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とっときの場所

本ブログ読者の名古屋のOさんから、自分史講座で書かれた冊子を頂戴した。

以前ここにも書いたNHKの番組「棚田よ、よみがえれ」について書かれたものだ。私の日記では、「稲穂にお礼」(10/24)。

私は放映当時、番組の終わり近くをほんのちょっと見ただけだったので、Oさんの冊子で内容の全貌を知ることができた。そしたら、どうやら番組のクライマックス、たまたま一番感動的なところを見ることができていたようだ。

番組は、中越地震の被災地、新潟県小千谷市、黒沼の真人町(まっとうちょう)、ここで農業を営む人たちの、地震から一年後の生活を追ったドキュメンタリーだ。

被害を乗り越えて、泥田と化した田んぼを耕し、無事に実った稲穂に向かって「ありがとうございます」と言いながら、深々とお辞儀をする70代の稲餅さん。私はちょうどこの場面をテレビで見ることができた。しかし番組の大半は終わっていた。その見逃した部分をOさんの冊子で知ることができたのだ。

冊子にはさらに感動する場面が書かれていた。稲餅さん夫婦の「とっときの場所」のことだ。稲餅さん夫婦が、苦境を乗り越える勇気をもらうことができ、心を癒される場所なのだという。夫婦げんかをしたときにも、ここへ来ると心が晴れ晴れとするという場所だ。

それは遠くの山々も一望に見渡せる小高い丘だ。正面が、神様が宿るという八海山、左右に連なるのが駒ヶ岳。足下の山菜は山の恵み。「天ぷらにあげて食べるとおいしいんですよ」と奥さん。「山で暮らしていれば、すべて山の恵みにあやかって生きることが出来る。『お金などは一銭もいらない』と山で生きるものでしか、わからない自然の恵みに感謝をして、じいーっと遠くの山を眺める夫婦の姿には神が宿る自然への感謝と畏敬の念が感じられた。」(冊子より)

何がどうというのではないけれど、豊かというのはこういうことではないか、としみじみ思われる。Oさんが同封のお手紙の最後にこう書かれている。「このような悲しい社会環境の中、なぜ真人町(まっとうちょう)の人たちが、採算を度外視してまで米作りに賭けることができたのでしょうか?この中に、これから日本が人間として失ってはならない大切にしていかなければならない本質的なものがあるような気がします。」

Oさんは70代の男性。世代も性別も越えて、同じ思いの人たちと共感できるものを分かち合い、豊かさを見つけていかれたらと思う。

ウ~ン、私の「とっときの場所」、どこかなぁ…?

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コメント

あります とっときの場所
自分が育った海です
若いときなんであんなに街に住みたいと
思っていたのに帰りたいです
心や体が病んだ時はじっとそこで居たい

桃太郎さんもですか?
私も海の近くで生まれ、育ったんですよ。

年とともに、同じ風景や思い出が、
違った色合いで見えてくるの、分かる気がするな。

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