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歌声が伝え続けるもの

23年前の今日(1986年4月26日)、チェルノブイリ原発事故が起こりました。

「忘れることから過ちが繰り返される」、と当時6歳だったナターシャさんが美しい歌声で伝え続けています。 

。。。。。。。

我が家の息子達もちょうどナターシャさんと同年齢です。
あの時、私たちはなんにも知らずに放射能の混じった雨に打たれたほうれん草を食べました。その雨で育った牧草を牛が食べて、その牛の乳でできた牛乳はスーパーに並べられました。子ども達の飲んだ牛乳がそうだったかもしれません。後で、そのことを知って本当に悔しかったのを覚えています。

「放射能汚染の心配はなくなりました」と日本の政府が言ったのは、事故から何日もたってからのことだったのです。そのとき初めて、私たちは知らされていなかったことに気づきました。ナターシャさんが言っていることと重なります。

だからこそ、これからもずっと伝え続けていかなくてはと思います。

青森市長選で◎

久々に胸のすくようなニュースです。

青森市長選挙が19日にありました。
元県議の鹿内博(しかないひろし)さんが、5期20年の現職市長を破って当選されたそうです。

もう信じられないくらいの快挙です!

というのも、鹿内さんは反核燃団体で代表を務めたことのある方で、六ヶ所村の再処理工場や原発政策を推進したい人達にとっては、一番なってほしくない市長候補だったはずです。

なので、市長選とは言え、県政や今後の核燃政策にも少なからぬ影響があるとみた電力会社や政治家が、こぞって現職候補の応援にかけつけたそうです。今回はそれを乗り越えての当選という快挙でした。

鹿内さんのホームページはこちら

と、すごく喜んでいますが、。。。。。

実は、鹿内さんとは直接的には何のご縁もありません。

ただ県議で、核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会という団体で代表を務めていたことをみても、筋金入りの市民派であり、実践派であることがわかります。

私もかつて、青森の別の反核燃団体の呼びかけに賛同して会員(といっても会費を一時期払っただけの幽霊会員)であったことがあり、青森の地で声を上げることの厳しさと切実感を、間接的にではありますが感じることができました。

そのことを思うと、鹿内さんの当選には感慨深いものがあります。

。。。。。。。

青森の地で反核燃を訴え続けるのは、想像もつかないご苦労があることと思います。まして私のように端からちょっと応援するなんていうのとははわけが違います。生半可な気持ちではできないことでしょう。

。。。。。。

広大な原野を切り開いて、六ヶ所村の核燃料再処理施設が着々とできあがっていき、危険きわまりない核燃料が運び込まれてくるのです。

首都圏だったらあり得ないような電力会社の原子力推進の広告がテレビコマーシャルに日常的に流されます。

地元の中学生の原子力施設見学が何の違和感もなく行われています。

そんな土地での反核燃の運動なのですから。

それに運動の前に、なんといっても人々の生活があります。津軽弁や市民によるねぶた祭りの開催など、鹿内さんの活動には生活の実感が感じられてホッとします。

鹿内さんは市長になったら反核燃の運動とは一線を画すと言われていますが、命とくらしを大切にするポリシーを、ぜひ市政に生かしてがんばってほしいなあと思います。

ピカピカの一年生

先日から、桜が満開、満開って書いてたような気がしますが、今日もさらに満開でしたよ。別の小学校の前を通ったら、そこの桜がこれぞまさしく散り始める寸前というところでした。

入学式が終わった直後らしく、スーツやワンピースで決めたピッカピカの一年生とパパ・ママが正門の前、桜の花びらの舞う下で写真を撮り合っていました。一家族ずつ順番待ちのようでした。

それにしても夕方4時近かったということは、今は午後に入学式なのでしょうか。
いろいろと変わるものですね。

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ところで、話はガラッと変わります。
いよいよ、5月21日から裁判員制度が始まることになってしまいました。

なってしまいましたというのは、私は全然納得がいかないからです。

いくら説明を読んでも、未だになぜ必要なのか納得いく回答とは思えませんし、国会での議論も不十分なままだと思っています。なので、もっと話し合って本当に必要なのかどうか、また実施に当たっての個別の問題はクリアされたのかどうかを確かめなくてはいけないと思っています。

裁判を国民に身近なものにするなら、もっと他に方法はあると思います。

なので、始まってほしくありません。・・・が、始まってしまうんですよね。

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参議院議員の保坂展人さんがブログで、法務委員会の質疑を紹介しています。とても重要かつ具体的な鋭い質問だと思います。

例えば、裁判後に被告の無実が分かった場合に、死刑判決を出した裁判員の一人が自分の良心から救済活動に加わったとします。そして、集会などで裁判の時に自分が感じていたことなどを話したとしたら、その場合、守秘義務違反に問われるのかどうか。

アメリカでは、裁判後は陪審員の表現の自由が守られているようで、人として自由に発言することや、良心に反することを強いられないということは、とても大事なことだと思います。

殺人などの刑事事件ではなく、住民訴訟とか、選挙違反とか、裁判官が正しく裁判をしているかどうかとか、そういうことに参加させてくれた方が、よっぽど立憲国家としての権力を監視する役目と、法律や裁判を身近に感じる役目と、両方を体験することができて一挙両得だと思うのですが・・・。

無事でした

昨日書いた駅前の桜の木ですが、今日見たらちゃんと残っていました!

工事現場の入り口の囲いが取り払われて、工事車両が出入りしていました。入り口の囲いがなくなったので中がよく見えます。

ギリギリセーフで桜の木の直前に工事の囲いが建てられていました。

入り口に立っていたガードマンのおじいさんに尋ねました。

「桜の木は残りますか?」

「予定ではそうなっています。この樹齢だもの~、切れないでしょう。上の方の、邪魔になる枝だけは切ったけどね」

とのことでした。

満開から、そろそろ散り始めた桜を遠くから眺めながら、

・・・ホッ、よかった、よかった。

満開の季節に

Img_1148_2 桜は七分咲き。
小学校の校庭で、用務員さんが塀のそばで何やら修理をしていました。新学期の準備でしょうか。

週末には、親子連れやお年寄りが、鉄棒の下などでのんびりお花見していたりします。ここの桜の木はみんなに見てもらえてうれしいでしょうね。

でも、こんな↓桜の木もあるんですよ。

090330_17100001

駅に新しい改札口ができることになり、古い駅舎が取り壊されることになりました。工事現場の囲いの中には、大きく広がっていた枝先をバッサリ切られた桜の木がポツンと。4~5日前の写真なので、きっと今頃は少ない枝にも花を咲かせていることでしょう(それとも、バッサリ切られちゃったか)。

美容院のお兄さんと、ついこの間、こんな会話を交わしたばかりでした。

わたし「桜の木がどうなるか心配なんですよね~」

おにいさん「たぶん、残るんじゃないですか?」

とっても残念です。

写真の右側にももう一本桜の木があって、この二本だけは、ずっと以前にこの駅ができたときにも切られずに残って、毎年春には美しい光景を見せてくれていたのです。

古びた駅舎のたたずまいと桜の大木がとてもよくマッチして、春になると駅前の桜吹雪がとっても良い雰囲気だったのです。

工事の人も、桜が咲き終わるまで切らずに待ってくれていたのでしょうか。
それとももう切られてしまったのかしら?明日、電車で出かける用事があるので、その結果がわかります。

下り線のホームには、何本もの大きな切り株をよける形で柵が設けられています。きっと、駅ができたときに桜の木が邪魔で切り倒したけれど、根っこまで掘り起こすのがたいへんだったものと思われます。

このあたり、昔はどんな風景だったのでしょう?

満開の花をつけたまま、命を閉じる桜の木。 

    ありがとう。

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