« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »

Gazamiki(がじゃみき)ライブ

051029_1845001 ライブ開始前のステージ。

下館さんのギター。

昨夜は、鶯谷のキネマ倶楽部に友人達と出かけた。下地勇さんのレコ発ライブ「Gazamiki2005」。名古屋、東京、大阪、那覇と廻る二番目の開催地。ガジャミキとは宮古島方言で「にぎやか」という意味。たしかに豪華で賑やか、そして大盛り上がりのライブだった。

キネマ倶楽部は往時を偲ばせるレトロな空間。その一階席はフロア一杯に椅子が並べられ、開演前から熱気に包まれていた。

宮古島方言のオバアの歌声が館内に響く、オープニング。(伸びのある声は90歳過ぎとは思えない)

最初の曲は、下地さんのアルバムタイトルにもなっている「開拓者」から始まる。我らが下館直樹くんのギターがイントロを奏でる。私のお気に入りのこの曲で始まってスタートも好調。いつもながらの温かで軽妙な下地さんのトークも冴える。ビギンの島袋優さんも加わって、総勢7人がバックを務めるステージはまさに心地よい音と人のガジャメキだ!

キーボードのまことさん、ステージの一番前に陣取った私たち「華(?)の○十代4人組」もたちまち素晴らしい音色に惹かれ、まことさんファンになる。4月の沖縄以来のマコっちゃんだ!いいぞ、いいぞ~♪直樹くんも、もうたいへんな乗りようで、大丈夫かなぁ、どこまで行っちゃうの?と言う勢い!私たちの熱~い応援が勢いづかせてしまったか?

体中で楽しげなリズムを刻むパーカッションのノーリーさん。黒いカウボーイハットのきまった勝坊さん、ベースのガチャピンさん、懐かしい面々だ(と言ってもまだ一度か二度お会いしただけだけど、妙に懐かしい)。島袋さんのギター、それにドラムの方を加えて7名のバック、全員の個性豊かで熱い演奏と下地さんの歌声に、心地よく歌の世界に引き込まれていく。

久々に聴く「おばぁ」。名曲だ。死んでしまった仲の良いおじいさんのことを思って、冷たくなっていくおじいさんの顔をなでながら、おばあさんが生前のことを回想する。そして、悲嘆にくれながらも、やがて孫達のために元気に生きていこうと笑顔を取り戻すおばあ。「死」をテーマに歌を創る勇気と、それを詩的に温かく日常の言葉で表現する感性は秀逸だ。

そしてさらに感動的だったのは「ガレキに咲く花」だ。これも直樹君のギターで始まった。生まれる場所を選べずに咲いて一生を終える花に、人の生を重ねて、生命への共感が温かく力強く歌われる。個性の輝く7人の実力派バックミュージシャンと、下地さんの情感溢れる歌声の競演が創り出す世界は圧巻!!

ステージも終盤、演奏者も観客も立ち上がって、ステージと客席が一体となる。とうとう最前列は踊り出した。(私も椅子に座っていても、お尻がモゾモゾし出していたところを誘われたものだから、とうとうステージ横でKちゃんや、見知らぬ人たちに混じり、踊り出してしまった。格好も何もなく、うまいヘタもない。ジッとしている方が難しい。)

最後のアンコールは総立ちで、終わっても余韻がしばらく会場に漂っていた。

下地さんはメジャーになった途端、関係者の方々への挨拶なのか、スケジュールが立て込んでいるようだった。たまたま見つけたので握手して、下地さんが「今日の直樹くん、最高にスゴカッタねぇ」と笑って話し始めたら、やってきた係りの人が「ハイ、ここまで」とか言ってカーテンの向こうのお歴々のいらっしゃる方に連れて行かれてしまった。おかげで相棒のKちゃんは、手にしたプレゼントを渡し損ねた。プレゼントは、竹ヒゴとキラキラの紙テープで創ったお手製のオモチャ♪なかなかステキ!誰でも手にとってみたくなる。お子さんへのおみやげにきっと喜んでもらえるね。

とにかく一度は体験してみてくだされ!命の洗濯。心の声のシャワーを浴びて踊れば元気いっぱいだ!

東京では11月26日に葛飾で(直樹君の出演は?)、その後来年1月14日(土)は埼玉で、「2200kmを結ぶ!音祭り」。こちらはバッチリ、直樹君と下地さんで。音祭りはまた音祭りのコンセプトで、実り多いイベントになるよう、準備していくつもりだ。請う、ご期待!!

あの横須賀に

秋だ! 紅葉だ! さわやかな秋晴れだ! なんて期待していたら、グズグズ雨が続いて…、スッキリしないこの頃だ。

銀杏並木はだいぶ黄色の葉も混じってきた。赤や黄色の紅葉もチラホラと見かける。ついこの間まで、裸足に心地よかった木綿のカーペットがなんだか寒々としている。フワフワの毛織りのカーペットが恋しくなってきた。昨日は灯油販売車が久しぶりに廻ってきていた。さて、週末に部屋の模様替えでもしますか。

四季のある日本は好き。でも、社会の変化がこの頃おかしい日本は、あまり好きにはなれない。というより、このままでは好きにはなれない。

横須賀が原子力空母の母港になるらしい。横須賀と言えば、2ヶ月ほど前に、衆議院議員選挙の時に行ってきた。あの港だ。

yokosuka1 旭日旗が掲げられていた。

あれは海上自衛隊の旗(?)でしたっけ?

何だか戦争中を思わせる船と旗の組み合わせだったのが印象に残っている。この写真も何となく、暗い風景だけど、ホントこのままの印象。港と言えど、漁港のような活気や晴れやかさはない。軍港のイメージだった(と言うか軍港)。ここに、原子力空母が配備される計画だという。

地元は寝耳に水。反対を表明しているけれど、当然だ。しかし日米で合意して、それを国民に押しつけてくるやり方だ。沖縄もしかり、厚木も岩国も。

一番ショックなのは、新聞の一面にこの記事が載っても、それが当たり前のように見過ごされてしまうことだ。たしか、かつては空母が日本の港に寄港するといっただけで、大問題になっていたはず。このままなし崩しになってはいけないと思う。

こんな思いも所詮ごまめのハギシリかと思うとくやしい。が、最近は、無関心だと言われている若い人たちも、チャント考えていることが分かってちょっと嬉しい。大学の相談室で話していてもそう思う。学業で迷ったりつまずいたりしている相談内容を丁寧に聴いていくと、根底には社会の矛盾に対する彼らなりの意思表示や防衛や今後への抱負が見えてくる。

若者は、一般に言われるように単に無気力なのではない。ヘタかもしれないが、方法もわからないなりに、アレコレ試行錯誤している。それを応援したいし、そこから私たちおとなもパワーやアイディアや、この苦境を抜けるキッカケをもらいたいと思っている。そうした年代を超えた関わりがとっても必要な時期だと感じる。お互いのために!

そのための具体策、何かないかなぁ、これを読んでいる中に若い人がいて、何かちょっとしたヒントを持っていたら教えてほしい。ヒントでなくても意見でも感想でもいいよ。待ってるからね。

※ぜんぜん脈絡がないけど、小泉さん(首相)が言っているのを聞いて、変だなぁと思ったこと…以前、言っていたこと「世論は間違うこともある(から、世論に従えばいいってものじゃない」。衆院選後に言っていること…「郵政民営化しろと言う世論に従うべき。」

ウン???どっちなの???

こんな例はいっぱいありそうだけど、、これはよく覚えていたので、ホントに釈然としない。政治家が自分の主張を失ったらおしまいだ。国民に分かるように説明して議論して、その上で変わるべきなら主張を変えればいい。それなくして主張を変えるならそれは単に迎合しているだけだ。…余談でした。

稲穂にお礼

何気なくテレビをつけたら、画面一杯に緑の田んぼが広がっていた。中越地震から一年の小千谷市の農家を取材した番組らしい。もうダメかと思った中から頑張って、田んぼを耕し、イネが実り収穫にこぎ着けたAさん。「これで何とかお客さんと約束した量は収穫することができた」と胸をなで下ろす。

しっかり実ったイネの束を手に、「よく応えてくれたと思います。」とAさん。よく頑張ってイネが育ってくれたと、イネに「応えてくれた」と言っているのだ。

生きててよかった。何も考えず、とにかく田んぼを耕そうと思ったのが良かった。そしたらこんなに育ってくれて…。ありがとうございます。」と言って稲穂を手に深々とお辞儀をする。

本当に心の底から嬉しそうだ。感謝がAさんの全体から溢れている。目が澄んでキラキラと、優しく笑っている。

傍らのトラクターの上には、奥さんが立ち上がって「バンザーイ!」と何度も両手を上げて笑っている。奥さんはトラクターで収穫できない泥田のイネを、カマで二ヶ月かけて収穫した。その喜びも含めた万歳だ。「土砂に埋まり、ダメだと思った泥田でもイネが育ってくれた。」と感謝している。

わずか数分の場面だったが、とてもすがすがしいものを感じた。何だか思いがけず良いプレゼントをもらったような気分。

そうだ!近くの農協の直売所に、小千谷で生産されたお餅を売っていたっけ。今度行ったら買ってこよう。Aさんと小千谷の皆さん、ガンバレ!

秋の野辺からギャラリーへ

kosumosu 05akinomiti

台風もそれて、午後は薄曇りながら、カラッとした気持ちの良いお天気。

友人のY子さんに誘われて、畑の間の道をたどって、ギャラリーをフラリと尋ねた。

公園に面した、武蔵野の緑がいっぱいの素晴らしいロケーション。そこのオーナーから、縄文土器についての興味のつきないお話も聞くことができた。

【オーナーからお聞きした話】

初めて土器を発掘したとき、4000年前の土器に4000年ぶりに手を触れたときの感動。

自分で土をこねて再現していくと、当時の縄文人の気持ちとつながっていく感覚。

この土地から出土する縄文土器から、〇〇町はかつてどのような地形でどのような生活が営まれていたとか、知っていくことで自分と土地のつながりに気づいていくこととか…。

Y子さんと二人、「自分たちの住んでいる土地のルーツを知ると、土地に愛着が湧いてくるね」と、しきりに感心、感激する。土地の新参者と思っていた私も、土地の長老と言ってもたかだか何十年、縄文時代を視野に入れれば、長老も新参者もないんだな。ホンの瞬間だけ、この土地に住んでいるに過ぎないと見えてくる。その土地の歴史を知ると、土地への愛着が湧いてくる。そして、自分が生まれたことにつながりという意味が見いだせるようになる。

別室のギャラリーでは現代アートの展示がおこなわれていた。オーナーが画家時代に描いた絵も展示されている。水玉のような透明な球体が描かれていて、いろいろなイメージをふくらませる。現代と古代が静かにつながりながら、生命の息づいているステキなギャラリーだ。

すっかり日の落ちた帰り道、ネオンも街灯もない真っ暗な夜空に、オレンジ色の月がかかっていた。「おなながすいたね」と大通りに面したお煎餅屋さんでお煎餅を買うと、夜道をこれ幸い、歩きながら食べた。黒豆入りと、チョッピリ甘いのと、Y子さんと半分ずつ。こういうときの食べ物ってしみじみおいしい!

新しい広がり、また何か始まりそう…。

(クラフト&ギャラリー「風画」048-625-0521)月火休み

喫煙は病気?

051018_1509002雨上がり。小さな水滴が葉に。

今日の東京新聞夕刊の一面に「喫煙は『病気』です」の大きな見出し。

ナニナニ?喫煙が病気の原因であることはわかるけれど、「喫煙=病気」とはどういうこと?と、記事を読んでみると…

なるほど、日本は先進国の中でも成人男性で47%と喫煙率が高いのだそうだ。そこで現状を改善するには、喫煙そのものを病気と位置づけて、すべての医師が患者の喫煙を把握して治療を進めようと言うことらしい。「喫煙病」という見方に立って治療しようということだ。

とここで、この間観たビデオを思い出した。

映画「コンスタンティン」、コミックを原案に、CGを駆使した現代版エクソシストといった感じの映画。まだ観ていない方のためにストーリーは内緒。(と言いつつ、以下、多少のネタバレあり。)ここは、映画の内容よりも「タバコ」で思い出したことをちょっと…。

この主人公ジョンは15才からのヘビースモーカーで肺ガンを患い、余命1年。そのジョンが、何かというとタバコを吸う。たばこを吸うシーンの連続で、見ているこちらが「ちょっと吸いすぎじゃぁ」と声を掛けたくなるくらい。作戦を練るときに吸い、人と話すときに吸い、車を待つときにも、とにかく何かというと吸っている。そしてまた、ポイポイと吸い殻を捨てる。道ばたに捨て、ビルの窓からも捨て…。(もっとも、昔の映画はみんなそうだったけど。)

最後のビルの屋上のシーンで、ジョンが夜空に向かって、聖書の一節を口ずさみ、口に何やら放り込む。初めてたばこ以外のものを口にしたなと、見ながら思っていた。あとで気づいた。そうだ、あれは禁煙ガムなのだ!

キリスト教や西洋の文化に詳しくない私だけど、それなりに面白かった。お目当てはキアヌ・リーブスだったから、ストーリーの展開そのものはあまり気にならなかったというのもあるかも、ね。最後の禁煙ガムにはちょっとコけたけど、むしろホッとした。この映画、もしかしたら「禁煙しましょう」という監督のアツ~いメッセージが込められていたのかも!?

ススキとシラサギと

以前、電車の窓からシラサギを見た話を書いた。それ以後トンと見かけなかったのだが、先週稲刈りが終わった田んぼのあぜ道に4~5羽が並んで留まっているのを見た。白くて細いその姿は、遠目にもクッキリと鮮やかだった!

私が気づかなかっただけで、もしかしたら時々こうして田んぼの周辺に舞い下りていたのかもしれない。シラサギといえば、私は小学生の頃、東海道線の車窓からよく見かけた。当時は今のように線路際まで宅地が迫っていることもなく、緑深い小高い丘が連なって車窓の視界をふさいでいた。

窓から見ると、その小高い丘の間に田んぼが立ち現れては、そこにシラサギが留まっていたり、丘の中腹に舞っていたりしたのを目にしたものだ。当時は戸塚や大船あたりを通過するところでよく見かけた。

先週、私がシラサギを見たのは、東京から1時間足らず、さいたま市の周辺だ。いずれにしても、シラサギのいる風景、何だかホッとする。

そういえば先週は、土手一面がススキに覆われてきれいだった。しかし場所によっては、ドンドン黄色い花のセイタカアワダチソウに浸食されているようだ。植生が同じなので、外来種で過酷な条件でも育ちやすいセイタカアワダチソウにススキが押されているのだ。

土手の両岸を埋める植物の中では、昨年よりも黄色の分量が増えた気がする。ススキがセイタカアワダチソウに取って代わられたのだ。土手の片側がビッシリ黄色一色に染まっている風景もあった。一見美しいが、わずかに残るススキの貧弱な状況を見ると、何だか淋しい気もする。その土地にはその土地にあった植物が一番自然の風景ともマッチして、見る者にも安心感を与えてくれる風景になるのではないだろうか。

外来動物の国内持ち込みや飼育を制限する法律ができたが、植物も早めに手を打たないと、アッという間に日本の風景まで変わってしまいそうな気がする。そして一度変わってしまったら、そう簡単に元には戻せないだろう。

「風景は文化」だと建築家の安藤忠雄は言う。ということは、「シラサギ」も「ススキ」も里山に連なる文化の一部ということになる。大事にしたいなと思う。

秋の木の葉とギター♪

051012view 051012view2                         051012shimokanan

  公園には

色づき始めた葉が、

とりどりのモチーフを

 作っていました。

                        キンモクセイの香りも…。

            ☆ ☆ ☆ 「音祭り」のプロローグ? ☆ ☆ ☆

           ~ご案内~

      <第2回 2200kmを結ぶ!音祭り> 

― 今こそ、私たちの感性を呼び覚まし、人の心とつながろう ―

日時: 2006年1月14日(土)15:30開場 16:00開演
場所: 埼玉県県民活動総合センター(埼玉県北足立郡伊奈町)            
出演者:歌と演奏 
    ●下地勇
    (宮古島方言で人間を、現代を歌う、シンガーソングライター)     
    ●下館直樹
    (多彩なギターによるエンターテイメント、ギタリスト・作曲家)     
    ●ボディ・パーカッション指導 川口佳楠

主催: セレニティ・カウンセリングルーム

料金: 前売り\2,800 / 当日\3,000 / 小学生以下のお子さん半額 / 3才未満無料
    (税込み・当日受付順に座席指定)

チケット入手方法:
    ●電子チケットぴあ Pコード 213-118  Tel 0570-02-9999
    ●セレニティ・カウンセリングルーム Tel/Fax 048-666-1890
                                    

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ★セレニティ・インターネット割引料金\2,500(枚数限定)
  ホームページhttp://www.serenity.jp の「お知らせ」
  をご覧の上、お申し込みください。 

……………………………………………………………………………

<プログラム予定>

■第一部【 下館直樹 】                         

■【ボディ・パーカッション】指導:川口佳楠
        
■第二部【 下地 勇 】                         

■第三部【下地・下館 ZUMI セッション】

……………………………………………………………………………
    

チラシができたヨン!

otomaturitirasi

ジャーン!

反射でうまく撮れなかったんですが、大体イメージはおわかりいただけるでしょうか?

私の頭の中にある音祭りの色、そして身振り手振りも交えて説明するイメージを、デザイン事務所のスタッフの方達が、とってもうまく表現してくださって気に入っています。

私は言語よりもイメージで捉えるのが性に合っているようで、視覚化されるとものごとがよく理解できるようになるみたいなんです。ああ自分の思っていることはこういうことなのか、ってね。

な~んて、勝手な自分の世界に入り込んでしまっていますけれど、これはホントに大勢の方と分かち合いたいお祭りなんです。一人でも多くの方が参加して楽しんでくださったら嬉しいなと、心から思います。

このブログを読んでくださっている方の中に、お近くにお住まいの方がいらっしゃいましたら、ぜひお出かけくださいませ(会場は埼玉です)。もちろんご遠方の方も大歓迎ですよ。友人のIさんが愛知県から「行きますよ~!」と言ってくださったのには感激しました。でも「それまでにぜひ仕事で安定していないと。」と言っていらしたなぁ。どこもたいへんなご時世ですよね。

イベントの内容についてはまた別に書きますね。今日は感激のチラシのご紹介でした。

でも、チラシ一枚でこんなに喜んでいられるなんて、やっぱり「ノウテンキ」、かな?(友人に言われたんです。「さくら子さんのその、のうてんきがいい!」って。誉め言葉じゃないのに、誉められたと思っているんだから、やっぱりのうてんきか!

でもとにかくウッレシ~イ!!!みんな遊びに来てね~♪

続)アルモーメンホテルの子ども達

「目をパッと開けると、いつかは見えるようになるかなぁ?」イラク人の5才になる少年は、愛くるしい笑顔でその黒目がちのパッチリした目を見開いて母親に尋ねた。が、少年の右目はすでに摘出手術をして義眼だ。やがて検査で左目への転移が見つかり、左目も摘出手術をすることになる。

別のイラク人の少女は、生まれたときからずっと病気で、病院以外で遊んだことがないという。少女は母親を相手に、人形ゴッコをする。自分がお医者さんになって人形に注射をしてあげるのだ。

母親「何のお薬ですか?」少女「抗生物質です。この患者さんは白血病なんです。」………

遊び終わって、ベッドに横になる少女に母親は尋ねる。「なんでお人形に治療してあげるの?」少女「治療してあげるとお人形が元気になる気がするの。」

           ………………………………………………………

「アルモーメンホテルの子ども達~ガンと闘うイラクの家族」(NHK総合テレビ10/6再放送)は、湾岸戦争以来、イラクで急激に増加している小児ガンや白血病の治療のために、隣国ヨルダンを訪れる親子を取材した番組だ。

イラクでは湾岸戦争以来、小児ガンが急増している。米軍が使った劣化ウラン弾が原因とみられる。アメリカは否定しているが、現実には他地域の8~10倍の発病率だという。

国連の環境計画も「(湾岸戦争後の)これだけの被害は『相当な量』を使わなければ出ない。今回のイラク戦争でも、分析の結果、相当な量の劣化ウラン弾が使われた可能性があり、しかも現在も町中に放置されている破壊された戦車などから、放射能が放出されている。」と警告している。

映像では、人々の往来する横に戦車があり、その上で子どもが手を振っている。

しかも、イラクは未だに戦闘状態が続き、医薬品も人手も設備も足りない。子どもの治療費と滞在費を捻出するため、親は家財を売り払う。そしてイラクに残った家族とバラバラになりながらも、子どもにできるだけの治療をと願う母親、父親は、隣のヨルダンの専門病院に子どもを連れて行く以外にない。病院に近いアルモーメンホテルには、そうした治療のために滞在する親子が何組も泊まっている。

戦争の悲劇をテレビで見ながら、この悲惨な子ども達の現状に自分も責任の一端があると思うと、いたたまれない気持ちになる。海上自衛隊が米軍に給油し、沖縄の米軍基地からイラクへと戦闘機が飛び立っている現実。それなのに私には止められない。税金もそんなことに使われていると思うと、とてもくやしい。

「アラブの子どもとなかよくする会」を通じて、ほんの少しだけれど医薬品購入のための寄付をしたりしている。だけど負わなくても良い傷を負い、ならなくても良い病気になっている子どもにとって、私のしていることは何なのだと思う。上から爆弾を落としておいて、いっぽうでクスリを届けようとしているなんて…。

子どもの笑顔はどんなときも人に平和と希望をくれる。子どもの笑顔があるから、私たちおとなも生きていて希望が持てるのだと思う。そんな子どもの笑顔に報いる方法を見つけなくてはと思う。

「アルモーメン]…アラビア語で「神を信じる人々」

アルモーメンホテルの子どもたち

今日二つ目のダイアリーです。(スゴイ!二つも。)、と言ってもこちらはお知らせです。

下記のメールはメーリングリストから送られてきたものです。(この番組は、以前BSで放送されたもの)8月28日に再放送予定があるとは聞いていましたが、衆議院解散で突然流れてしまいました。突然、それもNHKの担当者も知らされないくらい突然だったんですね。

このブログの2005年9月22日のダイアリーをお読み下さい。深夜でテレビが見られない方のために。

-----------------------転送元のメール-----------------------

みなさま

お世話になっております。
先日は、NHK総合テレビでの再放送がとんでしまって申し訳ありませんでした。
私も知ったのが放送当日でした。ご迷惑をかけて本当にすみません。

今回、再度、総合テレビ(BSでなく、ふつうの、、)での再放送の知らせが
きましたのでお伝えいたします。

「アルモーメンホテルの子どもたち~がんと闘うイラクの家族~」
  10月06日(木) 総合 00:25~01:15

日付は「6日」となっておりますが、感覚としては「5日(水)の夜遅く」
と考えていただいたほうがまちがいがありません。
深夜ですが、よろしくお願いいたします。

                        NHK
                           〇 〇 〇

尾道「灯り(あかり)祭り」

東京新聞のコラムに尾道の「灯り(あかり)祭り」が紹介されていた。尾道は母の郷里だ。そう言えば母は大橋ができたとき、ニュースを見ながら「あら、まあ。」と驚き感心していたなぁ。母が子どもの頃、泳いで渡った島々の上をドッカリとまたいで、立派な橋がかかってしまったのだもの、「あらまあ」は実感だったろう。

その母がこの「灯り祭り」の盛り上がりを知ったら、やっぱり「あらまあ」かもしれないが…。

コラムの執筆者、尾道市立土堂小学校の校長陰山英男さん(百マス計算の指導で有名)は、尾道を「穏やかな日本を今に伝える美しい町」であり、「その風情を維持するための人々の努力」が、この「灯り祭り」だという。

灯り祭りは、昔、寺の参道を市民が紙のぼんぼりに明かりをともして照らした風習を、今によみがえらせようというものらしい。しかも今年は3万個のぼんぼりを、市民ばかりか、学生や小学生も一緒になって作り、灯し、ギネスブックに登録というところまできているという。

地元商工会議所主催で市民総出のお祭りらしい。電気でのライトアップとはひと味違った、尾道の人たちのゆったりとした優しさを感じさせるお祭りという気がする。

何しろ、風に吹かれ、雨に濡れたらおしまいという紙製の3万個ものぼんぼりを、明かりをともして並べるだけでも大変な作業だ。尾道は坂の多い町、その石段の一段一段に並べていくのだから。それこそ人手がなくてはできない。こんなに手の掛かるぼんぼりを作って、町中のお寺の入り口に灯そうという感性と心意気、何だかほのぼのと嬉しくなる。毎週土曜の灯り祭りに加え、11月5日にはもう一度3万個のぼんぼりがともされるそうだ。

こちらも個人のページの灯り祭り。

「シンデレラマン」

papurika-harf papurika-harf2 パプリカに包丁を入れてから、あまりの切り口の鮮やかさに、思わずシャッターを。切り口は写真に撮るとちょっとグロテスクな感じがしないでもないけど。地元埼玉産のパプリカだ。柔らかく、甘みがあっておいしかった!

先日、「シンデレラマン」という映画を観た。1920~30年代のアメリカ、ボクサーのジェームズ・J・ブラドックがリングを下りて数年、貧乏暮らしから抜け出し、家族の窮状を救おうと、再びボクサーとして挑戦するという実話をもとにしている。基本的に殴り合う映画はあまり好きではない。見ているだけでも痛そうで、つらい。(「パッチギ!」も痛そうだったなぁ。)

にもかかわらず、いつのまにか引き込まれて見てしまった。

時代背景は、折しも株価の大暴落から世界大恐慌の中、ブラドックも港湾労働者として日銭を稼ぎ家族を養うが、その日の食事さえまともに食べることもできない貧乏暮らし。そこから「人生を変える」ために、旧友のマネジャーの助けもあって、家族を養うために再びボクサーとして挑戦する決意を固める。妻や子ども達との心の絆、父親としての心情、マネジャーや周囲の人間関係など、家族や人間が丁寧に描かれている。

1929年の株価の大暴落、それによる不況、失業者の増大、社会不安。労働者の権利回復へと組合を結成しようとした仲間は、警察と衝突して袋叩きにされ死んでいく。

見ているうちに、何だか身につまされる話に思えてきて、他人事ではない気持ちだった。日本もこのままいけば、近い将来これに近い状況に陥るのでは…と。

そんな中、映画での救いは、家族が貧しい中でもいたわり合い、近隣を大事に暮らしていることだ。

あるとき、長男が肉屋からサラミを盗んだ。ブラドックは長男に諭す。「どんなに貧しくても盗みはするな。約束してくれ。」「お父さんも約束する。どんなに貧しくても、子どもを親戚の家に預けることは決してしないと。家族をバラバラにはしない。」

長男は、友だちが親戚の家に預けられ、家族がバラバラになったのを見て不安だったのだ。父親は盗みの裏の長男の心情をしっかりと受けとめていた。

「シンデレラマン」とは、当時のジャーナリストの記述だ。貧乏から一夜にしてはい上がって、タイトル戦に賭けるブラドックを、市民は希望の星として熱狂的に応援する。自分たちの夢を叶える人として。そうした熱狂振りも、私たちの周りの状況となんだか似ている気がした。何かうっぷんを晴らしてくれるものを待ち望み、そしてわずかでもそれがかいま見えると、アッという間に盛り上がる。場所も時代も関係ない。人が考えることはたいして違わないんだなぁと痛感した。

« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »

2014年6月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30