« 笑顔が増えることは | トップページ | 秋の夜長 »

希望とユーモア

050809_1046002 8月の初めに、畑の隅で撮った写真。花のように見えるのは葉っぱです。

希望とは絶望の中から生まれるのではないかなぁ…などと、この数日何となくそんなことを思っていた。絶望的な状況の中でこそ、希望が生まれるというか、どんな小さな光でも希望になりうるというか…。

そしたら、皆考えることは同じなのだろうか。あるメーリングリストに魯迅の『希望』からこんな言葉が引かれていた。(筆者は「自然と人間」の若い編集長、熊谷伸一郎さん)

…………………………………

「希望とはもともとあるものでもないし、ないものでもない。それは
ちょうど地上に道ができるのに似ている。みんなが歩くから道が
できる。希望とはそのようなものである。」

…………………………………

そして、ドイツ在住のジャーナリスト梶村太一郎さんは、同じ魯迅の『希望』から次の言葉を。

「絶望の虚妄なること希望に等し」

片山訳では:
「絶望が虚妄であるのは、まさに希望と同じだ」
(梶村「鏡のある風景」『侵略の証言』306頁にあります)

これは、わたしが危機の時に引用する魯迅の言葉です。

………………………………

熊谷さんは、今こそユーモアが必要だとも書いている。そう言えば、「夜と霧」の著者フランクルは「笑い学会」の提唱者と聞いたことがある。最初に「笑い学会」と聞いたときには冗談かと思った。臨床心理関係の研修会で、講師の口から聞いたのだが、提唱者がフランクルと聞いて、冗談どころかその意味の重さに気づかされた。

希望ユーモア、本当にこういう時代だからこそ、いっそう大切にと思う!

« 笑顔が増えることは | トップページ | 秋の夜長 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

さくら子さん!まだまだこんなのを絶望なんて言ったらいけないよ。
ひとりではないんだから。

魯迅の言葉、さすがですね。

ハイ!大丈夫っす!

絶望は大げさね、ゴメン。いつも希望だけは忘れない「のうてんき」さくら子ですから。

☆さくらこさん

カツ入った(笑)?
ごめん!ほんとは私も落ち込んでたのよ(笑)

熊谷伸一郎さんの『なぜ加害を語るのか 中国帰還者連絡会の戦後史』 岩波ブックレット、最近読みました。

1月のコンサート楽しみね♪

コンサートの準備、着々と進んでますよ。今、チラシデザインの段階です。来月半ば頃にはできあがるといいなと思っています。
私のイメージをデザイナーさんがどんなふうにまとめてくれるか、とっても楽しみです。

むしろデザイナーさんの感性で、逆にインスパイアされるのを期待してます♪請う、ご期待!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73432/5960377

この記事へのトラックバック一覧です: 希望とユーモア:

« 笑顔が増えることは | トップページ | 秋の夜長 »

2014年6月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30