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講談「チェルノブイリの祈り」

講演会の続き、後半に行われた講談「チェルノブイリの祈り」(語り:神田香織)の
感想を。

チェルノブイリ=チェルノブイリ原発の事故と言えば、ちょうど私が子育て真っ最中
の頃、1986年4月26日のことだ。
この日付は、後に学習したことで強く記憶に残ったものだ。つまり、「チェルノブイリ」
以前と以後では、地球の状況は一変したという科学者の指摘を読んだからだ。

どういうことかというと、地球全体が放射能に汚染されてしまったということだ。
もちろんそれまでも原爆や度重なる核実験などで汚染されてはいたが、その規模
においてチェルノブイリ事故はそれまでの比ではないと、指摘された資料を読んだ
記憶がある。目に見えないが、空気は1986年4月25日までの空気とはまったく別
物になったのだ。

昨日までの地球と違う、かつて経験したことのない地球になった日が、1986年4月
26日なのだ。広島型原爆の1,500倍の放射能が原子炉建屋の爆発により一気に
放出され、8000キロ離れた日本にも、放射能は雨とともに降り注いだ。もちろんヨー
ロッパにも、アジアにも。ヨーロッパアルプスの雪解け水も危ないと言われた。
(飲料エビアンはどうなのだろう?)

北欧では食料のトナカイが汚染されたとして殺して埋められた。販売を禁止された汚
染ミルクを、発展途上国へ売りさばこうとしたドイツの業者が摘発されたりもした。
当時、我が家の子ども達も牛乳を飲んだが、あの牛乳も日本で汚染された牧草を食
べた牛の乳が原料だった。どんなに気をつけていても防ぎきれなかった悔しさを今も
思い出す。もちろん、事故後、食べ物の危険性について国から何の警告もなかった。

国が何日も経ってから、「もうチェルノブイリ事故の直接の汚染期間は過ぎた」と発表
したことで、「え、危険な期間があったんだ!」とわかっただけだ。私たちはまたしても
大事なことを知らされていなかったのだ。

神田香織さんの講談に話を戻そう。
神田さんも糸数さんと同じく、自分の体験に基づく強い動機が語りの根底にある人だ。
サイパンを訪れたとき、現地で過去の戦争の悲惨な体験を知り、これからは二度とこ
うした悲惨なことが起こらないように、そのために講談を語っていこうと心に決めたそう
だ。

ところが、沖縄、広島、長崎と資料を調べるうち、自分がどんどん落ち込んで、苦しく
なっていく。そんなとき、原爆資料館に並んだ「はだしのゲン」を手に取り、一気に読
んだ。過酷な体験をくぐってもなお希望を抱いて進むゲンの生き方を語ろうと思うに至
り、以後は「はだしのゲン」を講談で語るようになった。

その後、ある集会で「チェルノブイリの祈り」の原作をある人から渡された。それでも
すぐには読めなかったという(追体験し、真向かいになっているからこそブチ当たる壁。
神田さんの凄さだと思う。)。しかしある時ふと手にして読んでみると、そこに書かれて
いるのは、「愛の物語」だった。
以後、神田さんはチェルノブイリ事故を巡っての「愛の物語」を語ることで、事故その
ものを浮かび上がらせ、メッセージを送り続けている。

「チェルノブイリの祈り」(原作:スベトラーナ・アレクシエービッチ原作・松本妙子訳)
ワシーリー・イグナチェンコは、事故直後真っ先に原子炉火災の消火に当たった消
防士のうちの一人だ。若い夫とその妻リュドミーナの、夫が亡くなるまでの2週間あ
まりの交流を、10年後(だったかな?)の妻がインタビューに答えて振り返る言葉と
して描かれている。

「何を話しすればいいのかわかりません。死について、それとも愛について
私たちが体験したことや、死については、人々は耳を傾けるのをいやがる。恐ろしい
ことについては。
でも、…私があなたにお話ししたのは愛について。
私がどんなに愛していたか、お話ししたんです。」(妻 リュドミーナ・イグナチェンコ)

夫も妻も廻りの消防士達も市民も、何が起こったのか知らされないまま、放射能に汚
染した。夫に近づいては危険だと制止する声も振り切り、6ヶ月の身重の妻は夫の看
病を必死に続けた。他の消防士は看護師が手当をしていたが、妻は何もかも自分で
やった。スープ作り、さまざまなつきっきりの処置、排泄物の始末も、それさえ彼女に
は嬉しかった。

毎日皮膚の色が変わり、形相も変化する、正視に耐えない病状の夫を励ましながら。
夫も妻との約束のカーネーションを枕の下からそっと取り出す。
見えなくなった目の夫と頬をくっつけながら、星空を見て、妻はこのまま時が永遠に
続いてくれたらと祈る。本当は、夫は触れることもできないほど、高濃度に汚染され
ているのだ。

お腹に赤ちゃんがいるのにどうして危険なことをするのか、と語りを聞きながら私は
最初のうち釈然としなかった。せめてお腹の子を守ろうとするのが、親のとるべき態
度ではないのかと。

しかし、語りを聞くうち、人の行動とはそんなに理性で割り切れるようなものではない
と思ってきた。そう言えるのは、私が安全なところにいるからだ。
妻は本当にただ夫の側にいたかったのだ。それだけで精一杯だったのだ。彼女に
とって、一番自分に正直な行動であっただろう。夫にしろ、妻にしろ、個人を襲った
未曾有の衝撃から、自分たちを守る最後の選択だったろう。
事故は個人の人生を根底から覆した。しかしそれでも、夫婦の交流は最後まで破
壊されることはなかった。

私は、原発を止めるとか、事故を防ぐとか、汚染を拡大しないとか、それらはもちろ
ん最大限努力しなくてはいけない目標だが、それだけに目を奪われてはいけないと
思った。どんな状況においても人間としての尊厳を忘れてはいけないのだ。
そうでないと簡単に、<人の生死>や<心>といった目に見えない大事なものまで、
数字やデータに置き換えられてしまう危険があるだろう。

夫は、400レントゲンが致死量という放射線を、なんと1800レントゲンも浴びていた。
「君はオレンジが好きだろう?もらったから食べて。」と夫が勧めると、看護婦は食
べてはダメだと妻を止めた。夫の側に置いたものはそれだけで食べては危険な量
の放射能を浴びているのだ。

消防士が死ぬと棺は何重にもふさがれて最後は鉛の箱に入れられて、埋葬された。
それは人間ではなく、放射能に汚染された危険な「物」として扱われた。

話を聞きながら思い出したのは、㈱ジェー・シー・オー 東海事業所ウラン加工施設で
の放射線死亡事故(バケツを使った規定外の作業で事故)のことだ。写真週刊誌に
被爆者の治療経過を映した写真が掲載され、被害者に配慮が足りないと出版社が
非難されたことがあった。もちろん当時者への配慮はされなければいけないが、悲惨
な事故の実体を市民に隠したいという当局の思惑も感じる。事故の被害の悲惨さが
リアルに伝わってしまうから。実際私の目には、チェルノブイリの消防士ワシーリー・
イグナチェンコの病床での変わりゆく写真は、ジェー・シー・オー被害職員の写真(医
学学会での発表)と重なって映る。

私たちは真実を知る必要がある。同時に、少ない情報からでも想像する力が必要と
されている。

チェルノブイリのような大惨事にさえ、人の魂の輝きを消すことはできないということ
もまた事実だということを、「チェルノブイリの祈り」は思い起こさせてくれた。そして
その事実を希望として、同様の事件を起こす危険から一刻も早く抜け出す道をさぐら
なくてはいけない。終幕、東南海地震が起きたと想定して、語られる。

活断層上にある古い原発、もっとも危険と言われる浜岡原発が事故を起こし、5時
間後には東京上空に放射能が到達との警報。5時間で何ができるだろう?
日本脱出?空港までは大渋滞だろう。第一、情報確認までに数時間が経過するこ
ともありうるし、その情報が正しいかどうかも怪しい。本当に「チェルノブイリ」は他人
事ではない。

神田香織「チェルノブイリの祈り」4/27(水)東京深川江戸資料館


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