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映画「草の乱」

今から120年前に、こんなに勇気を持って立ち上がった人達がいたのですね。恥ずかしながら、事件の名前くらいしか知らなかったのです。埼玉に移り住んでから10年になるというのに。今、日本人はすごく「おとなしい」けれど、こんな勇気を持った人達が120年前ふつうにいたこと、ちょっと誇らしい気も。&元気が出ます!(もちろん非暴力が一番。手段はともかく気持ちの上で)

1884年11月、埼玉県秩父郡で起きた「秩父事件」のことです。
貧しさに耐えかね、追い込まれた農民達が武装蜂起し、明治政府に要求を突きつけました。数千の農民が参加し群馬、長野にも侵出するのですが、憲兵隊と戦火を交え数日で敗れ去ります。8名が死刑になり、3800名に刑罰が下りました。その後、お上にたてついたこの事件はタブー視され、地元では語ることさえはばかられるような状況が続いていたそうです。が、時の流れを経て、見直され、2004年映画「草の乱」が制作されました。

私がこの事件を知って一番驚いたのは、リーダーのうちトップ3名は、自ら武装蜂起を企てた人達ではなかったということです。

一番のトップ「総理」と言われた田代栄助は、同じ農民でも、さしあたって生活に困っていたわけでもないのに、農民たちから再三再四請われた末に、決断しました。その時のことを、田代は捕らえられて後、「自分は生来強きをくじき弱気をたすくるを好み…、貧民を救うの要用なるを信じ同意を表したる」と語ったそうです。

「副総理」の加藤織平は農民に金貸しをしていたほど裕福な農民であるにも関わらず、その証文を破棄してまで蜂起に加わったといいます

もっと驚いたのは、仕事を求めてやってきた20代前半の教員、新井周三郎。「自分には借金もないけれど、村人達の困っているのを傍観するのは忍びない。」と言って「甲大隊長」として加わったそうです。

そしてこの3名とも処刑されているのです。・・・・・

ちょうど自由民権運動の頃です。中央政府にしっかり向かい合って要求を突きつけたことと、決まりを作って乱れた行動を戒めたことが、いわゆる百姓一揆と区別されています。
映画の制作に当たっては地元吉田町(今は合併されて秩父市)の全面的な協力があったそうです。また、農民を演じる地元エキストラの眼光のするどさに、主演男優がかすんで見えたとの映画評も読みました。何だかわかる気も…。

埼玉では、12月2日(土)大宮ソニックシティ・小ホールで上映。経済学者の内橋克人さんの講演も。

(この記事は朝日新聞2004/10/30を参考にさせていただきました。以前、「声」欄に沖縄の米軍基地関連をとりあげてくださったT記者が書かれています。前任地が秩父だったそうです。)

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