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メタボ健診

だいぶ前に、「特定健康診査(いわゆる「メタボ健診」)のお知らせ」という封筒が届きました。春?夏だったかな?

ちょうどその頃、ニュースでメタボ健診の日本の基準は、国際的に見て科学的根拠があいまいだという報道に出会いました。

なので、受ける気にもならず、そのままにしていました。たまたまその少し前に健康診断を受けたばかりだったというのもあります。

そうしたら、先週またメダボ健診のお知らせが来ました。
今度はお知らせと一緒にアンケートが同封されていました。

「前回のお知らせを受けとっても受診しなかったのはなぜか」を尋ねるアンケートです。

ずいぶん熱心なんだなと思ったら、健診率の悪い自治体にはペナルティが課されるんだそうです(つまり後期高齢者の自治体負担分が増額されるのだとか)。

そして、「健診を受けた結果のコピーをアンケートと一緒に送ると粗品を差し上げます」とまで、なっています。

でもなんでコピーを同封するのかしら?

メタボ健診は専用の受診票を医療機関に持参して健診を受けた場合、無料になる仕組みです。ですから、医療機関に提出された受診票を自治体で集計すれば受診率はわかるはずですよね。

医療機関から自治体に受診した人の個人データが行って、今後の保健指導に使うのだそうです。その上、データは匿名化した上で、国に結果報告されるといいます。

私の健康は国や自治体に管理されるということになります。なんか正直いい気持ちしませんねえ。

本当はこうであってほしい。・・・・

<一人ひとり自分の健康は自分で守るつもりで気をつけてくださいね。でも、人間いつどんなことで怪我をしたり病気になったりするかわかしませんし、歳を取れば身体も故障します。そんなときには、国(自治体)がめんどう見ますよ。安心してかかれる医療を整備しておきますから>

というのが、公の役目だと思います。

やるべきことは個人のデータ管理やそれに基づく健診や検査を勧めることではないように思うのですが・・・。

これには結構予算もかかっていると思います。
のお金を別のことに回してほしいです。

私としては

〇救急車に乗らなければならなくなったときに、たらい回しにならずに医療が受けられること とか、
〇妊婦さんが安心してお産ができること とか、
〇閉鎖されているあちこちの病院が再開されて、意欲のあるお医者さんや看護師さんの生活保障がされること 

など・・・、そういったことにお金を使ってほしいんですよね。

もしかして、健診、健診と意識が高まることで、利得のある人達もいるのかも。

昔、ある女医さんが講演会で警鐘を鳴らしていました。

「医学界にも時期によって流行のトピックがあるので、惑わされずに、本当に自分にとって必要な医療とは何かを考えながら医療を受けてほしい」といった主旨でした。「これからは骨粗鬆症の予防が言われるはずです」と。

その後、本当に骨粗鬆症の予防が盛んに言われるようになっていったんです。

そして、今はメタボです。

アンケートには自分の意見を書いて送るつもりです。健診は、さて、どうするか?

。。。。。。。

関連記事といえるかどうかわかりませんが、たまたま今日見つけたんで載せておきます。
がんは生活習慣病、早期治療、早期医療で・・・

検査しすぎはよくない、日本の医療とその被曝
放射線被曝量に閾値(しきいち・いきち=ここまでなら安全という値)を設けて安全性を強調しているのには、核の問題や原子力利用が絡んでいると思います。高木仁三郎さんが「閾値なんていうのはまったくまやかしです」と言われたのが忘れられません。

一歩

(迷惑トラックバックが続いたのでタイトルを変更しました)

難しい理屈なんてなんにもいらないんだなあ。思ったことをそのまま行動にすることはこんなに強いメッセージになるのだ。

昨日のドキュメンタリー「リベリア 内線を終わらせた女達」を見て、つくづくそう思いました。

     * * * * * * * *

9歳~15歳の少年達が兵士として銃を持たされ闘う。麻薬も蔓延している。政府軍も、反政府軍も自分たちの利権争いに明け暮れて、子どもが兵士として消耗されていく。首からサレコウベをネックレスのようにぶら下げて嬉々としてカメラに群がって来る子ども達。沿道の小屋の軒先には、殺された敵の骸骨がぶら下がっている。

そんな中で育つ子ども達を見て、キリスト教徒の女性達が集会を開いたのがキッカケだった。集会参加者にはイスラム教徒の女性もいて、自分がイスラム教徒であることを告げ、「仲間の女性達にも知らせます」と言うと拍手が起きたそうだ。

こうして、女性達の、非暴力の闘いが始まった。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・

断食、祈り、平和を象徴する白い布を巻いて集会を開き、デモをし、意見書を書く。

「戦争はこりごり、苦しみはいや、もうこれ以上はがまんできない。子どもたちが今この瞬間も死んでいる」プラカードを掲げて、大統領の車列の沿道に座って一週間。

プラカードには政治的な発言はなく、「もう戦争はこりごり、平和を!」の叫びだ。(これは誰に対しても説得力があると思う)

2500人の女性達がアピールを続けた。座り込みの合間には、歌うし、踊る。知り合いができて、団結力が強くなった。

セックス・ストライキもやった。彼らになぜ拒むのかを話し、知らせた。

国際世論が女性達の側についたこともあって、ようやく政府軍・反政府軍双方が和平交渉のテーブルについたが、何日経っても真剣に取り組もうとしない。ポスト争いに明け暮れている。

業を煮やした女性達は、ついに会議室のドアの前に座り込む。和平が成立するまではここから一歩も動かないと(つまり、男達を缶詰にしちゃったんですね。平和への交渉を成立させるまではここから出さないと)。

それを排除しようとする警官に向かってリーダーの女性はとっさに行動した。

頭に巻いた布を取りながら言う。(リベリアでは、母親の裸を見たら災いが起きるということわざがあるらしい)、ここを立ち退かせるなら服を脱ぐと言いながら「たとえ私たちをどかしても、次は1000人の女性達がここに座る。その次はキャンプにいる2500人が来る、その次は…」と、たたみかけて交渉し、警官達を説き伏せる。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・

これを機に、会議の空気は一変して真剣な話し合いが行われ、和平交渉が成立した。

面白いのは、排除しようとした警官が、話を聞くうちに女性達に助言してくれたという。「男達が逃げ出さないよう、窓の外にも見張りを置いた方がよい」と。彼女たちの説得力が、いかに人を動かしていったかを物語っているように思う。

でも、交渉が成立したからこれで終わりというのではない。見守っていないと、いつまた戦争になるか分からないからと、武装解除のプロセス、民主的な選挙による女性大統領の選出へと、彼女たちの活動は続いていく。

・活動は続けなくてはいけない。
・平和の維持を見守っていくことが大事。
・闘った相手を、受け入れる必要がある。
・・・と女性達は語る。

      * * * * * * * *

聞くに堪えない悲惨な現状も語られています。でも、さわやかな笑顔、人間的な力強いメッセージを語る女性達には、本当に勇気づけられます。

さっきウィキペディアで調べてみたら、女性達の活躍については一言も書かれていませんでした。女性大統領が誕生したことだけ。

歴史の書き方から変えないといけないなあと思いました。歴史は男達の歴史なんですよね。教育には、戦争の歴史よりも、平和のつくりかたの方が大事ですものね。

お知らせ ドキュメンタリー

直前のお知らせ続きですみません。

今回も番組の紹介です。

本日2月2日(月)夜9:10~(再放送2/9日午前10:00~11:00)
BS 世界のドキュメンタリー「リベリア 内線を終わらせた女達」
トライベッカ映画祭 長編ドキュメンタリー部門受賞作品

1989年から14年間にわたる圧政と内乱を、非暴力で平和に導いた女性達の活動を描いています。キリスト教とイスラム教の女性達が手を組んで、和平に向けて取り組んだ結果だということです。日本ではほとんど知られていない事実ですね。

「 リベリアに和平をもたらした影に、
どれほどの女性たちの忍耐強い取り組みがあったか、
を伝えるドキュメンタリーです。より平和で、
安全なよい世界を実現する力が、
われわれ人類にはあるのだということを高らかに謳いあげています。」
 (担当スタッフのメモより)

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