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君が代と馬のおしり

やっぱり変!
歌わなかったら仕事をやめなければならなくなったり、映さなかったら予算をつける側から厳しい注文がつけられたり(これでは脅しだ)。これはどう考えても変。

何のことか、というと、例の「歌と旗」のことです。「君が代」と「日の丸」。

●NHKが日本ダービーの競馬中継をやったとき。
歌手が君が代を独唱しているときに、カメラが馬のおしりを映していたとはケシカラン。

●オリンピックで優勝した荒川静香選手が日章旗を体に巻き付けてウイニングランをしたとき。
突然VTRに切り替わったのはケシカラン。国際放送でスイッチングしてそうなったのなら、「ウイニングランを日章旗を持ってやりました」と実況放送したってよかった。

6月15日の参院総務委員会でNHKに対し、柏村自民党議員が厳しく追及したそうです。昨年3月の「クローズアップ現代」についてと、「競馬中継」について。
馬のおしりに至っては、戦時中の「不敬罪」の発想に近くないですか?天皇陛下の写真を納めた建物の前を通るときは最敬礼して通らないと、おとがめがあったという、あれです。

愛国心~国家~国旗・・・、こんなにまで強制しないではいられない心境ってなんなのでしょう。国会議員は、国歌だ国旗だと人に強制する前に、本当に国を誇りに思い、その歌や旗を大事に思うのならば、まず自分自身が公僕として恥ずかしくない行いをしてほしいものです。

そしてその一番の根本は憲法を守るということです。
憲法をないがしろにすることほど、国民を馬鹿にした行為はありません。
憲法を守る=国会議員がもし自分の国に誇りを持っているのならば、その一番の証はただひたすらこのことに尽きると思うのです。

国歌をバックに馬のおしりがテレビに映ったからといって、それで傷つくような誇りなら、そんな誇りはもともとないも同然ではないでしょうか?第一、誇りというものは声高に主張したり、人に誇示して見せたりする性質のものではないでしょう。

昔、息子が小学校に上がってまもない頃、トイレに座って大声で「きぃーみぃーがぁーあーよーおーわぁ・・・」と歌っていた時期がありました。ああ、こんな君が代の歌い方もあったのかと、調子っぱずれな幼い声を新鮮な気持ちでほほえましく聞いていました。そんな時代が懐かしくなります。

ついこの間、10年ちょっと前のことなんですよ。時代はこんなに曲がり角を曲がってしまったんですね。
歌ははればれ歌いたい、つくづくそう思います。

    ~~~~~~~
ところで、馬のおしりがなんでいけないの?馬に失礼でしょ!

大地と共に生きる

「大地と共に生きる」…壮大なタイトルですが、ある映画(レンタルビデオ)を見て、そんなことを連想しました。

「裸足の1500マイル」とい映画を見ました。その直後、ネットで関連記事を読んだのでそのことを書いてみます。
(前回、続きを書きますと言ったNHKの話は、時間が経ったら色あせてしまったので、ごめんなさい。なしです。)

オーストラリアの先住民族アボリジニの幼児(女子に限る)を親元から引き離し、白人家庭で育てるという政策が1970年代まで続いたそうです。この世代のことを「lost generation(奪われた世代)」というのだそうです。「裸足の…」は、その実話に基づいてつくられた映画です。

先住民の姉妹といとこの少女3人は、村で遊んでいるところを、ある日突然連れ去られ(拉致され)て1500マイル離れた収容所に入れられます。ある日、3人は脱出をはかり、徒歩で家に向かって歩き始めます。ウサギよけのフェンスを伝っていけば必ず帰ることができると信じて。賢い年長の少女モリーは追っ手をまき、妹を背負い、砂漠を越えて、母の待つ家へとただ歩き続けます。……(拉致は北朝鮮ばかりではなかったんですね。そしてどこの国だろうと許せません。)

1500マイルと言えば、約2400キロ。本州の北から南までよりもっと長い距離?(よくわかりません。「音祭り」が宮古島-埼玉「2200キロを結ぶ」だったから、…)

この隔離同化政策は、オーストラリアの白人にとっては人権無視の政策として今なお負い目となり、アボリジニにとってはアイデンティティの喪失という、今だに消えない傷となって残っているそうです。

主人公の少女モリーは、白人に知られずにアボリジニの仲間と交信するため、動物の鳴き声をまねて口笛を吹きます。仲間はその声を聞きつけて、助けの手をさしのべてくれます。口笛は、白人にとってはただの音に過ぎないけれど、少女にとっては立派な通信手段。

広い荒野で、仲間と交信する自然の知恵を持って生きていることが、私には素晴らしいことに思えました。まさに人間も大地の一部と言った感じです。それは白人の目には野蛮なこととしか映らなかったとしても、大地と共に生きる知恵と、自然に対する畏敬に満ちた生き方だと私は思います。

モリーは生涯で3回も収容所に連れ戻され、そのたびに脱出したが、娘の一人はついに奪われたまま戻ってこなかったと言います。

シドニーオリンピックが行われたとき、聖火の最終ランナーはアボリジニの女性だったように記憶しています。彼女が最終ランナーに選ばれた背景には、「奪われた世代」に対する白人社会の痛みと謝罪とそれを乗り越えようという意思も含まれていたのかもしれないと、映画を見た今、思っています。

参考)海外女性事情

特別待遇

「特別待遇」・・・だいたい私にはとんと縁のない話です。たまにはあってもいいんじゃないかと思うんですけど。じゃあ誰が特別待遇かというと・・・こちら 
        ↓
     米軍基地

このところ堅い話が続いてちょっと気が引けますが、また今日もおつきあいくださいませ。

最近、NHKの受信料のことがいろいろ問題になっていますが、米軍基地は受信料を払っていないそうですね。なんかスッキリしないのでNHKにメールで質問しました。そうしたら、さっそく夕方返事が届きました。このこと自体はとても感謝です。後でお礼をいうつもりです。と同時に、もういっぺん意見も書こう。

以下が、私の質問とそれに対する返事です。

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<質問>

米軍基地からは受信料を徴収していないそうですが、公平さを欠きます。個人の場合は所得に関係なく徴収されるのに、思いやり予算でスポーツジムまで提供されている米軍をそこまで優遇する意図がわかりません。
..
..国民に厳しく徴収を要求する以前に、まずこうした不公平をなくしてほしいです。そうすれば喜んで受信料を払います。

<お答え>

メールありがとうございます。
  受信料はNHKを維持運営するためにお支払いいただく負担金であり、日米地位 協定第13条第3項によって免除の対象とされる「租税」、または「類似の公課」には該当しません。よって、軍人・軍属およびその家族についても、NHKの放送を受信できるテレビを設置すれば、受信契約の対象となります。

  しかし、在日米軍は、『受信料は一種の税金であり、前述の日米地位協定の条項によって軍人・軍属およびその家族は支払いを免除される。』という見解を取っています。

  また、NHKが基地内に立ち入ることも認めていないため、受信契約の締結を基地内居住者に勧奨することもできないでいます。

  したがって、現在、米軍基地内には、残念ながらNHKの受信契約はありません。

  これまでNHKはねばり強く米軍側と交渉を重ねてきましたが、米軍の見解は今日まで変わっていません。事態の解決は厳しい状況にありますが、引き続き基地内立入りを申し入れるなどの努力を続けていきます。NHK営業局

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これって変ですよねぇ。もし米軍の言うように受信料が税金とするならばNHKは国が運営する国営放送ということになりませんか?いつからNHKは国営放送になったのでしょう。NHKは公共放送といつも言っているではありませんか。公共放送だから、不偏不党の中立性を保っているのだと。

国営放送だと政府が管理運営することになり、当然、時の政権の意向を反映する番組になってしまう場合だってあります。受信料は「税金」であるという米軍のいう解釈を、そのまま政府が認めるなら、政府はNHKを国営放送だと認めたのと同じです。これは大問題です。見て見ぬふりも同じです。

NHKはもっとこういう事実を、国民に広く知らせたほうがいいと思います。そして世論を喚起して、公平に料金を徴収するべきです。もちろん、それには国会で問題になったような政治家の関与で番組を編集するようなことは絶対してはならないことです。そうでないと自分で自分の首を絞めるような結果になってしまうのではないでしょうか。

で、さらにNHKにメールを送りました。続きは次回。

たまには、もっと楽しい話題を書きたいな

お巡りさんは夜回りさん?

奈良県では少年補導条例なるものが今年の3月に制定され、7月から実施されます。それに先立ち5月、住民への説明会が開かれたそうです。

奈良県少年補導条例 (ページの右側に全文が載っています。満19歳の者、満18歳の者、18歳未満の者、と対象年齢と補導の内容が細分化されていてビックリ。実際に運用するのは大変そう。)警察官と少年補導員が夜中の徘徊少年その他を巡回して補導するなど。詳しくはHPを。

さて、住民説明会での一コマ。

住民の質問:
「不登校の子どもが夜中にコンビニへ買い物に行くときなど間違われて補導されることはないのか?」


少年課の答え:
「不登校の子が外出するとき何かワッペンのような印をつけてもらえたら」

???!!!

質問した人は、「ユダヤ人の人たちがつけさせられたマークを連想してしまいました。不登校の子ども達の人権をどう思っているのでしょうね」と怒っていたそうです。実は私も、この話を聞いた瞬間、「ナチス」を思い浮かべました。ヒットラーが首相になってしばらくして、街の肉屋に『ユダヤ人の店」と貼り紙がされました。そのときほとんどの人は貼り紙を気にとめることもありませんでした。それから数年後、人権無視の悲惨な時代がやってきました。

不登校の子ども達を支援している知人は、こう言って心配しています。
「不登校の子どもにとって、昼間も一人で外に出られるようになるというのはとても大変なことで、『社会参加』の大切な一歩とも言えるのに、警察や補導員の監視の目が不登校にも向けられたら、そんな芽も摘み取られてしまいます。」

いっぽうでは夜回り先生のように、子どもに真向かいになって取り組むおとな達がいる。他方、「補導」という手段で問題を解決しようという動きがある。果たして、どちらが問題の解決に近いのでしょう。

『補導」は問題の根本的な解決につながるのでしょうか。元を正さすに、ささまざまな理由ではみ出さざるを得なかった部分を、ハサミでチョキチョキ切り取ってしまうようなやり方は本当に解決といえるのでしょうか?

う~~ん、なんか違うような気が…。

辺野古は今

昨日書いた文章に追加します。(紫の部分が今日追加した箇所です。)
本日6/9(金)夜10時NHKスペシャル「変貌する日米同盟」
もしお時間がありましたら見てみてください。(どのような内容かは私も知らないのですが、勉強するつもりで見ます。)

さらに、6/10(土)夜7:30~10:30NHKテレビ「日本の、これから『米軍基地』」があります。こちらは意見募集中です。その後追加アンケートも掲載されたようです。どんどんみんなの意見を送りましょう。意見は短くて(短いのが)いいかもしれません。ファクスの時は濃くハッキリと手書きがインパクトありそうです。(以上、6/9追加)

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ここのところあれやこれやで忙しく、あっという間に1週間以上も経ってしまった。久々に、…と言いながら、自分は書かず、今日はひとさまの書かれた文章をご紹介させていただきます。

沖縄県名護市辺野古の米軍基地移設に反対している平良夏芽(たいらなつめ)さんが、沖縄タイムスに書かれたものです。このブログにもなんどか登場した「たんすにジュゴン」の作者さんが、ご自分のページに掲載してくれました。事後承諾で載せさせていただきます。(たんすにジュゴンの作者さんありがとう!)

米軍再編の最終案が出た後の、5月15日付けです。

多くの人がガックリ来ていたとき、地元の反対運動は一番揺るがず、
何も変わらない。止めるだけである。」と言われる。ただただ頭が下がります。
とてもわかりやすく、読みやすい文章なのでぜひ読んでみてください。

「日米『合意』と沖縄」 平良夏芽
http://www.ne.jp/asahi/teori/suzume/natume.htm

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