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ホームに郵便ポスト

120823_2  ホームにポスト。 初めて見ました。

 便利ですね~。

 駅に駆け込む前にポストに投函しなくても、 とりあえず駆け込んでからポストに投函すればいいですもんね。
 (↑それより、あと1分早く家を出ればー ^ ^;)

 京都駅の東海道線ホームでした。

☆ ☆ ☆

鎌仲ひとみ監督の「内部被曝を生き抜く」を見ました。近いうちに感想など書いてみたいと思います。

デパ地下

先日、所用で京都に行きました。用事を済ませて、帰りの新幹線までには少し時間があったので、駅近くのデパ地下を覗いてみることにしました。

旅先のスーパーとかデパートの食品売り場は結構好きなんです。その土地の自然の産物に出合えるし、買い物のお客さんも大体がその土地の人なので、土地の空気も感じることができますから。もちろん、食いしん坊だからっていうのもありますけどね。

さて、肉や魚の生ものは無理としても、かさばらない野菜ならおみやげに持って帰ることができるかなと、期待しながら、西日本の野菜を探してみました。

ところがです。
意外や意外。東北や北関東の野菜や果物が目に付きます。地元や西日本産の野菜はそれほど多くない感じでした。流通網の発達て、主要産地の作物は時季を逃さず、日本中に隈無く配送されるのでしょうね。今さらながらすごいなあと思いました。

群馬、茨城、福島、山梨、山形などなど。もちろん、これがデパ地下でなく、地元の八百屋さんやスーパーだったら、もっとバラエティに富んだ地域の農産物があったのかもしれませんが・・・。

結局、ほしかった物は見切り品のワゴンの中に。大分産のピーマンとニラ、京都産の小ナスがおみやげになりました。それから、定番の生八つ橋も(こちらは見切り品ではありませんよ)。

旅先のデパ地下って、手軽でちょっとした発見もあって、私にとってはなかなか面白い所です。

福島の子ども達の疎開に署名を!

今日はお知らせのみで失礼します。

それにしても暑いですね~。汗が滝のよう。。。。。これを書いたらエアコンのある部屋に逃げ込みますぞ。

福島の子ども達の疎開を求める署名が昨年から始まっています。サイトを開くと右側に署名欄がありますので、その場で署名できます。署名をすると、その場で下に名前がほとんどリアルタイムで表示されるのですが、すごい勢いで広がっている気がします。
ツイッターの威力か?!
子ども達の被害を少しでも減らせますように、ご協力よろしくお願いします。
こちら

高放射線量の場所でラジオ体操をする子ども達(youtube動画)

チェルノブイリの子ども達の治療に当たった菅谷昭さん(現松本市長)のお話(youtube動画)

村興し・A君の挑戦

「夜は真っ暗ですよ。川があって、蛍が飛んでます。観光地としては何にもないけど、いいところですよ。ぜひ来てください」目を輝かせて語ってくれたA君。

大学生活最後の夏休み、実家に帰省する直前に、A君はこんなふうに声を掛けてくれた。こちらが返事を決めかねているうちに、実家に帰省したA君は、早速ご家族にそんな計画を話したらしく、次に会ったときはすっかりその気であった。

私の都合で行かれなくなったことを告げると、ひどくガッカリして、「食材まで用意して待ってたんですよ~(笑)」と言われ、ひどく申し訳ない気がした(ホントにあの時はゴメン!今になってみると、無理してでも行っておけばよかったかと後悔しきり)。

「次は必ず行くからね」と約束したのは、近々そんな機会はきっとあると思っていたからだった。

その後、A君は大学院へ進み、卒業。無事に希望の会社に就職した。しかし、にもかかわらず、1年で退社したという。「なんでまた?」と思いつつ、会って話を聞くことにした。

「村に戻って、いずれは村会議員になって村のために働きたい」村興しに乗り出すという。学生時代から思索を深め、細やかな人間関係づくりに奔走し、多方面の人脈を築いてきた彼のことだ。持ち前の行動力を生かして新しいスタートを切るに違いないと、こちらも期待しつつ、話に耳を傾けた。

出会った当初、A君は「地元は何もない所だから、東京に出たい」と言っていたっけ。それに対して「いつか郷里に戻りそうな気がする」と言った私。その言葉を、A君も覚えていた。「いつか戻るって言われましたよね~」としみじみ言う。

それから数ヶ月後、東京と郷里を忙しく往復する日々を過ごしていたA君だったが、たまたま時間が空いたというので、東京でその後の経緯を聞かせてもらった。
「当面は、地元産の野菜を東京で販売する仕事を手伝うことから始めたい。そのために、今日もアンテナショップを開設する準備をしてきたところです」と忙しそうだった。あの蛍の飛ぶ郷里の野菜や物産が都内に並ぶ日も近いと聞き、スタートしたら私も友人知人に広報してあげるからねと、背中を押した。私まで何だかウキウキしていた。

一歩一歩確実に夢に近づいている若者の、希望に満ちた前途を祝福したい気持ちだった。同時に、そんな夢のある話を聞かせてもらう機会に遭遇したことをありがたいとも思った。「じゃあ、がんばって!その後の話、楽しみにしているから」と握手をして別れた早春の昼下がり。2011年3月4日のことだった。

それからちょうど1週間後、3月11日に東日本大震災。直後に福島原発が事故を起こし、10キロ圏20キロ圏と避難区域が広がった。その中には、A君が村興しをめざした郷里も含まれていた。

☆ ☆ ☆

それから半年後、都内で野菜を販売するA君の姿があった。本来なら山ほど買って応援したいところだが、できなかった。放射能の数値の高い野菜が市場に出ていることをネットの情報で把握していたからだ。「悪いけど買えない、ごめんね」
彼の避難先の線量も決して低くはない。楽観的な彼に、私が把握している事実と、私なりの見方を伝える。地元のために何かしたいという彼の意思は変わっていない。応援したい私の気持ちも変わっていない。けれど、圧倒的な現実の変化の前に、彼も私も、無力としか言いようがなかった。

その後もA君の奮闘は続いている。目を輝かせて前途の夢を語る様子は変わらない。状況の断片を聞かせてもらいながら、彼の夢が単なる夢に終わらないためには、私に何ができるのだろうと自問自答している。

☆ ☆ ☆

村の感謝祭 
自然と一体となって育まれてきた伝統行事や食文化など、村の豊かな営みが偲ばれます。改めて失ったものの大きさを思わずにいられません。同時にこれだけのものを奪ったものへの憤りも感じないではいられません。

下に掲げたホームページの違いが村の現在を物語っていますね。生活のすべてを根こそぎ奪われるとはどういうことか、少しは私にも想像できる気がしました。近いうちに、A君とまた連絡をとってみたいと思います。

現在のホームページ  

事故前のホームページ

ホットケーキミックスの小麦粉は?

この頃、小麦製品に放射性セシウムが見つかることが多いと聞いたので、先週購入したホットケーキミックスについて、メーカーに問い合わせてみました。

昭和産業 350g 赤い紙箱のパッケージです。

メーカーに依れば、
材料の小麦粉の産地は製造年月日によって異なるそうです。ちなみに手元にあった製品は、2013年5月25日の賞味期限でした。この原材料については、外麦(アメリカ産)が大半で一部国産が含まれているとのこと。国産の産地を訪ねると、この日付の場合は、北海道産だそうです。

何が配合されるかは製造日によって異なり、国産でも北海道以外の群馬や茨城などの場合もあるとのこと。問い合わせる場合は、賞味期限の年月日を告げて確認する必要があります。

たぶん外麦100パーセントと思っていたので、意外でした。一般的に、小麦製品は安くて安定供給できる外国産が大半で、特にお菓子用の薄力粉などは100パーセント外麦だと思っていました。以前から国産も配合されていたのか、最近になって混ぜられるようになったのかはわかりません。

従来、「国産」や「北海道産」などの表示は、それ自体が付加価値で、値段もその分高くついていたように思います。今やそれが、国産表示もなく外麦に混ぜられているのが、なんとなく釈然としないのですが・・・。

今日、スーパーに行ったついでにホットケーキミックスの棚を覗いてみました。すでに日付は6月15日の物。この製品の原料産地を知りたければ、もう一度問い合わせを、ということになります。なかなかにメンドイ。私みたいにマメでない者には無理です。メーカーには「個体ごとに問い合わせなくても、安心して買える表示をしてほしい」と要望はしましたが、障害はいろいろとありそうですね。

道路は誰のもの?

以前、イラク戦争反対のデモに参加したとこのこと。アメリカ大使館前に集まったデモの参加者に対して、警察は首相官邸前でやったのと同じように道路を渡らせないと言う抗議行動の阻止に出ました。大使館の正面の歩道に集まった人達と、道路の向こう側の人達とを分断する行動に出たのです。

道路際の歩道に横一列に警察官が配備され、向こう側から大使館側への横断を一切させません。道路の向こう側は次々に増える参加者でみるみるふくれあがっていきますが、それでも渡らせないために、仕方なく後から来た人達は舗道上に横に長く伸びていきます。「戦争反対!World peace !」などのシュプレヒコールの間からは、「渡らせろ!」「何で渡らせないんだ?」など不満の声も上がっていました。

友人と私もブツブツ言いながら、道路の向こう側の人達とシュプレヒコールで呼応したり、手を振って連帯を示しながらも、不満は募る一方でした。

と、そのとき、目の前の欧米人男性二人が英語でコールを始めました。最初は周辺の声に紛れて気づかずに、「あ、英語で何か言っている。なんて言っている?」と顔を見合わせた私達ですが、意味を知って「ホント、そのとおりよー!!!」と、彼らと一緒に声を合わせ始めました。「Whose road? Our road!」(だったかな?)

「道路は誰のもの?道路は私たち(みんな)のもの!」

道路の横断を阻止されて不満を持ちつつも、それを跳ね返さない私たち日本人に比べて、おかしいと思ったら正統な権利として主張し、奪われたものを取り戻そうとする彼ら。正統な権利主張の意識や、人権に対する敏感な反応が欧米の教育には根付いているからではと思わされました。

7月29日、首相官邸前の封鎖された道路でも、日本人の若者がドラムを叩きながら「道路を返せ!」と声を上げている映像を見ました。おかしいことは見過ごさないでおかしいと言っていく、その意識こそが今まさに問われていると思い出させてくれました。

新幹線の窓から「福島」を思う

毎日暑いですね。今日はほんの少し気温が低かったようですが・・・。
そろそろ夏の疲れが溜まってきたらしく、最近ダレ気味です。いえ、いつも以上にダレ気味です。

先日、所用で仙台方面へ行く機会がありました。震災を通して、それまで知らなかった東北の地名をいろいろ覚えました。駅前のバス停の表示に「閖上行き」とあり、津波の映像が浮かんできました。電車の停車駅は「名取」「亘理」とあります。これらの地名も当時の報道で知りました。車で走ってみると、平坦でのどかな街中には、現在ではまったく津波の痕跡はありませんでしたが、震災後はこのような街中の道路も冠水し、床下浸水くらいになったそうで、津波の運んだ漂流物がたくさん道路に散乱していたそうです。この場所は駅から4~5キロと聞きました。家々の連なる向こうには海などまったく見えませんし、そうした見えない場所で、津波を想像する難しさを改めて思い知らされた気がします。

新幹線では福島や郡山の駅に停車する度に複雑な気持ちがしました。窓から見える景色は住宅の屋根やビルが建ち並ぶ、どうということのないどこにでもある市街地の景色です。この屋根の下に人々の暮らしが、震災前と一見何も変わらずに営まれています。

でも、その空気は震災前とは決定的に変わってしまったのです。放射能を赤いツブツブとして表現した絵を描いている女性がいらっしゃるそうです。もしそうなら、新幹線の窓から見える景色も赤やピンクに見えるのかもしれません。あるいは、今と寸分違わず同じ色の景色が見えるでしょうか?空気が安全か危険かさえ私たちにはわからないのです。

黒澤明監督のオムニバス映画にも、放射能が赤い色で表されていましたが、吹いてくる風が赤やピンクに染まっているというのも気味が悪いものです。それでも、色がついていたらわかるのに・・・、そうしたらもっと避けられるのに・・・と思ってしまいます。

空気も水も食べ物も不安だからと避難する人、子どもがいるからと避難する人、不安だけれど避難できない人、あるいは安全だからと住み続ける人、いずれにしても放射能の影響は個々の考え方や判断に関係なく、平等にもたらされます。特に赤ちゃんや子どもたちには大きく。

一件何事もないかのように営まれているこの屋根の下の暮らしに、どれほどの苦渋の決断ややるせない思いが渦巻いていることか。「避難したかったけど、逃げる手段が何もなかったのです。何も手段がないと分かったとき、娘と孫と一緒にこの地で被曝しようと決め・・・」と、涙で言葉を詰まらせながらも、「伝えることが私たちの使命である」と懸命に冷静に、声を振り絞る女性達。これを伝えずして何のメディアか!と、下記に掲載の動画を見る度に思います。

夜7時のニュースで、お昼のニュースで、こうした一番被害を受けた人達の声を、真正面から取り上げたら世の中の流れが一変するに違いありません。もっと真実を伝えるメディアがほしいと痛切に思います。

女性達は総理官邸に申し入れをした後でダイインをしましたが、ダイインよりも彼女たちの「声」そのものを伝えてほしかった。

一人ひとりのメッセージがどれも心に響きます。11分ほどですから全部見ていただきたいのですが、それでも長いと思われる向きは、5:14か6:03あたりからだけでもどうぞ。そして、一人でも多くの人にこれを知っていただけるよう、ブログやツイッターで話題にしていただけたらと思います。動画自体は6月のものですが、事態は何も変わらず、再稼働と推進に向けて「着々と状況が悪化」している中、女性達の声の重要性は増すばかりです。

2012年6月7日
福島の女性たちの抗議行動

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