本のご紹介「戦後史の正体」

人の直感ってバカにならないんだなあと思いました。
何のことかといいますと・・・。

以前、石橋湛山の政治家としての生き方に潔さを感じて、こういう人こそ、総理大臣になって活躍してほしかったなあとつくづく思ったことがあったのです。でもご存じの通り、首相になってこれからというときに、体調不良で一番大事な国会質問を受ける場に臨むことができず、退陣せざるを得なかったのです。

え、えーーー!!!これからというときに、なんでここで???と思ったことは、前後の細かい事情は忘れても、あの残念だった気持ちは鮮やかに覚えています。それと同時に、ホントに「何でこのタイミングで肺炎になるの?!この一番大事な時期に、よりによって」と、まるで今日の出来事のように悔しく、残念に思ったのです。

総理になってこれから「さあ、やるぞ!」という時に、まるで計ったようなそのタイミングのあまりのはまり具合に、唖然としました。

というのが、かつての話です。
ところで、それとは全く別件で、先日、孫崎さんの「戦後史の正体」(←ご本人の本の紹介動画有り)を読みました。

そうしたところ、石橋湛山の総理大臣辞任を巡り、私の<?>の直感は、はずれていなかったんだとわかりました。直感が当たって嬉しいどころか、さらに悔しくて・・・。

なんか変、匂うぞ、というときはやはり何かあるんですね。

詳しくはぜひ著書をお読みください。要するに、アメリカ政府の意向により退陣に追い込まれたと言うことなのですが、直接アメリカが手を下したというわけではなく、日本の政治家、マスコミ、官僚がアメリカの意を汲んで画策した結果ということのようです。

直接手を下さずとも日本人の中に、自らアメリカの手先になって動いてくれる勢力があるとはなんと都合の良いシステムでしょう。戦後一貫して、アメリカと日本の関係は、占領時代と変わらないということが、膨大な事実の検証と共に、この本には語られています。

「そうだったのか、なるほど、だからなのね・・・」と、疑問な点が線になってつながってスルスルと説明できてしまうのです。そうした分析に納得せざるをえない事実が本当に残念です。
そして、それ以上に、孫崎さんの本に書かれた事実を証明するかのように、これでもかこれでもかと現在も毎日、悲惨な政治状況が展開されています。

あきれかえって、ものもいえないなあという心境なんですが、そうはいっても、黙っているわけにもいかず、だからといって力も出てこなくて、こうやってブログでグチっている始末。

結局は、人を育てること=教育、なのかなと思います。自分の意思で動ける国民を育てること。ちゃんと自分の意見を持てる子ども達を育てること、そこに集約されるのかなあと。

良いニュースもありましたね。山中伸弥さんのノーベル賞受賞は、嬉しい、とてもさわやかなニュースでした。おめでとうございます、そして、ありがとう!




確信と希望~高木さんの著書より

大惨事から3,4年して私たちは、ようやく自分の国で事故の本当の規模、事故についての絶望的な真実の全貌を知り始める。それを知ると、私たちはますます自分のこと、私たちの大きな社会のことを知るようになる。私たちは自分たちの過去についてだけでなく、未来について知ることになる。

アラン・ヤロシンスカヤ「チェルノブイリ極秘」より

前回ご紹介した高木仁三郎さんの著書「市民科学者として生きる」の扉に引用されている言葉です。高木さんは、生きているうちにプルトニウム社会の終焉を見られたらと願いつつ、希望を込めてこの言葉を選ばれたことと思います。はからずも、そのまま現在の日本に当てはまる言葉になるとは・・・。

以下、「市民科学者として生きる」から、心に残った言葉を私のメモ替わりに抜粋しました。

(国家主導のエネルギー政策に対して)

この議論の仕方は、私たちが半世紀前の戦争の体験を通して学んだはずのものを、すでにすっかり転倒させており、個人の人権や思想に基づいて国家があるのではなく、国家のもとに個人があるという思想だ。エネルギー政策というなら、個々の人々がどういうエネルギー政策を望んでいるかという議論が先にあるべきである。(P203)

一度でも起これば、取り返し不可能な影響を全地上の生命に与えうるような事故の可能性に対して、技術によって確率を下げるというだけでは、究極的な安心(心の平和)を人々に与えることはできないだろう。(P217)

持続した理想主義は、必ずやある結実をもたらすと確信している。(P238)

(高木さんの療養中にお見舞いとして届けられた色紙の言葉)

本気 
          長野県別所温泉 安楽寺住職        

本気ですれば
大抵のことができる
本気ですれば
何でもおもしろい
本気でしていると
誰かが助けてくれる

 もし、「助けられる幸運に恵まれた」という以上の何かが私の側にあったとしたら、確かに私が本気だったという点に尽きるだろう。・・・略
 この「本気」を、もう少し分析していくと、確信と希望ということに尽きると思う。・・・略

反原発というのは、何かに反対したいという欲求ではなく、よりよく生きたいという意欲と希望の表現である。(P222)

前章で私は「確信」の役割を強調したが、それは、自分がその実現を信じていないようなことを口先だけの理念で叫んでみても、人の心に響くはずはないと、私の経験から思うからである。(P238)

もうひとつ大事なことは持続である。・・・人から人へ、世代から世代へ、ある同じ志が持続されていく、そういう持続が、理想を単なる理想でなく、現実へと実現される力になり得ると信じている。(P238)

私はここで、日本国憲法とりわけ前文や9条を思い浮かべました。理想を実現するための持続する力。

高木さんはここで、文部省統計数理研究所「国民性調査」を引き、1960年頃に比べ、エネルギー個人消費は三倍増であるにもかかわらず、「現状に満足」の数値は、当時から本質的に増えていないことを指摘しています。(P254)

「右肩上がりのエネルギー政策をやめるしかないのではないか」と言おうものなら、各委員から「成長をやめたら日本は崩壊する」「人々の欲望を抑えることはできない」と集中砲火のような反論がかえってくる。この人たちは、人々のあきらめを組織的に利用して、現状の国家形態、産業形態を基本的に維持していこうとしているのだ。(P255)

あれから12年経ち、そして311を経験した後でも、「この人たち」の基本的な考え方はここに書かれているそのままです。世論を無視した大飯原発再稼働の強行突破には、さらになりふりかまわぬ強引さが加わった感があります。それでも、隠されていた原子力ムラの体質が露わになり、以前よりは多くの人に知られるようになりました。

高木さんはこう続けます。

ここに欠如しているのは、人々の未来に対する希望である。先に「理想」として述べたような、安全で自由な暮らしと未来に対する人間としての当然の希望、そのために努力したいという基本的な意欲は誰でも持っているのに、あきらめの浸透が希望を抑えこんでしまっているのだ。

そうであるならば、私たちはあきらめからの脱出、すなわち希望を、単に個人個人に期待するだけでなく、人々の中に積極的にその種を播き、皆で協力し合って育てていくものとしてとらえ直す必要がある。それを、私はオーストリアの友人ペーター・ヴァイスにならって「希望の組織化」と呼びたい。

「希望の組織化」という言葉は、福島原発の事故から一年三ヶ月余り経ち、再び原発推進に動き始めた日本の現状を前に、切実な実感を持って受けとめることができます。と同時に、的確な具体化への指針でもあるように思います。

高木さんではないですが、変えたいと思ったら、変えられることを確信して、あきらめずに続けること(自分にできることを)、ですね。そんなことを思いつつ、書いてみた次第です。


高木さんの本「原発事故はなぜくりかえすのか」

本当に久しぶりに、高木仁三郎さんの著作を読みました。
最後の著作となった(病床での口述筆記)「原発事故はなぜくりかえすのか」(2000年 岩波新書)と、闘病中に病室で書かれた「市民科学者として生きる」(1999年 岩波新書)の2冊です。

「原発事故はなぜ・・・」を読むと、原発が日本に導入された1950年代当初から、原発政策は理念もなければ、話し合いや民主的な手続きもなく進められてきたことがよくわかります。その流れは脈々と引き継がれて今日に至っているのだなあと、原発を巡って次々と露わになる常識外れの現状を見るにつけ、ナルホドと妙に納得できてしまうのがやりきれません。

事故の要因としてこの体質が大いに関係しているならば、そのような組織を一度解体しない限り、安全対策などと間違っても口にできないだろうと思います。もちろん、地震大国に原発が設置できるのかどうかという議論は別にしてですが・・・。

高木仁三郎の部屋
このサイトで紹介されている2000年12月の「偲ぶ会」には私も出席しました。確か、日比谷公会堂でしたか。悲しみの中にもほのかな明るさをも共有できる、とても心に滲みる会だったことを思い出します。高木さんのお人柄でしょうね。

高木仁三郎 Wikipedia

次回では「市民科学者として生きる」から抜粋してみたいと思います。

本のご紹介「までいの力」

なぜ村民の皆さんが村を離れたくないのか、わかった気がします。

福島原発事故後の放射能汚染により、計画的避難区域に指定された飯舘村。写真で見ても、素敵なところだなあと思っていましたが・・・。実はそれだけではありませんでした。日本で最も美しい村連合(初めて知りました)に加盟し、意欲的でユニークな事業をさまざま展開してきた村だったのですね。

一例が、村営の本屋さん。全国を探しても公営の本屋さんってあるのでしょうか?
飯舘村の村営本屋さん
可愛い本屋さんですね。行ってみたくなります。全国から絵本を譲ってもらい、読んでは次に回す、本のリレー運動も募集しているとのことです(今後、こういう事業もできなくなってしまうのですね)。

こうした村のさまざまな取り組みをまとめた本が出版されました。「までいの力」(本の収益は飯舘村の復興に役立てられます)

飯舘村のホームページには、こんなふうに書かれています。
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までい」とは、 「丁寧に、心をこめて、手間ひま惜しまず、じっくりと」 などの意味をもつ私たちの地方の方言です。 私たちは、人と人の関わりを大切にしながら、「までい」に村づくりをしていきたいと思っています。

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フォトジャーナリストの森住卓さんのブログでは飯舘村の様子が報告されています。日を追ってマスコミの報道は少なくなっていますが、住民の方達の苦労は終わっていないどころか、今この瞬間の問題として存在することがわかります。

地面に掘った深い溝が真っ白に埋まっている=それは廃棄するための原乳。毎日毎日、絞っては捨てるを繰り返す過酷な現状。5月30日の日記には引っ越し(避難)の決まった一家の荷造りの様子。小さいお子さんも一緒にお手伝い。などなど、事故という非日常と、日常の交錯。危機感を忘れないために、ときどきブログにお邪魔しようと思います。

飯舘村のユニークな事業の一端は村のホームページからも垣間見られます。「暮らし普及センター」をクリックすると、エコハウスが登場。ピザ釜があって、材料と薪を持って行けば、誰でも無料で使えるそうです。満月ライブやヨガなど、小さな村の魅力的なイベントも。

この本を紹介してくれた方のメールにはこうありました。「感動しました。そして悲しくなりました。どこよりも早く大切なことに気づき実践していた村に、どこよりも酷い災いが降りかかったのですから」と。本当に、何という皮肉な運命なのでしょうか。

それでも「までいの力」は、これから日本人が立ち上がる強力な手がかりの一つになっていくはずです。まず本を買って応援かな?

パエトーン

チェルノブイリ原発事故をもとに、日本で同様の事故が起きることを危惧して1988年に描かれたマンガです。作者本人から無料で公開されています。

ギリシア神話に想を得て、人間には扱えない巨大な力、暴れる炎としての原子力が描かれています。マンガの世界の話でなく、現在実際に起こってしまっていることが、なんとしても残念でなりません。

内容は、原子力の仕組みから始まり、原発の一通りのことがわかりやすく描かれていて、原発の知識がなくてもラクに読めます。でも、今や日本人は、世界のどこの国の人よりも原発について詳しいかもしれませんね。悲しいことに・・・。


山岸涼子「パエトーン」

変わらないもの 変えられないもの(続き)

昨日、絵本から借りた文章は、こんなお話の一部です。(青文字が本文)

朝日がのぼって、「わたし」は、はらっぱへあそびにいきました。バッタやリスに「あそびましょ」と声をかけても、みんなにげていってしまいます。
ひとりぽっちになった「わたし」は、音をたてずに、池のそばにすわっていました。

Ehon1
すると、虫や動物たちが、一匹、二匹と、池のまわりにもどってきました。「わたし」が息をとめていると、鹿の赤ちゃんがそばへよってきて、・・・・

 〇 〇 〇 〇

それでも うごかずに だまっていると、しかの あかちゃんは 

もっと ちかよってきて、わたしの ほっぺたを なめました。

ああ わたしは いま、 とっても うれしいの。

とびきり うれしいの。

なぜって、みんなが わたしと あそんでくれるんですもの。

         〇 〇 〇 〇

私のはしょった説明ではぜんぜん伝わりませんが、絵本には池のほとりの時間の流れがいきいきと描かれています。絵も色彩もお話も、大好きな一冊です。

Ehon3

←(裏表紙)

(マリー・ホール・エッツ「わたしとあそんで」)

←注目!意気揚々とおうちに帰る!

「学校に行かないこと」をする

北海道の不登校支援・教育・福祉の分野で活躍している友人(勝手に友人と言わせていただくとして)の野村俊幸さんが本を書かれた。さっそく送っていただいて読んだ。タイトルは「わが子が不登校で教えてくれたこと」。若草色の爽やかな表紙と可愛いイラストがほのぼのした印象だ(イラストはお嬢さん)。

(表紙=大きな芋の葉っぱを傘にして雨をよけている少女。葉っぱの上にはカタツムリ。不登校は雨宿りと同じかも。裏表紙=雨上がりの虹を、カエルが見ている。)

タイトルの通り、野村さんご自身がお子さんの不登校を通して体験されたことと、そこから得られたことを、ご自身の率直な気持ちも含めて、真正面から真摯に受けとめ書かれている。不登校から「学んだ」ではなく、「教えてくれた」というところに、野村さんの謙虚で感性の細やかなお人柄が表れているように思う。加えて不登校支援の現場からのアドバイスも、親と教師それぞれの立場に対して、子どもの成長を支援する視点で盛り込まれている。

私自身も子どもの不登校に直面してずいぶん悩みもし、それによって多くのことを教わり、また自分自身がさまざまな社会的活動に関わるキッカケをも与えられた。しかし、野村さんの率直な体験報告とそれについての分析や、導き出される洞察の深さに接して、さらに気づかされることもたくさんあった。

不登校は親子共々つらい体験ではあるけれど、見方を変えれば貴重な家族の歴史の一部ともいえる。そのプロセスを通して親も子も、より理解し合える関係になることができることを、この本は雄弁に語っている。

筆者自身の体験から始まって単なる体験に終わらず、子どもへの関わり方、学校の先生への関わり方、逆に先生から保護者や子どもへの関わり方などまで、懇切丁寧に書かれている。さらに、今日の子どもを巡るさまざまな課題への向き合い方、姿勢についても示唆されている点が希望が見えていい。

親が困ったときに発しそうな質問が、そのまま項目になってズラリ並んでいる。きっと困ったときの親の強い見方になることだろう。当時こんな本があったらと思う。

今だったら私はどんな対処の仕方をするだろうか。学校に行けなくてうずくまる子どもの側に腰を下ろし、「アイスでも食べようか?」と笑顔で声を掛ける近所のオバサンになれそうな気がする。そういうちょっとホッとした会話のできる第三者の存在が、不登校に限らず、今子育てには必須になっているのではないだろうか。

野村さんの本は、そうした子育ての第三者=近所の優しい(しかも専門的な知識を身につけた)オジサン・オバサンのような本だ。子育て、教育に携わる人に時々思い出して読んでほしい。そんな雰囲気の本だ。

印象に残った箇所が幾つもあるが、その中の一つを紹介する。

       ……………………………

「『ゴロゴロ』してばかりでいいのかという不安」の項。

「学校に行かないこと」をしている不登校の子どもは、ものすごいエネルギーを使っていることを、まず分かってほしい。

       ……………………………

不登校の子どもが家でゴロゴロして何もしていないように見えても、子どもはただゴロゴロしているのではなく、「学校に行かないこと」をしているのだという見方。まさに目から鱗とはこのことだ。当時を振り返った娘さんが口にされた言葉だという。

この本を時々取り出して読み返すことで、子ども達と良い関係を築く道筋が見つかりそう。そんな勇気と希望が持てる本だ。

炎天下のクチナシ

050625_1729001 昨日の炎天下、芳香を放っていた通りすがりのクチナシ。白い花がクッキリと、香りも強い日射しにまけないくらい濃厚で、それがむしろ爽やかでした。でも、肝心の写真は、イマイチ、イマ2? 汗で手もぶれました、昨日の暑さ!炎天下に芳香を放って咲き競う植物の力強さには心を打たれます。

リーディングバトン(Reading Baton)というのがあるのですって…。友人のazamikoさんから思いがけずバトンをいただいたのですが、何しろあんまり本は読んでいないので…、思いつくまま。

①よく読むブログ…友人のブログ以外では、最近ジャーナリストの綿井健陽さんがブログを始めたのでときどき。

②好きな作家…まどみちお レオ・レオニ

③思い入れのある本…中学生の時に読んだ「メアリー・ポピンズ」(P・Lトラヴァース)。「女の選択-生む・育てる・働く」「見えてくる女の水平線」(2冊とも高良留美子)

④手放せない、というより時々読み返す本「海からの贈り物」(アン・モロウ・リンドバーグ)落合恵子訳(吉田健一訳も)。「あたらしい憲法のはなし」(文部省/童話屋)

⑤最近買った本…「にほんご」(福音館書店)

次にバトンを渡す人…、もし読んでくださっていたら登録ブログの、PFCさんTamyレポートさん、それにあをねこさんに。ご迷惑でしたらパスしてくださいね。お遊びですので気になさらず。

揺れるわかめ

「にじいろの ゼリーのような くらげ」

「ドロップみたいな いわから はえてる こんぶや わかめの はやし…」

絵本「スイミー」(レオ・レオニ作・谷川俊太郎訳 好学社)の1ページです。

深海の澄んだ水の中の生き物や海草が、美しい色彩と楽しいアイディアの
技法で描かれていて、見ているだけで、まるで水中を散歩したようなのびや
かな気持ちになれるのです。

レオ・レオニは私のお気に入りの作家ですが、なかでも、「スイミー」の水彩
の絵は素晴らしくて、いつまで見ていても飽きることがありません。

「にじいろの ゼリーのような くらげ」は、透き通るようなすみれ色とインクの
ブルー。色がついているのに<透明>を感じるのです。

「こんぶや わかめの はやし」、これはどうやって描いたのでしょうか。
面白い模様です。布レースに絵の具をつけて型押ししたのでしょうか。
レース模様が、キラキラと射し込む光を表しているようです。海の底なのに、
深呼吸したあとのような気持ちよい開放感です。

050305_2014001

ゆらゆら揺れる海草を想像しながら、ふと自分も
同じようだなと思います。
学生がくれたメールの中に「進路を決めて進んで
きたはずなのに、それでもまだ学ぶ意味は何か
と悩んでいる」姿がありました。


年を重ねたという意味での人生経験の差はあった
としても、同時代を生きる一人として、根源的な問
いに対して、あっちに揺れ、こっちに揺れしている点では、学生も私も
そう大差はないように思います。
実際私は、年中アッチャコッチャ試行錯誤して揺れてますからねェ…。

海中に揺れるこんぶ・わかめ状態です。

でもまあ、<海中のこんぶ・わかめ>も、海を楽しみつつ揺れていられたら
いいのかな、と。
そう、どうせなら楽しく揺れるわかめになりたい!

(実際の絵はもっとスッキリ明るいんですよ。)

「嘘つきアーニャの…」

「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」(米原万里著・角川文庫)
をやっと読み終わりました。
ずいぶん前に友人が「面白いわよ」と言って貸してくれたものです。

最近は資料としては読んでも、まとまって本を読むことがめっきり少な
くなってしまいました。これも寝るまでのひととき、布団に潜り込んで
少しずつ読んで、やっと、という感じでした。
でも、「早く返さなくちゃ」と思うと読むものですね。
読みやすく、かつ面白かったです。友人のSさんに感謝!

内容はロシア語通訳として活躍、エッセイストとしても評価の高い米原
さんの東欧で過ごした少女時代と、その後の3人の友人との交友が東
欧の歴史とともに語られています。
 「20世紀後半の激動の東ヨーロッパ史を個人の視点であざやかに切
りとった歴史の証言の書」(解説・斎藤美奈子)まさにこの言葉どおりで、
読みやすいけれど、中身は濃く読み応えがあります。

 私が新鮮に思ったのは、個性豊かな「マリ(万里)」の友人達が、その
ユニークな個性をそのまま周囲に認められていることです。ともすると私
は社会主義の国というと管理された画一的なイメージで見てしまいがち
でしたが、当たり前のことなのですが、子ども達はどこも同じように個性
豊かでヤンチャで可愛いと思うとともに、むしろ日本よりも懐の深さの感
じられる部分も随所に感じました。太っ腹で温かい庶民の空気が伝わっ
てくるのは著者の交友関係の豊かさゆえでもあるだろうけれど。

 この本に出てくる少女達は、日本でポーッと育った私など及びもつかな
いような歴史と社会体制の矛盾を背負って毎日学校に通い、生活している。
いやおうなしに少女達は自分たちの民族や国家や政治体制について考え、
友人たちと語らざるを得ない毎日を過ごす。さらには社会主義体制の崩壊
につれ、否応なしに社会の変革に巻き込まれていく。そうした中で、子ども
であれ、自分たちの現状と過去の歴史について正面から向かい合ってい
る姿勢は、日本の今の状況と引き比べ考えてしまった。 
 
 ベオグラードに住むヤスミンカ(マリの女友達)の言葉が胸をつく。
ヤスミンカは戦争になって以来、家具も食器も、コップ一つ買っていない
と言う。
「店で素敵なのを見つけて、買おうかなと一瞬だけ思う。でも、次の瞬間は、
こんなもの買っても壊されたときに失う悲しみが増えるだけだっていう思
いが被さってきて買いたい気持ちは雲散霧消してしまうの。それよりも、
明日にも一家皆殺しになってしまうかもしれないって」
コップ一つ選ぶ楽しみも奪う戦争。
それはたかがコップではないし、希望を奪うことに他ならないと思う。

 これから読む人のお楽しみに、一番面白かったところ(感動とは別に、爆
笑!)は書けませんが、思い出すと今でも、笑えます。
お薦めです!
 

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