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ピーパー

ピープルパープルのお芝居はあつーいメッセージを持った、花も実もある直球のさわやかさ、といったらいいだろうか。とにかく生き生きしている。

ピープルパープル(略してピーパー)は神戸の若手劇団だ。メンバーのほとんどが20代。普段ほとんど演劇など見ない私が、一度見たらやみつきになって、なぜか4回も見ている。

なぜかなあ?ピーパーの舞台は「俳優」がいるのではなく演技をしている人間がいる感じ。舞台から直接エネルギーが伝わってくる。演技している「人」の熱気だ。それを感じられることが自分を生き生きさせてくれるから、つい見に行ってしまうのかもしれない。

お客さんに感動してほしい、感じてほしいという熱意が、笑いあり涙ありの一人ひとりの演技から、ダイレクトに伝わってくる。これはピーパーならではだと思う。

先日見たのは「Endless Trip」。ピーパーお得意のSFファンタジーだ。未来の地球に平和をもたらすカギを握る一人の少女を巡って、それを守ろうと闘う人たちの話だ。「戦争で平和を築くことはできない」「春になると桜の咲く、この一見あたりまえの風景は本当は宝物なんだよ」そんなメッセージが、シンと心をつかまえる。ドタバタ関西喜劇の笑いもふんだんに。私の前の座席にいた小学生らしい姉弟は、笑いころげていた。男の子ときたら、お腹を二つに折ってシートから落ちそうになって笑っていた。あれは伝染しますね。おかげで私も遠慮なく笑わせてもらった。おとなも子どもも笑えて、感動できるってすごいこと!

今回のお芝居に出てきた「パラレルライフ」という現象は初めて耳にした。100年後の少女と今の少女をつなぐモチーフになっているのだが、「パラレルライフ」とは100年を隔てて、まったく同じ人生を歩む二人の人間がいるという現象なのだそうだ。たとえば、リンカーンとケネディがそうだという。こんなサイトも。奇想天外な見方だけれど、二人の人生がこれほど酷似しているとなると、確かに不思議だ。

私のパラレルライフがあるとしたら?いったいどんな人で、どんな人生を送ったのだろう。知りたいような、知りたくないような…。イヤ、やっぱり知りたくないな。だって、知ったら結末がわかってしまうでしょ?

緑いろいろ

060422_16350001 <公園のハナミズキ>
つい最近できたばかりの公園。
親子連れが遊具で遊んでいるかたわらを、造園の職人さんができばえを確認するために見廻っていた。まだこれからも、植物が植えられていくのかな?

☆ ☆ ☆

今は一年中で一番緑色があふれる季節。電車の窓から見ていると、次々と目に飛び込んでくる緑色の変化に驚いてしまう。

そんな折、新聞でこんな記事を見つけた。
「染織家で人間国宝の志村ふくみさんによると、自然界にはこんなにあふれている各種の緑色が、植物染料としては存在しない。藍と黄色をかけなければ出ないという。」「いのちを纏(まと)う 色・織・きものの思想」(志村ふくみと鶴見和子の対談  藤原書店)

  …………へー、そうなんですか、と感心。

そういえば「手織り舎 すずめ」のBさんも同じようなことを言っていた。沖縄でサトウキビで染めたというきれいな緑色の織物を見たことをがあるけれど、サトウキビだけであの色は出ないのだそうだ。

志村さんは緑色について「こんなにあって、無限に変化があるのに一日一日違うし、命のきらめきのように、同じものは自然に一つとしてない。」「色は、植物の魂の顕現」という。

対談相手の社会学者、鶴見和子さんは「色名では言えない。表現できない。色名以上の色の違いがある」といい、着物を着ることは「この皮膚で命と命がふれあう」ことだという。

    ………さて、身近なところでは、

台所の野菜にもさまざまな緑色がある。その緑も育った土の状態や、肥料の種類や与え方によっていろいろだ。これも緑色が命の表れである証拠だろう。

ということで我が家の冷蔵庫の中を見てみると、緑色のものは、ピーマン、キャベツ、長ネギにニラがある。ピーマンは今の時期、温室栽培だろう。とすると、自然であって自然でない緑色ということになるのかも。

今の時代、緑の命をいただくとはどういうことなのかな?緑色は奥が深そうだ。
と言いつつ、私は緑はまとわずに、もっぱら「いただきま~す」!

虹が!

060420_16440001

060420_16430001

夕方、激しいにわか雨が降った。

でも、ありがたいことに、帰りのバスが出る頃にはすっかり雨は上がっていた。

そして田園地帯をバスに揺られながら、ふと外を見ると………、

わあ、~~~~~~虹だあ~~~虹ですよ~~~

ほとんど地平線が見える景色、これも貴重でしょ?

女性首相です、お隣は

韓国の次期首相にハン・ミョンスクさんが選ばれたという。ハン・ミョンスクさんについては詳しいことは知らない。が、しばらく前に、松井やよりさんと同士的な仲と聞いて、そんな人が政権の一翼を担うとしたらすごいことだと思って注目していた。

日本はといえば、その松井さんたちが中心になって進めていた「女性国際戦犯法廷」のドキュメンタリー番組放映もままならない国なのだもの。(NHKの番組改編問題)ガッカリ。

ハン・ミョンスクさんは、韓国の女性運動の大御所的存在であり、現大統領よりもはるかに日本に詳しい人らしい。自分の国のことでなくっても、明るいニュースで嬉しい。同じ女性として嬉しいというだけでなく、対等で民主的な関係の実現に一歩前進できるとしたら、それが世界のどこであったとしても嬉しいではありませんか!

千葉では堂本知事が議会の反対で男女共同参画の流れを中断させられたり、近くでは蓮田市の樋口暁子市長も議会の反対で予算案を通さないという嫌がらせにあった。東京都では、社会学者の上野千鶴子さんの講座が、「ジェンダーフリー」という言葉に絡めて、いろいろ問題とされた。

せっかく根付きはじめた男女共同参画について、今あちこちの自治体でバッシングが始まっている。本当に残念。男女の対等な関係への見直しや教育について、行政の間違った認識と不安感から揺り戻しが来ているのだ。

「何でも男女一緒というのはおかしい。男女が同じ教室で着替えをしていいのか!」というお粗末な認識とレベルなのだ。事実に基づかない、根拠のない不安と否定。
「ウ~ン、モゥ、違ゥッチューニー!!」

でも、男性と女性が対等の関係をつくり、個々の生き方を大事にする流れを、もはや誰も止めることはできないと思う。若い夫が赤ちゃんのオムツを替え、妻が会社へ出勤する。「何でそれがいけないの?」と若い人はむしろ不思議な顔をする。ごくごく自然に、彼らは自分たちの生き方を自分たちで決めている。

この国のリーダー達がいつまでも狭い価値観に縛られ、目先のことしか考えないでいると、世界の流れから取り残されてしまうのではないかとその方がむしろ心配になる。

そういうリーダーの感覚で、共謀罪法案、教育基本法、国民投票法案が一挙に審議され、可決に持ち込まれようとしているのだからさらにコワイ。本当に必要な法律なのか、変える必要があるのか、もっともっと時間をかけて私たちにわかりやすく説明し、理解を得るのが当然だと思うのだけれど。

それもこの残すところわずかな国会中に決めてしまおうというのだから。信じられない!ゥン、モー!!  ◇  

   ◇ ◇  

参考)

署名など
http://www.greenpeace.or.jp/info/features/civil_liberty/

★集会への参加・呼びかけ
http://www.nichibenren.or.jp/ja/event/060426.html

パッチ・アダムス

060417_16090001 コンビニ脇の花壇にも春。

  ★ 

        

同じものを見ても、見方によって見え方が違うことはよくあること。
たとえば、良く例に挙げられるのが、心理テストで使われる一枚の絵がある。同じ絵なのに、見る人によって「壺」に見えたり、「向かい合う二人の横顔」に見えたりする。

映画「パッチ・アダムス」(ロビン・ウィリアムス主演)をビデオで見ていてそんなことを思った。

実在の医師(パッチ・アダムス)をモデルにしている。パッチは2004年、日本で講演(下で講演録にリンク)、NHKテレビ「福祉ネットワーク」でも紹介された。

映画では精神病院に入院するパッチは中年男性だが、実際には10代後半に3回の入院体験があるという。そのときの入院体験から医学を志し、医者になってもそのときに患者達から教わったことをもとに、患者と対等な人間として向かい合い、幸福に生きる手助けをする医者へと道を切り拓いていく。

医者達の多くが患者を治療対象(症状)として見るのに対して、パッチはそれぞれがさまざまな症状を持ったまるごとの人間として患者を見る。すると、同じ一人の人間がまったく違って見えてくるし、そして当然のことながら、そのように対応すれば、そのような反応が返ってくるのだ。人間として対応すれば、固く閉じこもった患者ともちゃんとコミュニケーションがとれるのだ。パッチは赤い鼻をつけ、道化の格好で、患者達に笑いを持ち込んだ。

パッチは言う。たとえ死が目の前に迫っていても、死ぬ瞬間までは生きている。それまでの時間をいかに幸福に生きられるかを手助けするのが医師のつとめだと。そして今や、パッチは病院内だけでなく、世界中の飢餓や紛争地域を回って、笑いとユーモアを届ける活動を組織している。

パッチは、世界のシステムや政治の解決すべき課題まで見据えながら、若い頃の夢を実現しているわけだが、それでも映画になるまではほとんど見向きもされなかったという。有名になってやっと寄付が集まり始め、夢の病院の建築に向けて動き始めたのだという。

来日したときの講演録が、なかなか面白い。
中にはこんな質問と答えも。ある医学生の質問だ。

「日本にもホームドクター制度を作りたいと思っているがアドバイスを」と言う質問に対して、「あなたが必要性を感じたなら、あなたが始めてください。ここにこの案に賛成の人はどのくらいいますか?」とパッチが聴衆に尋ねる。多くの手が上がる。「では帰りに出口で、今、手を挙げた人の住所と名前をメモしてください。」と医学生に提案。このアドバイスの早くて、効果的で、実践的なこと!

信念と行動の人は、気持ちいい。

<おまけ>
なお、映画に出てくるガールフレンドの死は、脚色だそうだ。実際は親しい男子学生が患者の死に巻き込まれて亡くなったのだという。「彼の死は本当につらかったが、もし私たちが恐怖からあの患者を受け入れなかったとしたら、きっと彼は怒ったと思う」と語っている。これを聞いてホッとした。あのガールフレンドの死では、ちょっといたたまれないもの。

こんな日も

060404_11350001_1 (先週、大学のキャンパスの桜。)

今年は桜が長く楽しめる。満開から一週間たっても、下の方は葉桜になりながら、上の方はまだ花が咲き続けている。

ところで、桜が一ヶ月くらい咲き続けたらどうだろう。
ウーン、それはそれでちょっと興ざめかも…。人間って勝手ねぇ。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

昨日とはうってかわって、肌寒い一日。
とうとう雨も降り出した。

ホームページの画像を修正しようと思うのになかなかうまくいかない。
休憩してはお茶ばかり飲んでいる。

なんだかけだるい一日。
昨日の瞑想会で緊張がゆるんだからかなぁ。

ということは、知らないうちにここのところ、結構緊張をためこんでいたのかもしれない。
確かにいつも目は外を向いていたかも。

それにしても、40分間踊り続けたのはかなり気持ちよかった。(踊ると言っても、見せるダンスではないのよ。自分の思うままに体を動かせばいいの。)私は手足の先や頭から、いっぱい詰まっているいろんなものを振り落とす感じで踊っていたら、すっごく気持ちよかった。特に、頭の中に詰まっているいろんなものを解放していくようで。
そして、踊ったあとは静かに座って瞑想。…とてもさわやかというか何というか言葉にしにくい心地よさ。

頭でっかちになりがちな自分。そんな自分にいつも気づかされる時間だ。丸ごとの自分を感じるような毎日が理想なんだけど、トホホな毎日、でも精進、精進。

また一つ

Birthdaycake Happy birthday! 

この日は、我が家で友人たちと3人で辺野古のビデオを見た。

一品持ち寄り、手料理(私の場合、手抜き料理とも言う)をいただきながら、ずーーーっとおしゃべりすること、気づいたら8時間以上。「お赤飯買ってきて」って言ったら、「おめでたいよね」と言われてしまった。 v( ^^;)「デザートお願いね」って言ったら、バースデーケーキおねだりしたことになっちゃったし。 v( ^^;)&v( ^^;)

途中で地震があった。速報を見ようとテレビをつけたら、たまたま北朝鮮のスペシャル番組だった。つい最後まで見てしまって、友人たちの帰宅はちょっとあわてた。東京から近い割にはローカルなので、上り電車は早めに終電になってしまうのだ。

わたしら3人、思えば、お互いの子どもたちが幼稚園時代からのおつきあい。途中、空白の10数年を挟んで、またここ数年、3人のおつきあいが復活した。迷ったり、こけたりすることも認めてもらえ、一緒に笑ってくれる仲間は本当にありがたいな。

こんな時代だから、もっともっと自分の気持ちや人のつながりを大事にしたいって、改めて思った誕生日だった。いつもなら春になるとただただ嬉しくって元気になれる私が、今年はなぜか今ひとつエンジンがかからなかった。社会的な周りの状況とかもある。(青森の核燃料再処理工場の試運転開始は特に痛かった)

でも、そんなへこんだ気持も、無視しないでおこうという元気が持てたのは、一緒におしゃべりできたおかげだと思う。

鉢植えのグリーンも、そろそろ新しい葉っぱが出始めた。

甲イカの赤ちゃん

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ここも、

ここも ☆ ☆ ☆060404_11350001

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

92歳のおばぁの言葉。
「海を埋めて何の役に立ちますか?」
「辺野古の人を殺すんですか?…」
あなた方も親から生まれて学問をなされたなら、人の情けも少しは考えてください。」…

おばぁだけではない。
「この土地や海は自分たちのものではなく、先祖から受け継いで子どもや孫達のために残していくものだ」と、基地移設に反対する人たちは口々に語る。

米軍基地移設で揺れる沖縄県名護市・辺野古。その反対運動を追った「海にすわる~沖縄・辺野古 600日の闘い~」(琉球朝日放送)というビデオを観た(沖縄のみで放送された1時間バージョン)。沖縄県辺野古地区で米軍の基地移設に反対する地元の人たちを追ったドキュメンタリーだ。

どう考えてもひどいと思うのは、辺野古地域の陸上の大半は、すでに米軍基地(キャンプシュワブ)によって占められている。この上、海上まで米軍に使われたら、漁もできなくなり、観光に来る人もいなくなり、もちろん希少なジュゴンもいなくなる。陸も海も米軍基地となってしまうのだ。

そのようなことが東京で起こったらどうだろう。神奈川や千葉で起こったらどうだろう。沖縄だから許されるの?

国を相手に、状況はとても厳しい。
にもかかわらず、あくまで非暴力で、人間味を失わず、揺らぐことなく頑張る人たちにはただただ頭が下がる。

そして時には、ユーモアをもって…。
漁船で応援に繰り出した漁師の一人は、昔、漁師が鮫よけに着けたという赤いフンドシを船のへさきに結んだ。「防衛庁よけ」だ。
彼の船の上でのパフォーマンスには、お役人たちもいつのまにか拍手を送ってしまう。

そして反対派の人たちは、お役人たちを自分たちのテントに招き入れ、お茶を勧めて話をする。おばぁの説得力にあふれた温もりのある言葉に、目頭をぬぐう人もいる。おばぁだけじゃない、誰が語る言葉の中にも、人間を感じさせるジワ~ッとあったかい言葉が光っているのだ。

揺れるサンゴ礁の中からフワ~っと生まれてきた黄色い甲イカの赤ちゃん、なんて可愛いの!あのアニメーションになった熱帯魚「クマノミ」に勝るとも劣らない愛らしさ。そして貝とサンゴの共生が生きたまま見られるのもここ大浦湾だけ、ジュゴンの最北端の生息域だし、…大浦湾はまさに世界の宝物なのだ。

とはいえ、住民の中には基地移設に賛成の人ももちろんいる。そうした地元の複雑な心理を抜きにしては本当の解決にはならないだろうとも思う。では、直接の当事者ではない私は、遠巻きに見ているしかないのだろうか。

やっぱり「関係ない」ではすまされないだろうなと思う。とっても、問題は複雑だけれど。何せ、コトは今始まったわけではない。戦後処理の未解決の問題がズルズル続いてきたのだものね。

それにしてもあの青い海はどうなるのだろう。

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