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「甘い」記憶

このタイトルで何か粋な話題を期待した人、残念でした!お菓子の話です。

今日、久々に東京のデパートのお菓子売り場へ行き、あれこれお店を覗いて歩いた。そしてビックリ!ちょうど女性の人差し指か小指くらいの、ほそ~いクネッと曲がったチョコレートがなんと7~8本で800ンジウ円だったかな?その店のチョコはどれも目が飛び出しそうなお値段。こうなるとチョコレート様ですね!

隣のケーキ屋さんでは、大好きなモンブランが、スッポリ手のひらでフタができそうなくらいの小ぶりなのに400円近い。そのまた隣のケーキ屋では、500円近い、とか…。ガラスケースに彩りよく鎮座ましましてるケーキ様という感じで、ハ~っとため息が出そう。いやいや、これは私の所得水準が低いから、相対的に高く見えるだけで、チャントこうして売れていくのだから、これは適正な値段なのだと自分を納得させる。

私の世代でケーキと言えば、子どもの頃は特別なときの食べ物だった。それも今の芸術品のようなケーキではなく、バタークリームでデコレーションした上に真っ赤なチェリーが乗っていたり、クリスマスケーキと言えば、砂糖菓子のサンタさんや銀色のツブツブが乗っていたっけ。

友人の家がケーキ屋さんで、お誕生日会に呼ばれたときに、箱一杯のケーキがテーブルに用意されていたのを、「すご~い!!」と思って目にした記憶がある。

また、小学校の親友Nちゃんのお母さんは、料理やお菓子作りが得意で、YWCAの料理教室の先生だった。お誕生日にケーキの台を焼いてくれて、私たちにクリームで飾り付けをさせてくれたっけ。

映画のシーンでは、ディズニー映画「ポリアンナ」で、孤児のポリアンナが富豪の家にもらわれていって、カーニバルか何かでケーキを頬ばるシーンがあった。扇形に切り分けた顔くらいの大きさのクリーム大盛りのケーキを手にして、ヘイリーミルズ(ポリアンナ役)が鼻のてっぺんにクリームをくっつけながら、ホークなんか使わずに、片手に持ってかぶりついていたのがとってもおいしそうに見えた。

テレビ番組では、「ポパイ」か何かのスポンサーだったと思う。不二家のケーキが毎回出てくるコマーシャルがあった。大写しになったマロンの乗ったチョコレートケーキが、さっくりとホークで切り取られるところとか、ため息が出そうなくらいおいしそうだったなあ。当時の私には「宣伝の効果、大あり」だったわけだ。当時はやせっぽちで、あまり食べることに興味がなかった割には、なぜだかこういうシーンをしっかり覚えている。

究極の記憶といえば、まだ幼稚園頃だったか、母があるとき珍しいものを出してくれた。私はそれを一口食べて感激してしまった。この世にこんなおいしい食べ物があったのかと。なんだと思います?生クリームの乗ったカステラだったんです。今では「なーんだ」となってしまうけど、当時は生クリームなんて、ほとんどお目にかかれない。確か母は牛乳屋に注文して買ったとか後で聞いた記憶がある。後にも先にもあんなにおいしいクリームを味わったことはない。

書き出すときりがない。家庭を持ってからは子ども達とデコレーションした手作りケーキの思い出がある。なぜか子ども達は、デコレーションした後で、ボールに残ったクリームを、誰がなめるかで争っていたような…。

お菓子の思い出はつきない。小指サイズのチョコレートから、ここまで来てしまった。

改めて感謝!

~ジュゴンの暮らす美ら海(ちゅらうみ)を守る東京の若者たちのムーブメント~「NO BASE HENOKO」に、「2200kmを結ぶ!音祭り」の情報を掲載していただきました。

月刊誌「自然と人間」(1月号)の情報欄にも掲載していただきました。(残念ながらこちらはwebでは見られませんが。)

先日の毎日新聞・埼玉版といい、宣伝力のないセレニティとしては、本当にありがたく、感謝、感謝です。

「元気埼玉」という地元のサイトでも紹介してくださっています。つい先日は、ピアノの演奏を聴き、歌ったり踊ったりという楽しい集いの席で、司会の方が宣伝の場を設けてくださいました。また、個人的に周囲に声を掛けてくださる方、仕事のつながりで後押ししてくださる方など、多くの方々の協力や支援で、チケットを一枚、二枚と買っていただけることに、心からありがたく感謝の気持ちでいっぱいです。

そういう皆さんの共感の気持ちを頂いて、イベントが成り立っていくのだと実感している日々です。バーンとチケットが売れてしまったら(もちろん嬉しいけど)、なかなかこうしたことは気づくことができなかったと思うのです。いえ、負け惜しみなんかじゃないですよ。本当にそう思います。ここにはまだまだ書ききれない実に多くの方々のお力添えで、当日が迎えられることを、イベントまであと2週間ちょっとのこの時点で、改めて気持ちに留めておきたいと思います。

とても静かで嬉しい気持ちです。皆さま、本当にありがとうございます。当日まで、一人でも多くのお客さんに来ていただけるよう、チケットの販売と、準備に頑張りますね。

当日が「わー、いよいよ今日!Happyを皆さんと分かち合いたい!」という日になりますように♪

新聞に「音祭り」

毎日新聞埼玉版に「2200kmを結ぶ!音祭り」の情報が掲載されました。こういうのっていつまで掲載されているのか分からないので、もしかしたら、まもなく読めなくなるかもしれないんですけど。毎日新聞の記事こちら。

実際の新聞には、昨年の写真も大きくバッチリ!

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うっれし~いなぁ!!!

これが「たんすにジュゴン」

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「たんすにジュゴン」、皆さんもよかったら買ってくださいね。私の沖縄のお友達が始めました。「すずめ舎」という可愛い機織り工房から、生まれています。とっても丁寧な作りで、ご本人はすごく謙遜されてますが、草木染めもスッキリとしていながら、それでいて優しい色合いです。(私の写真の撮り方がうまくなくて、ちょっとニュアンスが伝わっていないんですが)

こちらのブログの写真がきれいです。お友達のお友達のブログです。私も時々お邪魔しています。それから、余談ですが、「○太郎」さんのブログも、ステキなイラストや温かそうな毛糸の帽子が迎えてくれます。気まぐれにときどきあっちゃこっちゃお邪魔して、コメントも書かずに失礼して来ちゃうんですが・・・。ゴメンね!

そんな風に息抜きしながら、遊びながら、じっくりジワジワ「たんすにジュゴン」、応援したいな!

皆さんも応援してね。コメントを書いたり、応援メールもお願いね。製作チームは少人数だから、私たちも一緒にそれぞれができることをやりながら、沖縄のこと、基地のこと、私たちの暮らしのことを考えていけたらいいなって感じかな?

それから、新年の「2200kmを結ぶ!音祭り」でもこれを販売させてもらうつもりです。辺野古で頑張ってるオバア達を応援する寄付になります。2200kmが宮古島埼玉間だから、沖縄本土の辺野古と埼玉ではちょっと距離が短くなるけど、2200km圏内に入っているから十分「結ぶ!」になりますよね。

とっときの場所

本ブログ読者の名古屋のOさんから、自分史講座で書かれた冊子を頂戴した。

以前ここにも書いたNHKの番組「棚田よ、よみがえれ」について書かれたものだ。私の日記では、「稲穂にお礼」(10/24)。

私は放映当時、番組の終わり近くをほんのちょっと見ただけだったので、Oさんの冊子で内容の全貌を知ることができた。そしたら、どうやら番組のクライマックス、たまたま一番感動的なところを見ることができていたようだ。

番組は、中越地震の被災地、新潟県小千谷市、黒沼の真人町(まっとうちょう)、ここで農業を営む人たちの、地震から一年後の生活を追ったドキュメンタリーだ。

被害を乗り越えて、泥田と化した田んぼを耕し、無事に実った稲穂に向かって「ありがとうございます」と言いながら、深々とお辞儀をする70代の稲餅さん。私はちょうどこの場面をテレビで見ることができた。しかし番組の大半は終わっていた。その見逃した部分をOさんの冊子で知ることができたのだ。

冊子にはさらに感動する場面が書かれていた。稲餅さん夫婦の「とっときの場所」のことだ。稲餅さん夫婦が、苦境を乗り越える勇気をもらうことができ、心を癒される場所なのだという。夫婦げんかをしたときにも、ここへ来ると心が晴れ晴れとするという場所だ。

それは遠くの山々も一望に見渡せる小高い丘だ。正面が、神様が宿るという八海山、左右に連なるのが駒ヶ岳。足下の山菜は山の恵み。「天ぷらにあげて食べるとおいしいんですよ」と奥さん。「山で暮らしていれば、すべて山の恵みにあやかって生きることが出来る。『お金などは一銭もいらない』と山で生きるものでしか、わからない自然の恵みに感謝をして、じいーっと遠くの山を眺める夫婦の姿には神が宿る自然への感謝と畏敬の念が感じられた。」(冊子より)

何がどうというのではないけれど、豊かというのはこういうことではないか、としみじみ思われる。Oさんが同封のお手紙の最後にこう書かれている。「このような悲しい社会環境の中、なぜ真人町(まっとうちょう)の人たちが、採算を度外視してまで米作りに賭けることができたのでしょうか?この中に、これから日本が人間として失ってはならない大切にしていかなければならない本質的なものがあるような気がします。」

Oさんは70代の男性。世代も性別も越えて、同じ思いの人たちと共感できるものを分かち合い、豊かさを見つけていかれたらと思う。

ウ~ン、私の「とっときの場所」、どこかなぁ…?

音祭りのチラシ&…

音祭りのチラシがサイトに掲載されています。下館直樹さんのサイトの、音祭りの記事掲載の中に、「実物ポスター(PDF)」とあるのがそれです。私が自分のサイトに(やり方が分からなくて)載せられないので、すみませんがこちらを見てくださいね。

         ……………………………………

このところ、音祭りのチケットのことや準備のことで、頭がいっぱい。休日にもついそっちに意識が行ってしまうので、ゆっくり休んでないような…。

これではまずいと思い、日曜日は食料品を買い込み、レンタルビデオを3本(うち1本は2本組)、一日中観まくって過ごした。おかげでちょっとリフレッシュ。

3本借りたうちの、とりあえず「アイ アム サム」と「サウンド オブ ミュージック」を観た。後者は、もう40年も昔の映画なのだ。ますそのことに気づいてビックリ!中学か高校くらいの時に観て、自分ではそんなに昔ではないと思っていたのに、「十分に昔」だった。

当時、従妹と一緒に映画に連れて行ってくれた叔母が「トラップ大佐、ステキね。」なんて言っていたのを「へー、あのオジサンが?」などと、従妹と不思議がっていた私。今なら分かる叔母の言葉。そして、ナチスの台頭によって失われていく祖国を思う「エーデルワイス」の歌にこめた大佐の気持ち。何となく当時と似通った「今」という時代も、よりそのことをリアルに感じさせているかもしれない。

40年経っても少しも古くならない。やっぱり名画なんだろうなぁ。こういう映画を観て大きくなれたことは、幸せな世代と言えるのかもしれない。

キリンさん

母さんキリンのそのそばで
もくもくしているキリンさん
とってもとってもいい日です。

母さんキリンのお話を
ふむふむしているキリンさん
とってもとってもいい日です。

いつかきっと思い出す
とってもとってもいい日です。

(佐々木寿信「キリンさん」)

NHK教育テレビの「福祉ネットワーク」という番組、何となく見始めて最後まで見てしまう番組だ。夜7時のニュースをつけると暗いニュースが多い。気が滅入るので早めにチャンネルを変える。すると福祉ネットワークだったりする。

今日は、統合失調症を40年近く患いながら、童謡を作っている佐々木さんのドキュメントだ。「キリンさん」の詩には、今は96歳になるお母さんへの佐々木さんの思いが溢れている。

佐々木さんがお母さんの耳元で「ボクが病気して心配でしたか?」と聞くと、「あったりまえだわな。子どもが病気で心配しない親がいるもんの?何をバカなこときくん!」と、佐々木さん叱られた。「なあ、どこの親でも心配するわなぁ?」と取材クルーに向かって、お母さんの口元がちょっとゆるむ。私も思わずワッハッハ。佐々木さんのクスッと笑い声も、カメラのはずれたところから聞こえる。

一時は死も覚悟した佐々木さん。入退院を繰り返した闘病の果てに、病と共に歩くことを選び、白秋の童謡を聴いたことがきっかけで詩を書き始めたという。

先日は、受賞を祝うコンサートにお母さんを招待した。会場は天井近くまで立ち見も出る超満員。「もし病気を受け入れられないでいたら、(詩を書き始めた頃のように)今でも暗い詩を書いていたと思う。今は、同じ空を見ても、<希望の青>と思う。」

☆ ☆ ☆

一方、6日の番組では、「注意欠陥多動性障害」の若いお母さんと家族が登場した。

家事も育児も中途半端にしかできないのは自分が悪いからだと、自分を責めて、遺書を引き出しにしまって生活していた若いお母さん。その彼女が、「片づけられないのは病気のせいで、あなたが悪いのではない」と医者の診断をもらったことで、一気に視界が開ける。病気を受け入れようと決めたのだ。

旦那さんは仕事から帰ると、着替えもせずに、まず明日のゴミ出しの用意にかかる。奥さんは「ア、ごめん!ゴミのことすっかり忘れとったわ。」頭をコツンとやりながら「何で覚えられんのやろ」と言いながら、笑って料理を作り続けている。旦那さん、淡々とゴミ袋を作る。

出かけようとするとバッグがない、「どこ?」と捜しまわる奥さんに、ハイと手渡す旦那さん。奥さん曰く、「どこよりも変わった母ちゃんのいる、笑いの絶えない明るい家族」に変わっていく。

「これが彼女の個性だから」と言うご主人。長男は、学習障害があって、算数が苦手。コタツに逃げ込んでは、間違った答えを言いながらニコニコ這い出してくる。これを彼女は親子連動型発達障害と名づけている。かつてのように叱ることはない。スモールステップで長男の発達を見守っているという。

ホッとする番組。気づくと笑顔になっている。

ギャラリーで

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縄文土器。

レプリカだが、作者のオーナー I さんのアツ~イ思いがこもっている。

以前、ご紹介したギャラリー「風画」の個展に行ってきた。

フワ~ッとやさしい雰囲気で、ゆったり時間が流れている。そんな居心地の良いギャラリーだ。

入り口を入ったところはクラフトショップになっている。先客が数名。お知らせコーナーには、先日お願いした「音祭り」のチラシが貼ってある。壁には絵画、棚には陶器や、ちょっとクリスマステイストのクラフト小物も。手触りの優しい白木のテープカッターが気に入った。

隣の部屋がギャラリーになっている。今回の展示は縄文土器がズラッと20点くらいあっただろうか。すべて I さんの作品だ。実際に出土した土器のカケラとともに、様々な資料を駆使して復元したそうでなかなかの力作だ(と思う。もちろん素人の私に詳しいことはわからないが、思いと力がこもっているのは伝わってくる)。

土器の縁が鶏のトサカに似た形の物や、フクロウの顔をデザインしたような物など、じっくり見るといろいろなイメージをかき立てられる。特に、 I さんが、思い入れたっぷりにそばで解説してくれると、まるで縄文人が今ここにいて、昨日この土器を焼きましたとでもいうように、身近な器になるから面白いものだ。

そんな I さんの解説も、今回はゆっくり聞く時間がなかった。それというのも、居合わせたお客さん同士の間で、初対面なのに話が弾んでしまったからだ。I さんはとても親切かつ、お客同士を引き合わせるのがうまい。穏やかな口調で、さりげなく必要な情報を提供してくれるのがありがたい。この日の会話が弾んだのはそのおかげでもある。

大きなガラス窓の向こうは常緑樹の林で視界が開けているのも気持ちがよい。林との境の塀に沿って、垣根のように手作りのクリスマスリースやクリスマスをイメージした飾り付けが施されていて楽しげだ。

そんな窓辺で、丁寧に入れられたコーヒーを頂いた。そして、先客の女性の工芸作家(という呼び方でいいのかな、違ってたらゴメンナサイね。仮にSさんと呼ばせていただく)から、頂戴したしおりに目を通していた。最初は書道から始まり、今は和紙や竹を用いたクラフト作品に取り組んでいるそうだ(1点だけ見せていただいたけど、斬新でステキ!)。

ふと、しおりの二枚目「音祭り」の文字に目が留まる。ム、ム、ム これは?

思わず、はす向かいのテーブルで、友人とオシャベリしている彼女に声を掛ける。

「『音祭り』って、やられたんですか?私も同じ『音祭り』をやるのですが…。」

「そうなんです。さっき頂いたチラシに音祭りと書いてあったので、私もアッと思ったんですよ。」

と、こんなふうに会話が始まった。空いた椅子にお邪魔して、一つテーブルの会話は弾む。結局それは「おんまつり」と読むのだったが、タイに魅せられた女性達4人が2001年に桶川市(埼玉)で企画した催しで、そこのクラフト展にSさんが参加したのだそうだ。そんなふうに「音祭り」を巡って話すうち、彼女の友人(Mさん)を含め3人で意気投合してしまい、話が盛り上がる。

そのMさんの今後のプランもチョッピリ聞かせてもらった。今後1~2年のうちに何やらワクワクするような、身近なことでまた一つ、新しい女性の活躍の場ができそうなお話だ。

そんな彼女たちと、「どんなことも、自分が一番いきいきできる方法でやれたら最高よね~。」と意見も一致。

ところで、この日はギャラリーを紹介しようとNさんも誘った。そしたらNさんはNさんで、やはりここで思いがけない人に出会って大喜び、話に花が咲いている。

帰りには、オーナーとSさん達が立ち上がって、「がんばってください!」「がんばってねぇ!」と見送ってくれたのが、(そんな~、わざわざ、立ち上がってお見送りなんて~、と)照れちゃったけど、うれしかった♪

この日はSさん達も言っていた。「今日はなあに~、不思議な日ねぇ。次から次と…。」

という日だった。

(クラフト&ギャラリー「風画」 「大宮花の丘農林公苑」南隣 048-625-0521 月・火休み)

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