外交姿勢は、まだ可愛くて正統派で平和な手段で許せます。これくらいの平和なアピールの知恵を、外務省も働かせてほしいものですね。

観耕台からは、今では耕作地ではなく、南部のビッシリと密集した住宅やビルが望めます。

しかしこの美しい建物も、戦後再建されたものです。

元の建築物は、沖縄戦の時に爆撃されて、樹木の陰に隠されていた弾薬が誘爆したこともあって、樹木も建物もいっさいが跡形もなくなったのだそうです。

この再建された建物は、消失する前の写真と見比べると、当時そのままに再現されているのですが、印象はまったく違います。

かつての写真では、背景の樹木が建物の2倍くらいの高さまで生い茂り、屋根をスッポリおおうかのように豊かな緑を広げていました。池の柳といい、ツクバイの影の梅の木といい、この写真ほど整然としてなくて、それでいて実に趣がありました。現在は、ご覧のように、美しく手入れされた、明るい庭園といった趣です。実際に人に使われたことのない建造物というのは、形は当