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だくら

Karuta

斎藤次郎さんの著書「子どもと暮らすということ」に面白いカルタが紹介されている。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

三重県四日市市の本屋さん「メリーゴーランド」の2,3階に「遊美術」という子どもの造形と遊びのスペースがある。ここに通う子ども達(小学生と幼児)が作ったカルタである。

名づけて「ポストモダーン・カルタ」。インストラクターのおとなは自前の印刷機でカルタを仕上げることだけを手助けし、できるだけ子どもの伸びやかさを壊さないようにと配慮してできあがったものだ。

カルタのしおりには
1.遊美術の小学生が作った、笑っちゃうカルタです。
2.ためにはなりません。
3.大勢でやると楽しいので、楽しんでください。
 とあるそうだ。

なるほど「ためになる」ようなシロモノではない、と斎藤さん。誤字もあるし、意味不明のものも。「…相田みつをも真っ青という闊達な筆運びは、初見ではなかなか読めない。」

実際に子ども達とカルタをやってみると、「いろはカルタの単調さを見事に覆し、その場は困惑と興奮のるつぼと化していった」そうだ。

一例を。
え…えんとつにさいがぶつかりまっぷたつ
か…かんじわやっぱりむづかしい
さ…さけをのむとよっぱらい
ふ…ふうふでらぶらぶ
び…びんぼーだ
  などなど。
がぎぐげご、ざじずぜぞ、ちょ、というのもあるので、61組もあるのだ。

極めつけは、
だ…だくらにのた人
本には、絵札も載っている。串カツのようにも見える「らくだ」が描かれている。と言うより、私の目には串カツにしか見えない(串という字を横にしてご想像あれ。上の画像上から二段目。)

このカルタに見られるのは、「おとなの『教育』という名の介入が入る前の子どもの伸びやかさ」であり、ポストモダーン・カルタのポストモダーンは「『近代教育を超えて』遊びの世界へ、という志ではないか」と斎藤さんは書いている。

「だくらにのた人」は正しい書き方ではない、が、「あり」なのだ。

「だくら、らくだ、だくら、………???」あれあれ、ホントはどっちだっけ?

セットメニュー

Gooya ゴーヤ(にがうり)。赤いのは種よ。

卵とじ、おいしかったです。

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ケーキセットはケーキと飲み物のセット。
おいしくて、お得で、大好きです。

でも、こんなセットは絶対にイヤ!
          ↓
「憲法9条」と「沖縄の米軍基地」は、実はセットだったんです。
過去形でなく、今もですけど。。。

憲法制定当時、アメリカ本土では、日本に戦力を持たせないでアジアの防衛は大丈夫なのかと、9条を憲法に盛り込むことを危ぶむ声がありました。マッカーサーはその反対を押して9条を憲法に盛り込むことを提案しました。

それには、マッカーサーの「沖縄を基地化すれば日本本土に軍隊は必要ない」という確信があったからだと言います。そしてそれを裏付けるように憲法制定直後に「沖縄を米軍基地として占領し続けてはどうか?」という(趣旨の)昭和天皇の提案があったそうです(※)。
(知らなかったです!オドロキです!…知らないのは私だけ?もしかして

つまり「憲法9条」と「米軍の沖縄基地化構想」はセットだったということです。

戦後も、沖縄の犠牲と引き替えに、私たち(=沖縄の人が言うところのヤマトの人間)は憲法9条の恩恵にあずかってきたということになります。先日の平和フォーラムにおけるパネリストの中で、沖縄の目取真俊さんだけは、終始ニコリともせず険しい表情だったことが、いまさらのように思い出されます。

フォーラムの最後の挨拶で、おひげのおじいさん(お名前がわかりませんが著名な方のようでした)の言われた「知らないことは罪です」、が今、痛く心にささります。

※(「憲法9条はなぜ制定されたか」古関彰一 岩波ブックレットNO.674)

泊めたくない!止めたい!

Yasai オクラはちょっと育ちすぎ?

右端は「白ナス」だそうです。

野菜たちがげんきです!

       ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ペガサス・ブログ版さんが、「ファスレーン365」への日本語訳付き署名フォームを紹介してくださいました。(参加ではなく、賛同署名です。イギリスまで行くのはちょっと遠いですものね。)日本からイギリスの反核運動を応援することで、世界の反核につなげていきましょう。もちろん日本にも。トラックバックからどうぞ。(8/26追加)

イギリスでは非暴力かつ実力阻止の次のような運動が起こっている。「ファスレーン365」という行動提案だ。スコットランドにある唯一の核基地を、365日非暴力で封鎖しようという運動だ。老朽化しているこの時期に、いっそ核廃絶にもっていこうという機運がイギリスでは高まっているという。
詳しくは
こちら(ページの下の方、四角で囲った文章をご参照ください)

日本でも、横須賀の米軍基地が原子力空母の母港になろうとしている。世界で唯一の被爆国であり、非核三原則もある日本。
横須賀に原子力空母がいつも停泊するようになるなんて!あ~、やめてほしーーーい!!

1999年、イギリス人女性アンジー・ゼルターさんは、数人の仲間と原潜関連施設に乗り込んで、ハンマーで機器をたたき壊し、直後自ら警察に通報し、その場で逮捕され拘留。半年後、裁判の後、無罪になる。その結果、もう一つのノーベル賞といわれる「ライト・ライブリフッド賞」を授与される。上のイギリスの運動は、こうした実績をふまえて提案された。

討論の起こる授業

Teshioken 牛乳パックの再利用。

手作りは楽しいですね。

(※図工の教材作りで、牛乳パックと包装紙の再利用です。)

        ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「授業は討論が起こるように仕組んでいく。」

小学校の先生の研修会で、講師の先生がアドバイスされた言葉です。

討論の起こる授業とは…。
考えたり疑問を持ったり、自分の意見を言いあうような授業のことでしょうか。算数でも、計算して答えを出すだけでなく、推論したり、なぜ自分はそう思うかを相手と討論したりする。
自分で考える力をつけることになりますね。

話は変わりますが、先日の市民フォーラムにKPという在日三世のラップ二人組が出演しました。20代半ばの彼らが、本質をついた問題意識と鋭い感性、そしてしっかりと自分の考えを持っていて、自分たちの言葉=ラップで表現していることに感心しました。

「普段僕たちは、今日と違って、あまりこういった話題に関心のない人たちの前で歌うことが多いんですが、そういう所でラップにして歌ってます。」そして「よーよーよー…」、と勢いよくリズムに乗って歌い出す。

日本の若者の多くが、しばしば思考停止してしまったのかと思えるくらい発言しないことに、日頃違和感を抱いていた私には、彼らの発言はとても刺激的で共感できたのです。(ラップはあんまり趣味ではなかったけれど興味があったのでCDを購入。聴いてみるとこれがけっこう心地よいのです。)

はたしてこれから、世界の若者達と交流が広がっていくとき、日本の若者はどんな風に彼らとつきあっていくのかしら…。でも、若者が自分の意見を持てなかったりするのは、彼らの責任ではなく、むしろ教育の責任ですね。

小学校時代に、討論の起こる授業を受けることのできた子どもは幸せです。自分の考えを持ち、それを表す能力を培うことができるからです。そうした教育こそ、これから必要とされていくと思うのですが、現実は、どうも逆のようです。

現実問題として、教育行政の流れは、自分の頭で考え、意見を持ち、人とコミュニケーションすることを体験しないまま、小中高と過ごしてしまうシステムへと移行してきています。そして卒業した彼らは大学生へ、就職へとつながっていくのです。

熱心な先生が、授業を工夫してじっくり教えたいと思っても、
・校長への文書の提出が遅い(なくてもすむ文書が大半なのに)
・学年の足並みが揃わない(レベルアップでなくレベルダウンを強要される)
・図工や音楽はいいから、もっと算数や国語を多くして、
・学級便りは子ども全員をまんべんなく載せよとか、

校長や親からの細かい要求が現場の先生達をがんじがらめにしています。それでも、「子ども達にとって良い授業とは?」「子ども達の笑顔を見るとがんばろうと思う」と、体調不良ギリギリで、日夜ひたすらがんばっている先生達に、心からのエールを送りたいと思うのです。

同時に、先生と子どもがもっとふれあえる時間をと文科省にはお願いしたい。

ハイジ

Heidi

アルプスの少女ハイジと言えば、たいていの人が子どもの頃、絵本で見たり、本で読んだりしたことがあると思います。アニメーションのハイジを思い浮かべる人もいるかもしれません。

☆ ★ ☆ ★ ☆

私のハイジと言えば…、子どの頃に本で読んだハイジよりも、おとなになってからみたアニメのハイジのほうが思い出深いのです。

子ども達が小さかった頃、あるときレコード屋で30センチLPの「ハイジ」を見つけました。テレビアニメのお話と歌をレコードにした物で、美しいアニメの絵本仕立てのアルバムでした。

毎日のように、子どもに「レコードかけてあげるね」と言いながら私のほうが熱心に聴いていました。何度も繰り返し聴いて、挿入歌まで覚えてしまいましたから。

絵やストーリーもさることながら、音楽がよかったのです。岸田衿子作詞、渡辺岳夫作曲の挿入歌とオーケストラの演奏。東京の狭い家の中にいても、心はしばしアルプスの大自然の中。料理をしながら、子どもの相手をしながら…。

そして今年の夏、イギリス映画のハイジを見ました。(サイトの「TRAILER」をクリックすると、ほんの少しですが動画が見られます。)

アニメーションとはまた違った味わいながら、なかなかよかったです。愛らしくて、しかも自分をしっかり持っているハイジは、ちょっと福原愛ちゃん似(?)でした。ハイジがおじいさんを呼ぶときの「Grandfather」がすごくかわいい!

私たちは誰でもほんとうは、素直に人を信じたり、優しくしたり、あたたかい気持ちになることができるんだよ。そんな声がどこかから聞こえてくるようでした。

(アニメ「ハイジ」:8/22よりBS2(月~木)午前10:30~放送予定。)

靖国神社に近かった

地下鉄の階段を上がりかけたら出口近くに警察官(機動隊員)の姿が見えた。地上に出るとまず、右翼の街宣車が拡声器で叫びながら通り過ぎていくのが目に入った。久しぶりに聞く生(なま)音。見ると二台、三台と街宣車が通り過ぎていく。

はて?今日は何かあったかしら?ボケーッとしていた私は自分の行き先にばかり注意が行っていて気づかなかった。そしてはたと気づく。
「そうか、靖国神社が近いからだ!」(帰ってから気づいたことだけれど戦没者追悼式の行われた日本武道館も近かった。)

そして講演会(13日紹介の「市民文化フォーラム」)が終わっての帰り道、目にしたのは、道路脇にズラリと並んだ機動隊輸送車だった。一台の輸送車から機動隊員が出入りしていた。ちょうど路線バスくらいの大きさ。それがあっちの通りに5台こっちの通りに3台というように、わずか5分ほどの道のりに計10台くらいはあったと思う。

行き交う右翼の街宣車、ズラリと並んだ機動隊輸送車。それに中身のぎっしり詰まったフォーラム(ミニライブ付き)。おまけに帰宅後、ホッとして何気なくテレビをつけたらNHKの特集番組。で、さっきまで話題だった「靖国」問題をとりあげていて思わず見てしまう。でも途中でさすがに疲れてスイッチオフ。

とまあいろいろあり過ぎて、日頃使っていない頭は整理しきれずにパンクしそう。そんなあれこれを、できたら追々ブログで、皆さんとシェアできたらいいなと思っています。

印象に残ったことを一つ。
パネリストの一人高橋哲哉さんが会場からの質問に答えて、
日本の民主主義は今がスタート、これからですよ。」(表現は違ったけれど)と笑いながら言われたこと。「しっかりせい!」とカツを入れられた気がした。

法律の問題

前回「心の問題」と書きました。

でも、首相が靖国神社に参拝することは、法律としての問題も大きいです。憲法に定められた政教分離に違反するからです。

憲法に、政治と宗教を切り離すよう定められているのは、苦い戦争体験から学んだ大事な原則だからです。先の大戦では、政治と宗教が結びつき、国民に大きな犠牲が払われました。そうした悲惨な状況を繰り返さないために「政教分離」が盛り込まれたのです。

その法律をあえて破る行為を、一国の首相が公然とできてしまうほど、私たち国民は甘く見られてしまっているのだなあと、なんだか情けなくなりました。
そして今、テレビをつけたらNHKでこの問題を取り上げてアンケートなどやっていました。

首相の参拝に賛成が過半数(※)。…さらにガッカリ。

でも、ガッカリしても、あきらめてしまってはいけない。というより、あきらめる権利など私たちにはありません。
「もう戦争は二度とゴメンだ!」
そうした人類全体の思いが生みだした憲法9条。この憲法9条の重みと意味は、未来の世代への誓いであり、私たちに引き継がれた責任でもあると思うのです。

(※)アンケートの結果にあまり一喜一憂しない方がよさそう。アンケートのとり方で結果はかなり違うし、アンケート結果の公表そのものがある種の情報操作になることもあるから。

心の問題

あのお方は、公約の実行とかで靖国神社に参拝されるらしい。
いつだったか「公約を守らないなんてたいしたことではない」と言われた方が。まったく、ワカリマセン!

台湾の人たちは異なる宗教施設にまつらないでほしいと言っているのに、それにも耳を貸してもらえないまま。

人のいやがることはしない。おとなは子どもにそう教えています。
「もっと思いやりを持とう」などと文部科学省が子どものしつけや教育で文言に盛り込むよりも、人の痛みに配慮した行動をおとなが日常で示すことの方が、ずーっと教育効果は高いと思うんですけど。

「心の問題」が泣いています。

イベント 8・15

今年も8月15日が近づいてきました。
以前はそれほど意識しなかったのに、毎年歳を重ねるごとに、<8・15>を意識するようになりました。
それとも、歳のせいではなく、意識せざるを得ない時代になってきてしまったからなのでしょうか。
だとしたらなお、恐いことです。

直前のお知らせになりますが、こんな催しがあります。
もしどこかへお出かけの予定がなかったら、ちょっと足を運んでみませんか?

市民文化フォーラム8・15集会

「<抵抗>の文化をつくりだす」
日時:   2006年8月15日(火) 13:00~16:30
会場:   日本教育会館 3F大ホール
発言者: 高橋哲哉さん  目取真俊さんほか

(出演予定だったフォトジャーナリストの綿井健陽さんは、
レバノン滞在が伸びたため欠席だそうです)

あー、聞こえる!花火の音!
今年の夏はこれで何回目だろう。
うちの窓からは見えないくらい遠いけれど、音を聞くと何となくソワソワ。
夏真っ盛りなんですね。

こんな赤

Yuyake 台風のせい?
西の空は、真っ赤。

夕焼けでも、明日の天気予報は雨らしい。

ビックリするような赤色は、いつもの夕焼けとはひと味違う。
でも、きれい。

あってほしくないもの

昨日、ヒロシマのことを書きました。
その、世界で唯一の被爆国・日本に、一方ではこんな事実もあります。
琉球新報(2006/8/2)

沖縄の嘉手納基地には劣化ウラン弾40万発が貯蔵されていたのです。2001年のことです。非核三原則のある日本に、核は持ち込めないはずであるのに。日米双方は核の持ち込みはないと言い続けたけれど、おおかたの疑い通り、事実は持ち込まれていたのでした。

と言うことは、今現在だって…劣化ウラン弾は国内にある???

「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」
碑文の言葉のひとことは、もっともっと大事にされなくてはいけないはずです。子どもたち・孫たちへ、何を残し、何を残してはいけないか、八月は、毎年改めてそのことを思い起こさせてくれます。

でも、劣化ウランや原発などの問題は、すでに私たちの日常レベルの問題になってしまいました。年に一度八月だけなく、日頃から考えないといけない問題になってしまったのです。

テレビのドキュメンタリーで、劣化ウラン弾の構造が映し出されているのを見ていて、ふと思いました。
「何で一般人の私が、こんな兵器の構造まで知らなくてはいけないの?!」

私は兵器の構造なんて知りたくない
知る必要のない世界に住みたい、の・よ

ヒロシマから○○年

「今年も被爆地広島では、61年目の平和祈念式典が執り行われました。」

テレビニュースが伝えている。
こうして80年経っても、100年経っても、「ヒロシマ」を忘れないよう、伝え続けてほしい。
「今年で200年目の平和祈念式典が行われました。」
「今年は広島への原爆投下から524年目です。」とか…。(遠すぎて想像できないけど)

絶対に第二の「ヒロシマ」があってはいけない。
いつまで経っても、何百年経っても「ヒロシマから何年」と伝え続けてほしい。

<お知らせ>
映画「TOMORROW 明日」(1988)
田中邦衛・桃井かおりほか
8月8日(火)13:30~15:30 テレビ東京
で放映されます。
1945年8月9日までの数日間の長崎の庶民の暮らしを淡々と
描写した黒木和雄監督、戦争三部作の一作目です。

津軽三味線

津軽三味線を、
PA(音響の拡張装置)を使わず、
内部の壁面がすべて木質のホールで聴いたら、
どんな音がするだろう?

そんな興味が先行して、演奏者についてまったく予備知識もないまま、コンサートに行ってしまった。ところがこれが素晴らしかった!

「三味線一棹 一人舞台~岡田修 再び!~」(神奈川県立音楽堂)

2003年に、同ホールで同じく一人舞台で演奏し、非常な好評だったことから再演につながったそうだ。観客の大半が50代~70代、若い人はほんのチラホラ。三味線を習っている人や常連さんが多いのだろうか。

演奏者は49歳、たまたま師も同じ49歳の時にこのホールで演奏していたことを不思議な縁だと語っていた。そして二年前に他界した師にならって長髪を結ばず「今日はこの格好で演奏します。暑苦しいですがご勘弁を(笑)」と長髪の奏者。紋付きをアレンジしたような黒い上衣に赤いパンツの衣装もひげ面に似合っていた。

ステージの上方には「ねぷた」の大凧が飾られ、照明もあいまって、視覚的にも楽しめるコンサートだった。

津軽の歴史や津軽三味線の背景、昨年他界したゴゼで人間国宝の小林ハルさんのことなど、温かいオシャベリを挟みながら、1時間半8曲の演奏は、もっと聴いていたいと思わせる心地よさ。

津軽三味線というと豪快な音を連想してしまうが、この日聴いた音色はとても細やかで優しい音も持っていた。力強さと繊細さの間を自由に行き来しながら、奏者自身も気持ちよさそうに弾いているので、こちらも聴き入りながらも自然体で楽しめる。歌う声もなかなか魅力的。

ひときわ興味深かったのは昔ながらの太棹と現代の三味線を弾き比べてみせてくれたこと。
古い三味線はボンボンと重く低い音で遠くまでは響かない。
今の三味線はビックリするほど甲高く、遠くまで響く。
私には古い三味線のボンボンという音がとても体になじんで聞こえた。ステージ用ではない、生活の中に生きてきた音だからだろう。

アンコールでは、「これからほんのひとときで終わる短い東北の夏を、このねぷたを見ながら思い浮かべてほしい、後ろを見ないでね」と言ったかと思うと、客席に下りて来て一番後ろに立つと、ステージに向かって三味線を弾き始めた。お客は、舞台上方のねぷたを見ながら三味線を味わうという趣向だ。私は自然に目を閉じて聴いってしまった。後ろからの音は、見て楽しむというより、自分の内側に入ってくるようで新鮮な体験だった。にくい演出!

またぜひ聴きたい。
それもできれば今日のように生の音がいいなぁ。

緑の木陰のクヮイダン

Tyoutin コンサート会場の裏に公園があったので行ってみた。
公園の入り口に提灯がいっぱいつり下げられて、お祭りの準備は万端。提灯の下には、「虫の音を聞く会」とある。今日の夜7時から9時。

掃部山(かもんやま)公園=横浜、桜木町、青少年センターの近くだ。………掃部山=かもんやま、読める人、いるのだろうか?

「虫の音」以前に、蝉しぐれがスゴイ!!公園中がワ~~ンと蝉の声で圧倒されている。

石段を登ると会場設営の業者の人が一人、木陰で一休みしている。初老の男性が一人、石段を下りていったきり、誰もいない。かんかん照りの中にイスが並び、茶席がしつらえてある。

Douzou

井伊直弼(いいなおすけ)の銅像。これは昭和29年に新しく作られたものだそうだ。もとの物は戦争中に供出されてしまったという。(銅像も戦闘機や戦艦になったのか…)

それにしても、どう見ても銅像より下の台座の方が存在感がある。実物を見るとさらにそう感じる。それもそのはず、台座は当時の名のある建築家によるものらしい。

横浜の港の開港に功労のあった井伊直弼を記念して建立された銅像だそうだ。日頃は公園の真ん中にデーンと構えているはずが、今日は公園のあちらこちらに立つ提灯の陰で、ちょっと影が薄い。

Suzume さて、私も、ちょっと一休みしてペットボトルのお茶を。
ふと見ると、スズメが。(もう1羽がベンチの下にいる)
実は、もっと近くまで来ていたのだけれどカメラを構えているうちにちょっと遠ざかってしまった。

私の左後ろから、チョンチョンと近づいてきて、こっちを見ているのには驚いた。ふつうスズメはものすごく警戒心が強いから、人には近づかないし、少しでも人が動いたりするとパッと飛び立つものだ。

それが人なつこそうに何かおねだりするように近くをウロウロしている。日頃、エサをもらい慣れているのだろうか。(それも珍しい。スズメは幼鳥から育てても餌付けできないと聞いたことがある。)
写真は何ももらえないとわかってちょっと遠ざかり始めたところ。
そのうちに2羽とも木陰に消えて行った。

それにしても人なつこすぎる野鳥というのも、なんだかちょと気味が悪い。スズメが落ち着いてこちらを向いている、そのうちだんだん近づいてくる、…想像してみてください。

明るい夏の昼間だから、まだよかったけれど…。ゾーッ、夏向きの話になるぅぅぅ~。そう言えば銅像の下を歩いていてうっかり踏みそうになった。首のない鳩の死骸。キャーーーーっっっっっ。
     ↑
  (これ、ホント) 

オソマツ!
(今日はあんまり暑かったので…。気にしないでネ)(^ ^;

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