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ハイブリッドスターチス

07630  紫の花はおなじみのスターチスです。

ピンクや黄色の花についていた名札は「ハイブリッドスターチス」だったかな?名前も初めてなら、見るのも初めて。

………

「ハイブリッド」、なんだかあんまり花の名前らしくない気もするんですけど、なじみがないからだけかしら。

  ◇ ◇ ◇

夏の切り花はすぐにダメになるので、夏は花を飾るのはあきらめています。この日はお見舞い用にと花屋さんに入りました。切り花じゃなくても何か見つからないかなーと思って。

お見舞い先の環境が、毎日水を換えられる環境になかったので、何がいいかなあとしばらく迷いました。ドライフラワーでもと思ったんですが、あいにくそのお店にはドライフラワーはありませんでした。

そこで思いついたのが、スターチス。ドライになりやすい花なので、これなら花瓶に挿さないでも楽しめるのではないかと思ったのです。吊しておけば、うまくいけばそのままドライフラワーにもなるし。

  ◇ ◇ ◇

さてお見舞いに行ってみると、病室のカーテンレールはベッドからだとちょうど目に入る位置です。逆さに吊してドライフラワーにするにはピッタリだったのですが、それでは看護師さんのケアやお医者さんの巡回にじゃまなのでそこに吊すのは無理です。

身動きできずベッドに横になっている位置で、ほかに視界にはいる所と言えば、ロッカーの上しかありません。そこは計器の陰で見えにくいのが残念なんですが、それでも病室の雰囲気が和むだけでもいいかなと思って置かせてもらいました。

花束のセロファンを外し、水を切って茎をリボンで結び直し、ベッドから花の正面が見えるようにロッカーの上に置きました。

そのとき花束をつくったときの短い茎が、我が家の小さな花束になりました(写真)。

叔父さん、早く元気になってね!

映画「みえない雲」

東京近辺の方にお知らせです。
映画「みえない雲」。久しぶりに東京での上映です。
6/30(土)~7/6(金)

チェルノブイリ原発事故(1986年)の翌年に発表され、ドイツで青年文学賞を受賞した小説が原作です。

当時、広瀬隆さんの「チェルノブイリの少年達」を図書館から借りて読んだ記憶があります。原発労働者の街、プリピアチに住む少年達が、混乱の中からバスで街を脱出する様子までが想像力を駆使して書かれていて、住民の視点で見ることが大事なんだと感じました。

原発はなかなか映画ではとりあげられませんね。黒澤明監督がオムニバス映画「夢」の一編で、原発に批判的な表現をしていたのが印象に残っているくらいです。世界のクロサワだから許されたのでしょうか。

それでも上映すればお客さんの関心は高いようです。先頃、原発立地の柏崎市での上映には500名以上の入場があったとか。

「世界一の柏崎刈羽原発を持つ柏崎は、事故が起きたら映画以上だと思う。」

「事故が起きたら、どう逃げればいいか、逃げられるか、風向きなどでパニックになったら、こわくてしかたない」

「すばらしい映画でした。若者が少なく残念でした。一番見てもらいたかった。」

「心にしみ入る、いい映画でした。知人や子供に伝えたい、重いテーマーですが、学校などで、生徒や、若者に見せられないでしょうか。」

「すばらしい時間ありがとう。キャスティング、構成の、すばらしさにも感動。家族愛、友情、恋愛、姉弟愛と、いくつもの愛の大切さを知りました。」

などアンケートからは地元の方達の切実さと、映画に対する感動が伝わってきます。大阪、枚方でも23日に上映されたそうなので、映画が広がってくれるといいなと思います。

(余談です↓)
新橋文化劇場、初めて知りました。新橋駅のガード下、900円で二本立て(!)。もとはアクション映画の上映館でサラリーマンが主なお客さんだとか。現在は女性割引などいろいろな割引もあるみたいです。

他では観られない映画がこの金額ならうれしいです。

琉球と六カ所

旬のイベントです!
と言っても、もう間に合わないイベントもありますが、見るだけでもイメージがふくらむサイトですので、ご紹介しますね。私も、つい今しがた知ったばかりなのです。

★「アースディ・六カ所」(開催場所が青森なので、今からではちょっと無理ですね。でも、サイトのあちこちにいろんな情報が詰まっていて面白いですよ。キャンプファイヤーの木をどこから切ってくるかとか、非電化冷蔵庫とか、盛りだくさん・・・。)

★「琉球魂」(沖縄の「慰霊の日」に合わせて、沖縄・東京・千葉・大阪で同時開催されるそうです。春に日比谷公園のピース・イベントで「前を向いて歩こう(九ちゃんの歌の替え歌)」を歌ってくれた寿(ことぶき)・ヨシミツさんのメッセージも力強いです。

沖縄では平良夏芽さんのお話と、ゆりさん(東村高江にお住まいの方)のお話しがあるそうです。東村は、ついこの間、ばるタンさんが集会に参加された(私もバーチャル参加させていただきました!)米軍のヘリパッドの基地に予定されている所です。

※バーチャル参加=イラスト&ハンドルネーム入り特製横断幕に乗って(?)参加。雨の日でした。(ありがとう、ばるタン!)

電気を消してキャンドルナイト

Photo 夏至の日の6月22日(金)から24日(日)まで、100万人のキャンドルナイトが呼びかけられています。

 ★ ★ ★

      ☆ ☆ ☆

Photo_3

 ★ ★ ★

ホームページには、こんな言葉が・・・。

      ☆ ☆ ☆

「夜8時から10時までの2時間、みんなでいっせいに電気をけしましょう。ロウソクのひかりで子どもに絵本を読んであげるのもいいでしょう。しずかに恋人と食事をするのもいいでしょう。ある人は省エネを、ある人は平和を、ある人は世界のいろいろな場所で生きる人びとのことを思いながら。」

一足お先にやってみました。でも、ロウソクって、けっこう暑いんですねー。3本も灯したから?

電気を消して、ロウソクを灯し、その結果エアコンにスイッチ・オンではシャレになりませんものね。ロウソクは一本がオススメかも。

コッペパン

昨日の「お弁当」で思い出しました。

小学校一年生か二年生の運動会でのこと。お昼になって、みんながお弁当を広げて友達同士オシャベリしながら、ワイワイと楽しく食べ始めていました。

先生も私たちと一緒に輪になってお弁当を食べていました。K先生は若くて優しい女の先生でした。

その時、先生のとなりに座ったS君がお弁当ではなくコッペパンを食べていました。お弁当でもサンドイッチでもなく、コッペパンです。

その時は「なんでかな?」くらいにしか思わなかったと思います。後になって、どういう経緯からかは忘れましたが、先生がS君のために用意したということに気づきました。S君のおうちは貧しくてお弁当を持たせられなかったのです。

お昼時、お弁当を持ってきていないS君に気づいた先生が、あわてて誰かに頼んで用意してもらったのではないかと思います。

今ならお弁当でもサンドイッチでも簡単に買えますが、当時は買ってすぐ食べられる物と言えば、食パンやコッペパン、あるいは数種類の菓子パンくらいしかありません。おにぎりも売っていません。

でもそのときの、コッペパンを手にしたS君の屈託のない笑顔は今でもハッキリ覚えています。と言っても、私の記憶にあるS君はいつも笑顔なんです。暗いイメージはまったくありません。

S君だけでなく、みんなまぶしいくらいの笑顔でした。

戦後の写真や、昭和30年代の写真に出てくる屈託のない子ども達の笑顔。あれがそのままクラスの雰囲気でした。クラスではみんな分け隔てなく遊び、仲が良かったなあと思います。

こうして書いていても、顔も、名前もフルネームで思い出されるのが不思議。一クラス50人以上いたのにです。

・・・・・

ああ、それなのに、最近では昨日のことさえすぐ忘れるんですからね、まったく。

先生のお弁当

おばあちゃんに育てられた彼は、運動会でみんなと一緒にお弁当を広げるのが恥ずかしかった。自分のお弁当は、おばあちゃんが貧しい中で一生懸命に作ってくれたご飯と梅干しとショウガだけのお弁当だった。

運動会の日、一人教室で食べていたら、先生がやってきて、

「先生は腹をこわして、弁当が食べられない。おまえの弁当と取り替えてくれないか」

と言った。そして梅干しの弁当と先生の弁当を取り替えた。先生の弁当はエビの天ぷらとかが入っていてとってもおいしかった。

4年、5年、6年と、運動会のたびに先生がやってきて、腹をこわしたのでおまえの弁当と取り替えてくれと言う。そのたびに彼は先生のおいしい弁当ととりかえっこした。

小学校を卒業するとき、ばあちゃんが聞いた。

「学校は楽しかったか?」

「ウン、運動会の時の弁当もうまかった。毎年、毎年、先生ったら運動会のたびに腹をこわして、オレの弁当と取り替えてくれって言うんだ。それで取り替えてあげておいしい弁当が食べられたんだよ。でも、ヘンな先生だよねー」と返事した。

そしたら、聞いていたばあちゃんが黙ってしまって、見ると泣いている。そしてこう言った。

「本当の親切とは、黙って相手にわからないようにするんだよ。」

小学生の彼はその時、ばあちゃんが何を言っているのかわからなかった。わからなかったけどそのことは忘れてはいけないことのように思って覚えていた。それから何十年も経ってから、ようやくその意味がわかった。

    ------------

漫才師、島田洋七さんの話を子ども達は身を乗り出して聴き入っていました。

そう言えば、私の小学校の頃は、そうした先生がいらっしゃいました。

NHK「課外授業ようこそ先輩」

がばい ようちゃん どっとこむ

17日深夜のおすすめ番組

父の日にちなんだ(?)ドキュメンタリー番組のお知らせです。

17日日曜日、深夜(24時50分)日本テレビ「声の壁~発言できない議員~」

岐阜県中津川市の議員小池公夫さんは、議員活動一期目の途中でガンを患い声を失う。積極的に発言していた小池さんは、声が出せる日を信じて、二期目に挑戦。娘さんがお父さんの思いを懸命に訴えて、当選。

ところが、議会は「口頭での質問」を楯に「代読」を認めない。かたくなな議会に対して小池さんは「代読」を求める闘いを挑んでいく。

報道部ディレクターの大脇三千代さんは、取材するうちに、父と娘に関心が移っていったそうです。

「命や存在が大事にされる社会ならいいが、おろそかにされる状況は変えたい。個を大切にすることこそ民主主義ではないかと思っています」

と力強く語る大脇さんは、写真でお見かけしたところまだお若い方のようです。ドキュメンタリー番組で数々の賞に輝く実績の持ち主だそうで、頼もしい!

「父の日」なのだから、ゴールデンタイムに放送してもいいのにね。

映画「選挙」

映画「選挙」について、「オーマイニュース」の紹介記事です。コント集団「ザ・ニュース・ペーパー」の<あの方達>が応援に駆けつけました。

「あの方」達のお一人は、X‐JAPANの『Forever Love』のBGMで登場、もう一人は『アヴェ・マリア』をバックに…。

前者の方は、一度「演説」をお聞きしましたが、風貌もさることながら「演説」はもうそっくり!今思い出しても、<思い出し笑い>するくらいで…。

映画は、2005年の川崎市議会議員補欠選挙に、ふとしたキッカケで自民党から立候補することになった一市民の山口さんの選挙戦を追ったドキュメンタリーです。

というか、JANJANの記事では<選挙手法を浮き彫りにした「観察映画」だ。>となっています。

「観察映画」、…なるほど。

片っ端から握手して廻り、ご町内のラジオ体操にも参加した候補者の山口さん。当時も違和感は持ちつつ、そうした気持ちを抑えてやりきったそうですが、できあがった映画を見てみると、ご本人も日本の選挙は「ヘンです」と言っておられます。

もっと選挙が、「ヘン」でなく、ふつうの市民が一票を生かせるような仕組みになってくれたら…。

ぜひどこかで見たいと思っています。

赤ちゃんペンギン

赤ちゃんペンギン、かわいいですね。

でも、先日こんなかわいそうな場面を見ました。

濡れた羽がピッタリと身体に張り付いたアデリーペンギンの赤ちゃんがヨタヨタと岩場を歩いている。そのうち、一歩も歩けなくなってパタリと倒れて動かなくなる。

実際に見たわけではなくて、テレビですけど…。岩場にはそうした赤ちゃんペンギンがあちこちに横たわっていました。

もともと、南極に住むアデリーペンギンは石ころを積み上げて巣を作り、夏はそこで卵をかえしヒナを育てるそうです。

南極では、夏になると所々に岩場が顔を出すのですが、ここ何十年かでその岩場の面積が何倍にも広がり、時々降っていた雪も、最近では雪ではなく雨に変わってしまったといいます。

雪ならば、降ってもペンギンたちがびしょぬれになることもないのですが・・・。

アデリーペンギンのお父さんは2000個もの石コロを、一個一個くちばしに挟んで運び、富士山のように真ん中にくぼみのある巣を作ります。巣の中ではちょっとくらいの雨ならば、赤ちゃんペンギンも濡れずに済む構造になっています。

積み上げた小石の間から雨が下に流れ出るので、巣の中に水がたまらないのだそうです。

ところが最近では、その雨が洪水になるほど降るため、大雨で巣が流されてしまい、巣を失ったペンギンは右往左往するしかありません。

それでも親ペンギンの羽は、羽の表面に油の膜があるのと、屋根瓦のように重なった鱗状の羽の生え方で、雨でも中まで濡れないしくみになっています。

いっぽう赤ちゃんペンギンの羽は産毛です。防水力もなく、鱗状でもない羽は、雨に濡れたらペタッと皮膚に張り付いて、どんどん身体は冷えていきます。そうなったら、親鳥にもどうすることもできないのです。

そんな赤ちゃんペンギンの姿が、大雨の後の南極にはあちこちで見られます。

ずぶ濡れの赤ちゃんペンギンがブルブルと震えて岩場に立っている。やがてヨロヨロと歩き出したかと思うと、倒れ込んで動かなくなる。痛ましい映像です。

これもみんな、私たち人間が作り出した地球温暖化の影響によるものなんですね。温暖化は、ペンギンにとってすでに生きるか死ぬかの問題になっている。・・・・動物のドキュメンタリーも、環境問題と切り離せない時代になってしまいました、悲しいことに…。

だけどこの問題を改善することのできるのも人間しかいないのだから、せめて罪滅ぼしに即刻方向転換してがんばるしかないのに、エライさんたちの決めることはすっごくのろくて歯がゆいです。!

「ダーウィンが来た!~生きもの新伝説『石は宝!南極ペンギン』」NHK

7年前の…

かりに、7年前に出した手紙の返事が今頃来たら、皆さんはどう思われますか?

ある方が原子力発電所関連の不具合について異議申し立ての書類を所轄の役所(原子力安全・保安院)に提出したそうです。7年前のことです。

そうしたらつい最近(4日前)、役所から郵便が届いたそうです。

7年前の異議申し立ての件について「意見聴取会」を開くと言う趣旨だったそうです。

受け取った方は「????」。
それはそうですよね。なんせ7年前のことなんですから。

さっそく問い合わせたところ、担当者いわく、

「過去に申立を受けて処理の終わっていない件を処理しなくてはいけないので・・・」

と低姿勢だったそうです。

今、年金問題で過去のミスがゾロゾロ出てきているので、このままほうっておくとまずいということになったのでしょう。それにしても7年とは…。

年金問題がなかったらこのまま放っておくつもりだった?!こんなふうに、市民の声を無視して放りっぱなしになっている書類が、全国のさまざまな役所に山ほどあるのかもしれないなあと、ため息が出そう。

いっそこの際だから、全部のお役所の総ざらい、やってみてはどうでしょうか。

今日もカヌー隊は

最近沖縄のメディアは「反対派」という言葉を使わないように気を遣っているようですね。それでも「反対する市民団体」ですから、ちょっと違うとは思うのですが・・・。

だって、一人で参加しても「市民団体のメンバー」にされてしまうのですもの。いっぽう、個人参加にはメディアは注目しません。「絵」にならないですから。矛盾してますね。

カヌー隊がいかにたいへんか、下の記事を読むと想像がつきます。作業船を見張るために、波の上で一カ所に留まるためにはこぎ続ける必要があるのですね。

カヌー隊の応援が必要とのことです。舟の操縦ができる方、舟を持っている方、潜れる方、などどんな応援でも歓迎とのこと。行かれない私はお知らせするだけで気がひけますが・・・。詳しいことは下記の記事で。

今日の辺野古

いっぽう・・・・

市民活動の監視目的で情報収集していた、例の自衛隊情報保全隊とやらは、現在も辺野古の市民運動などを監視しているらしいです。うっかり正直にしゃべってしまったので、オフレコにしてくれですって! と言うことでマスコミでは取り上げられないけれど、覚えておきましょうね。

私もどこかの情報ファイルに載ってるのかしら・・・。こんな一般市民のオバサンでも、ひょっとしたら? こちら

辺野古から嘉陽に

わわわわわー、たいへん!また始まった辺野古沖の機器設置作業。

自衛隊まで送り込んで一度やってしまえば、もうこっちのものとでも思っているんでしょうか。法的根拠も曖昧なまま突っ走っています。

今度は辺野古から嘉陽の海にかけてだそうです。嘉陽はばるタンさんが連れて行ってくださった所。以前ご紹介した、私がパソコンのデスクトップ画像にしている写真の海です。

Umi1 ←こちら

人間一度でも自分が訪れたことのある場所は、単に地図上の一地点ではなくなるものなんですね。本当に実感として、ここに軍港を作る準備が進んでいるのかと思うとたまらない気持です。

情報はこちらから

琉球朝日放送(動画ニュースもあり)

メディアは例によってほとんど反応していません。皆さん、お友達やお知り合いにお知らせくださいね。

女性パワー!

ちょっと前に、郷里の海岸近くに建つ病院のことを書きました。有島武郎や高山樗牛の碑の建っている病院のことです。今はすべて取り壊されて団地になってしまったのですが…。

有島武郎と与謝野晶子、平塚らいてう(雷鳥)、山川菊栄・・・・等々、いろいろ連想するのですが、元はと言えば、押し入れに眠っていた永畑道子さんの「華の乱」という本がキッカケです。整理しようと思ってパラパラと見ていたら座り込んで読み始めてしまったという、よくあるパターンです。(逆に押し入れから本棚に昇格 ^ ^;)

当時の言論風景の活発なことに圧倒されてしまいます。月刊誌で毎月、女性の仕事・家庭・結婚・恋愛・育児などを巡って、歯に衣着せず応酬するのです。言論も活発なら恋愛だって半端じゃないです。とにかくエネルギッシュ!

論客の女性達ばかりではありません。女性が中心になって起こった各地の米騒動、女子自由党の結成、遊郭の女達にも政談が流行し、女工ストも頻発、そうした女性解放を抑えるために治安警察法が施行されるに至ります。しかし、それによって女性解放の動きはさらに激しくなったと言います。

何かというと「伝統」「伝統」と言われる最近ですが、いったいいつの時代を念頭に置いて言われるのかしら、とふと思ってしまいました。現在のフェミニストどころではありません。明治末から大正にかけての女性達のエネルギッシュなDNAは私たち(=私)にも流れているはずなんですが…。ムムム・・・。

と、これにちょっとだけ関連して、

「50年前の憲法論争」(東京新聞・6/3社説

「憲法擁護の義務を負っている者が憲法を非難、批判することは論理的に矛盾する」(故戒能通孝・東京都立大教授/当時)こういう論理明快な論がどうして今展開されないのか、不思議でしょうがないのです。

何となく今日は支離滅裂ですが・・・。

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