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新幹線の窓から「福島」を思う

毎日暑いですね。今日はほんの少し気温が低かったようですが・・・。
そろそろ夏の疲れが溜まってきたらしく、最近ダレ気味です。いえ、いつも以上にダレ気味です。

先日、所用で仙台方面へ行く機会がありました。震災を通して、それまで知らなかった東北の地名をいろいろ覚えました。駅前のバス停の表示に「閖上行き」とあり、津波の映像が浮かんできました。電車の停車駅は「名取」「亘理」とあります。これらの地名も当時の報道で知りました。車で走ってみると、平坦でのどかな街中には、現在ではまったく津波の痕跡はありませんでしたが、震災後はこのような街中の道路も冠水し、床下浸水くらいになったそうで、津波の運んだ漂流物がたくさん道路に散乱していたそうです。この場所は駅から4~5キロと聞きました。家々の連なる向こうには海などまったく見えませんし、そうした見えない場所で、津波を想像する難しさを改めて思い知らされた気がします。

新幹線では福島や郡山の駅に停車する度に複雑な気持ちがしました。窓から見える景色は住宅の屋根やビルが建ち並ぶ、どうということのないどこにでもある市街地の景色です。この屋根の下に人々の暮らしが、震災前と一見何も変わらずに営まれています。

でも、その空気は震災前とは決定的に変わってしまったのです。放射能を赤いツブツブとして表現した絵を描いている女性がいらっしゃるそうです。もしそうなら、新幹線の窓から見える景色も赤やピンクに見えるのかもしれません。あるいは、今と寸分違わず同じ色の景色が見えるでしょうか?空気が安全か危険かさえ私たちにはわからないのです。

黒澤明監督のオムニバス映画にも、放射能が赤い色で表されていましたが、吹いてくる風が赤やピンクに染まっているというのも気味が悪いものです。それでも、色がついていたらわかるのに・・・、そうしたらもっと避けられるのに・・・と思ってしまいます。

空気も水も食べ物も不安だからと避難する人、子どもがいるからと避難する人、不安だけれど避難できない人、あるいは安全だからと住み続ける人、いずれにしても放射能の影響は個々の考え方や判断に関係なく、平等にもたらされます。特に赤ちゃんや子どもたちには大きく。

一件何事もないかのように営まれているこの屋根の下の暮らしに、どれほどの苦渋の決断ややるせない思いが渦巻いていることか。「避難したかったけど、逃げる手段が何もなかったのです。何も手段がないと分かったとき、娘と孫と一緒にこの地で被曝しようと決め・・・」と、涙で言葉を詰まらせながらも、「伝えることが私たちの使命である」と懸命に冷静に、声を振り絞る女性達。これを伝えずして何のメディアか!と、下記に掲載の動画を見る度に思います。

夜7時のニュースで、お昼のニュースで、こうした一番被害を受けた人達の声を、真正面から取り上げたら世の中の流れが一変するに違いありません。もっと真実を伝えるメディアがほしいと痛切に思います。

女性達は総理官邸に申し入れをした後でダイインをしましたが、ダイインよりも彼女たちの「声」そのものを伝えてほしかった。

一人ひとりのメッセージがどれも心に響きます。11分ほどですから全部見ていただきたいのですが、それでも長いと思われる向きは、5:14か6:03あたりからだけでもどうぞ。そして、一人でも多くの人にこれを知っていただけるよう、ブログやツイッターで話題にしていただけたらと思います。動画自体は6月のものですが、事態は何も変わらず、再稼働と推進に向けて「着々と状況が悪化」している中、女性達の声の重要性は増すばかりです。

2012年6月7日
福島の女性たちの抗議行動

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