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コッペパン

昨日の「お弁当」で思い出しました。

小学校一年生か二年生の運動会でのこと。お昼になって、みんながお弁当を広げて友達同士オシャベリしながら、ワイワイと楽しく食べ始めていました。

先生も私たちと一緒に輪になってお弁当を食べていました。K先生は若くて優しい女の先生でした。

その時、先生のとなりに座ったS君がお弁当ではなくコッペパンを食べていました。お弁当でもサンドイッチでもなく、コッペパンです。

その時は「なんでかな?」くらいにしか思わなかったと思います。後になって、どういう経緯からかは忘れましたが、先生がS君のために用意したということに気づきました。S君のおうちは貧しくてお弁当を持たせられなかったのです。

お昼時、お弁当を持ってきていないS君に気づいた先生が、あわてて誰かに頼んで用意してもらったのではないかと思います。

今ならお弁当でもサンドイッチでも簡単に買えますが、当時は買ってすぐ食べられる物と言えば、食パンやコッペパン、あるいは数種類の菓子パンくらいしかありません。おにぎりも売っていません。

でもそのときの、コッペパンを手にしたS君の屈託のない笑顔は今でもハッキリ覚えています。と言っても、私の記憶にあるS君はいつも笑顔なんです。暗いイメージはまったくありません。

S君だけでなく、みんなまぶしいくらいの笑顔でした。

戦後の写真や、昭和30年代の写真に出てくる屈託のない子ども達の笑顔。あれがそのままクラスの雰囲気でした。クラスではみんな分け隔てなく遊び、仲が良かったなあと思います。

こうして書いていても、顔も、名前もフルネームで思い出されるのが不思議。一クラス50人以上いたのにです。

・・・・・

ああ、それなのに、最近では昨日のことさえすぐ忘れるんですからね、まったく。

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コメント

アメリカの小学校に通っていたときに、前日に配布されたプリントの英語の内容がよく理解できなかった母のせいで一人だけ昼食がなかったことがあります。「お弁当は持参しないように、代わりに1ドル持たせるよう。今日はみんなでタコスを買って食べます」という文面の最初しか母には理解できなかったそうで。結局、先生がお金を貸してくれたのですが10歳の頃の記憶を今まで持っているということは相当それが印象に強かったということ??!!!もっとも今になってみればあの程度の英語力の母になどよく頼って生きていた(おそろしい)と思うとともに母も慣れない外国生活で必死だったのだなと改めて感謝する限りです。・・ただ単に食い意地が張っているだけかも、、、

前エントリーの本当の親切の話、良いですね。こういう先生はもう今はいないでしょうねぇ・・・(ため息)

食べ物の記憶ってなぜか鮮明ですよね。
英語力より生命力、お母様は素晴らしい。さすが「母は強し!」ですね。

前のエントリーの話ですが、
表には出ないけれど、今でも似たような話は結構あるかなあって。私の知っている20代の先生(男性)は、数年前ですが、朝、自分でおむすびを作って児童の家に行き、朝食を食べさせてから学校に一緒に登校していたそうです。
きっと私たちの知らないところで「親切」はきっと今でもあるって思っているんです私。楽天家過ぎるかも知れないですけど・・・。

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