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替え歌

君が代の替え歌があるそうだ。
卒業式で、意に反して歌わねばならなくなったときのため?
すでにこれを歌うしかない学校もあるなんて、ホント信じられない。
教育委員会のチェックが入るなんて。

それにしてもよくできてますねー。
巻き舌の外国人が、日本語を覚えたての時に君が代を歌うとこんな感じかも。

戦争や差別の悲しい思い出がいっぱい詰まった国歌でなく、新しく国歌を作ったらよいと思う。しかし、新しい国歌を作ったとしても強制的に歌わされたら、やっぱりイヤだ。いくら好きな曲でも、ある意図を持って無理矢理に歌わされたら、歌いたくなくなるのは人間として自然な感情だから。

その自然な感情を封じることは、とても暴力的なやり方だ。
替え歌が誕生すること自体に、すでに苦しい教育現場の叫びが聞こえる。

……………………

■「君が代」の替え歌 歌詞と訳
 【詞】
 Kiss me, girl, your old one.
 Till you’re near, it is years till you’re near.
 Sounds of the dead will she know?
 She wants all told, now retained,for, cold caves know the moon’s seeing the mad and dead.
 【訳】
 私にキスしておくれ、少女よ、このおばあちゃんに。
 おまえがそばに来てくれるまで、何年もかかったよ、そばに来てくれるまで。
 死者たちの声を知ってくれるのかい。
 すべてが語られ、今、心にとどめておくことを望んでくれるんだね。
 だって、そうだよね。冷たい洞窟(どうくつ)は知っているんだからね。
 お月さまは、気がふれて死んでいった者たちのことをずっと見てるってことを。

(産経新聞5/29webの記事より)

日本人の少女が従軍慰安婦に出会うという設定の歌とか。
詳しくは下の記事を読んでください。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060529-00000000-san-soci

思い出映画館

最近は、一般の映画館がつぶれて、どんどんシネコン(シネマコンプレックス=一つの建物に複数の映画館が入っている施設)になっていってますね。でも、なんとなく雑然とした昔の映画館の雰囲気も捨てがたいものがあります。

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

それで思い出したのが、中学生の頃、よく友達同士で行った映画館のこと。もちろん、最初はおとなに連れて行ってもらっていたのだけど、だんだん慣れてくると親も適当になって、行き帰りだけ一緒。つまり送り迎えつき、そのうち友達と二人だけで行くようになった。いわば彼女とは映画友達ね。だいたい映画の趣味が一致したからかなぁ。

当時は確か、350円だかで3本立て、と言う映画をよく見ましたよ。彼女とは小学校からの仲良しで、最初のうちは私の祖母か、彼女のお母さんかがついて行ってくれた。祖母と行ったその映画館の最初の記憶は、「ポリアンナ」ヘイリー・ミルズ主演のディズニー映画だった。ポリアンナがお祭りで、大きなケーキを顔をクリームだらけにしながら食べていたシーン。シャンデリアのクリスタルを部屋中につるして、病気のおばあさんの部屋を虹でいっぱいにしたシーン。パンフレットも買った覚えが…。

通学路の途中に映画の立て看板があって、よく立ち止まっては「今度これ見に行こう?」とか、友達とおしゃべりしていたな。

当時は、アラン・ドロンとか、カトリーヌ・ドヌーブ、キャンディス・バーゲン、クリフ・リチャードとか、エトセトラ、エトセトラ……。

古い映画、名画も結構かかりましたね。「エデンの東」「理由無き反抗」「駅馬車」「風と共に去りぬ」「チャップリン」も。
「シェーン」とか、(なっつかし~い!)最後に少年が叫ぶ「シェーン」の節をまねたり。ウエストサイド・ストーリーが映画館にかかったときは、ある朝学校へ行くと、指を鳴らす練習が、あっちの教室こっちの教室で大流行。

これらの映画は、みーんな今みたいなきれいな映画館じゃないんです。ちょっと薄汚れた感じの場末の映画館で見たのでした。

そうそう、ある時、真後ろに加山雄三と小桜ようこ(字がわかりません)が座ってたことがありました。「ウエストサイド・ストーリー」の時だったかな。当時、加山さん親子は茅ヶ崎にお住まいで、私はその隣の市に住んでいたのです。

私も友達も加山雄三は知っていても、コザクラヨウコ?とチンプンカンプンでしたが、連れて行って(ついて来て?)くれた友達のお兄さんが「有名人だよ、信じられないくらい若い!」、と小桜さんを評して言うので、ミーハーな私達は、一目この目で見てみたいなぁ、っと・・・

・・・真後ろなので振り向くのをためらったけど、思い切って振り向いた!とたんに「バカ、失礼だろ(という感じで)」と友達のお兄ちゃんに、たしなめられたのでした。

あのころは片っ端から見ていたから、B級映画もいっぱいあったはずだけど、たいした映画でなくても映画の香りは充分堪能していた気がする。まさに、私の映画黄金時代でした。

書いてみよう

米軍基地について、NHKの番組「日本の、これから」6/10(土)19:30~22:30 が意見を募集しています。

このブログでも、何度か沖縄の基地移設や米軍基地のことを書いてきました。沖縄に行って、車で移動すると、行けども行けども右に左に、基地、基地、基地。日本全体の75%の米軍が沖縄に駐留しています。イラクには沖縄で訓練した兵士達が送り込まれています。世界の平和と日本はもはや切り離して考えることはできません。

沖縄の青年が言っていました。「日本中の人たちが充分に話し合って、それで出た結論が、沖縄に米軍基地を置いておこうというのなら、あきらめる。でも、国民に現状も知られず、話し合うこともなく決まってしまうのは何としても納得できない。」と。

沖縄ばかりでなく、日本各地にある米軍基地。基地周辺の人たちは常に危険と隣り合わせで暮らさなくてはなりません。環境破壊の問題もあります。そんな軍隊に私達の税金が「思いやり予算」としてつぎ込まれ、米軍家族の宿舎ばかりでなくアスレチック施設まで作られています。その額は米軍兵士一人当たり1年間に1200万円とか。(フーッ、ため息)

この際、一人ひとりの声を届けてみませんか?ほんの一言でもいいと思います。私達の平和についての思いを声にしてみませんか?ファクスも受け付けているようです。

愛しなさい

060522_15180001_1 (道路脇のバラが満開!黄・赤・ピンク・白…ずっと遠くまで続いて。)

★ ★ ★

   ★ ★ ★

「愛しなさい」と言われて愛することってできるの?
愛って強要するものなの?
愛したくなる国、誇りを持てる国になれば、言われなくても愛さずにはいられないのに。…っと、思うんですけど。

★ ★ ★ ★ ★ ★

世論調査で、政府が提出した教育基本法の改正案に5割以上の人が賛成と答えているそうだ。改正すること自体に反対と答えた人は全体の2割弱だという。(今月11日~14日青年男女2000人対象:個別面接方式で時事通信社が実施。)

正直いってビックリ!
こんなに多くの人が教育基本法を変えた方がよいと思っているなんて。本当なんだろうか?

教育基本法は戦後、憲法と双子の兄弟のような関係でできた法律だ。憲法が理念とするなら、それをどうやって具体化させるかの実践編のような法律が教育基本法だ。だから教育基本法を改正することは、憲法を改正することにつながる。

「子どもや若者がこんなになっちゃったのは教育のせいだ。そして教育が荒廃したのは教育基本法が悪いからだ」と言って、教育基本法を改正しようとするなら的はずれだと思う。だって、この教育基本法の「恩恵」を一番受けて育ち、その「成果」が出ているのは、子ども達よりもむしろ団塊の世代を含む、政治や経済の中心を担っている世代のはずだからだ。

だから、教育基本法を否定することは、おとなが自分たちを否定しているとも言える。それならそれで、まずしっかり自分たち自身を見つめ、どこをどう変えるべきかを検討しなくては順序が逆ではないだろうか。

子どもや若者がおかしくなったとしたら、育てた私達、そして社会を作ってきたおとな達の責任ではないのか。教育基本法のせいにする前に、まず私達おとなが自分自身の生き方を問い直すことが先では?

私達は気分を変えたいとき、散髪したり、美容院へ行ってヘアスタイルを変えたりする。部屋のカーテンを替えたり、模様替えをしたりする。ときには引っ越しすることもあるだろう。新しいことに取りくんで何かが変わることを期待するものだ。

でもそれと同じような気持ちで、国の理念や進路の変更を決めてしまってよいのだろうか。

「何となく世の中おかしいから、教育基本法を変えた方がいいんじゃない?」とか、「何となく雰囲気で変えたほうがいいかも」とか、そんなイメージ先行で、変えてしまうとしたらとても危険なことだ。

「もう二度とこんな悲惨な思いをしたくない。後世の人たちにもさせたくない」と誓って制定された憲法と、それを実行するための教育基本法。その重さをもう一度思い起こさないと取り返しがつかないことになるのではと、気が気でない。

法律も道具。今ある良い道具をまず使いこなすことでは?

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(ここからは参考資料です。)
①時事通信の詳しい調査結果がウエブ上で見つからず、概略のみこちら。(いつまで掲載されているかわかりませんが)

②(東京新聞5/22朝刊の記事より抜粋。)
「我が国と郷土を愛する態度を養う」との文言が盛り込まれた政府案に「積極的に賛成する」…12.3%
「賛成する」…42.4%

「あまり賛成できない」+「反対」…27.1%

教育基本法「ぜひ改正すべき」+「改正すべき」…51.0%
[改正にはあまり賛成できない」+「改正に反対」…18.9%

政党別では、民主党支持者のうち
「政府案に積極的に賛成」…11.3%
「賛成する」…46.6%

文部大臣が「愛国心」について、学校でどんな始動がされているか実態調査を検討したいと言っている(産経新聞5/19)

トトロ三兄弟

Img_0429                

 突然、我が家にやってきた!       

       Img_0426

シッポに名前付き。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「息子達はこんな感じのイメージで見守ってあげればいいのでは?自分で言うのもおかしいけど…(笑)」だって。

届くといいな!

Image060515b よしこさんの畑の花、なんという名前かな?小さいのは矢車草ね。

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沖縄から5.15アピールという平和に向けてのメッセージが出されています。賛同いただける方はメール署名にぜひご協力を!

5.15アピール「日米軍事再編は、沖縄の負担軽減ではない」http://disagree.okinawaforum.org/515appeal/

メールを送る際、メッセージの掲載を望まない場合は、「掲載不可」と書かれるか、ペンネームで掲載されたほうがよろしいかと思います。私の場合、掲載可とも不可とも書かなかったら、載ってしまいました。 掲載されるならもう少し文章考えれば良かったなぁ。まぁ、いっか…。

日本が米軍の再編計画にともなって世界の軍事拠点になってしまわないよう、今のうちにできるだけのことをしたいと思います。このアピールは沖縄県民でなくても、日本国民でなくても、地球上の誰でも署名できるのがいいですね。

署名には参加されない方も、ちょっとのぞいてみていただけるだけでも嬉しいです。

なんか変

郵便局でのことです。

手元の郵便振り込み用紙がそろそろ残り少なくなってきたので、注文しようと思い、郵便局に行きました。(振り込み用紙とは、青枠だったり、赤枠だったりの、官製葉書より一回り大きいくらいのおなじみの用紙です。)専用の注文用紙に必要事項を記入して、郵便局の窓口に提出すると、後日郵送されてくる仕組みです。

50枚一束が一冊になっていて、必要冊数を申し込むようになっています。住所、氏名、捺印のうえ、必要とする理由を記入する欄まであります。

理由は書かずに(単に忘れて)窓口に差し出したら、「用紙がなくなった、でいいから理由を書いて」と言われたので書きました。(ないから注文するのに~。)

座って待っていると、しばらくして窓口の局員(若いお兄さん)が奥から戻ってきて、「理由をもう少し詳しく書いてください」と言うのです。

「え、ウッソー???」年甲斐もなく思わず飛び出すこんなコトバ。意味不明な指示に混乱する私。
窓口のお兄さんも苦笑しながら「集金のため、とでもしておいてください。」とすばらしいアドバイスをくれる。

「だって、それ以外に使いようがないでしょう?」と、なおも信じられない思いで不満タラタラの私。
「最近はそこまで書くように言われるので…。」とお兄さんも困った顔。
奥にいるオジサン(局長らしき人)の指示なのだろうか。以前(1~2年前)は、確かにこんなに細かく書いた記憶はなかったですよ。なんだかいや~な感じ。

郵便局を出てからもなんだかスッキリしない。いったいあの用紙で、どんな心配をしているのだろうか。

振り込み用紙を注文してメモ用紙に使わないように?
振り込み用紙で折り紙をしないように?
振り込み用紙を子どものお絵かき帳に使わないように?
ありえない!!!

用紙の調達方法そのものが時代に合わないのはまだいいとしても、ことこまかに理由を書かせるのは、信頼関係で成り立っている社会がだんだん崩れてきていることの先取りのような気がしてしまいます。ささいなことかもしれません。規則をどう運用するかは、最後は人です。個々の人の判断が地域を心地よくもさせるし、居心地悪くもさせるのだと思います。もっと、お互いに信頼しあっていきましょうよ!

いろいろな縛りのかかる法律がつくられそうになっている時代だからこそ、私達の信頼関係が逆にとても大事になってくると思うのだけれど…。

「一人称」で語ろう

新聞の社説はだいたいが堅い文章だけれど、東京新聞にはときどき、口語調で書かれた具体的で読みやすい文章が掲載される。
4/23(日)「一人称で語ってますか」もそうだった。

4月5日のローリングストーンズ名古屋公演への感想から始まっている。年齢を感じさせない駿馬のような彼らは今でもヒーローだ。そして私達はヒーロー達の一夜の夢に酔いしれた。けれど、『感動をありがとう』と言って、自分の夢を他人任せにしていいのだろうかと疑問を投げかける。

ことし生誕40周年のウルトラマンも同じようにヒーローだ。しかし宇宙警備隊長ゾフィーはこんなふうに言っている。「地球の平和は地球人自身の手でつかみとってこそ価値がある」と。そしてウルトラマンマックスは「地球の未来は君たち自身でつかんでくれ」と言い残して、ふるさとの星に帰って行ったではないか、と。

『ヒーローは、ひ弱な人間たちをひたすら守るふりをして、本当は人類の潜在力を引き出すために、「一人称」で語り、受け止め、行動するよう、40年間繰り返し訴え続けてきたわけです。「一人称」で生きること、それはまず「私たちは…します」と言えること

『そして、ウルトラマンになりたいと思ったあの日の、おさなごころをそっとのぞいてみてください。ヒーローは自分自身の夢と未来を映し出す姿見でもありました。』

社説の最後は、人気アニメ「ワンピース」のセリフを引いて、次のように結ばれている。

『「あなた達の生きる未来を、私達が諦めるわけにはいかないっ」
「一人称」を取り戻すべき理由としては、これだけでも十分ではないですか。』

……………………………

私たち一人ひとりが何をするか、今それが問われているのだと思う。情報がいっぱいあふれすぎて、目も耳もしばらくふさいで思考停止したくなりそうなときもある。でも、案外複雑そうに見えて、本当のところ、大切なことは、すごくすごくシンプルなのかもしれない。

100年ほど前、アメリカのニューヨーク・サンという新聞社が「サンタクロースっているんですか?」という8歳の少女の質問に、おとなの丁寧な返信として答えた心温まる社説がある。東京新聞のこの社説は、ふとそれを思い出させるステキなメッセージだと思う。

全文はこちら。ぜひ読んでみてください。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sha/20060423/col_____sha_____001.shtml

(おまけ.1)「サンタクロースっているんでしょうか?」
http://www.bk1.co.jp/product/426972

(おまけ.2)「ニューヨーク・サンの社説」http://park6.wakwak.com/~fufu2/thinking-old/0012/24.htm

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