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今こそ「お笑い」

今日はまさに「春~!」って感じさせるお天気だった。
それなのに、ベランダで植木鉢に水やりした以外、外に出ないで一日が終わった。
明日は絶対外を歩いてこよう。(って、雨だったりして)

さて、まもなく入学式。いや、その前に卒業式があった。もう終わったけど。
NHKで都立高校卒業式での「日の丸・君が代」を巡る教育現場の現状を取り上げて
いた。いろいろなことを考えさせられたけど、最後に残った感想は、
「卒業式って誰のためにあるのかしら?」
あれでは生徒達がかわいそうだ。

3年間の高校生活の締めくくりを、晴れやかにみんなが心から祝えるような式で
締めくくることはできないものなのだろうか。
国旗や国家で教育の場を管理することの無意味さをつくづく思う。
それに国旗や国家を管理の手段にするなんて、国旗や国家に対しても、とても失礼
なことだと思う。国旗や国家を本当に大事にしたかったら、それを「踏み絵」になんか
できないはずだ。

そう言えば昔、君が代を覚え立ての我が家の小学生が、トイレで大声で歌っていた
っけ。エ?っと思ったけど、あれでいい。歌ってそんな自由があってこそ歌なんじゃな
いかな。国家も同じ。そうでない歌わせられる歌はなんだか悲しい。

「これを国家にしたい」と思うような歌、誰か作ってくれないかなあ。多くの人が心惹か
れ、口ずさむことのできる歌。歌は心から心へ伝わる。人から人へ伝わる。それが国
家になれば無理に歌わせる必要なんかない。自然に歌うことができる。

ある都立の音楽の先生が泣いていた。心と身体を分けて、指だけで伴奏すればい
いと言われたと。「音楽ってそういうものじゃないんです。心と身体がバラバラにされ
そうで耐えられません。」そうだよね、音楽って本当にそういうものだと思う。

突然ですが、マガジン9条ってごぞんじですか?
このサイトで元吉本興業の常務取締役だった木村さんが面白い提案をしています。
私もその精神に大賛成!決して茶化しているのとは違う。人が動くエネルギーが
何かを彼はつかんで提案しています。あとは、何がそのキッカケになるかです。

子どもミュージカル

一昨日は春の陽気に誘われ、知り合いの大学生がボランティアで手伝っている子
どもミュージカルを観に行った。演目は「はっち!」(ミツバチはっち)

梅やパンジーが咲き競う午後の日差しの中、会場となった体育館には、親子連れ
が続々とやってくる。両親と兄弟姉妹、おじいちゃん、おばあちゃんという具合に、
ほとんど地域のお祭りのようだ。私みたいに外部の人間は、チラホラという感じ。

前半は、ボランティアのお兄さんお姉さん達の歌と演奏。その後、総勢120名が参
加する子どもミュージカルが始まる。音楽、効果、舞台背景、ダンス、
振り付け、となかなか力がはいっている。いきいきと楽しそうだ。

ダブルキャストどころか、多い役だと6人が交替で一つの役を演じる。プログラム
を見たら、年齢1歳から幼児、小・中・高・大学生まで(大学生達は、出演する
子どもたちのサポート役で、照明、音響などを受け持つらしい)。

舞台から、手拍子を叩きながら子ども達が客席に下りてきた。私の脇を通り抜け
ていくときの表情がみんな笑顔だった。私もつられて笑顔になってしまう。手拍子
で見送っていたら、何人かの子ども達と目があった。ニコッと笑って、どの子もとて
も嬉しそうだった。

そういえば、子どもたちが小学校を卒業して以来、もう何年もこういう行事は観て
なかったなあ。周囲に子どものいない人には、この種の行事はまったく縁がない
ことが多いけれど、地域を通じて子どもとふれあう機会があるというのはいいな。

参加者の昼食の用意もボランティアのお母さん達が担当したらしい。人数を考えた
だけでも、さぞ大変だったことだろうと思う。
こう書くとさぞ統制がとれているように見えるかもしれないが、ぜんぜんそんなでは
ない。年中誰かが出入りするは、終始ゲーム機で遊んでいる子がいるは、受付の
机がひっくり返って大きな音を立てるは…と、たぁ~いへん!
それでも舞台は順調に進んでいく。(このバランス!スゴイ)それがまたいい。

司会者の話によると、毎回少しずつ発展しながら地域のイベントとして定着してき
ているらしい。次回は体育館ではなくホールでの上演に挑戦するのだとか。
知人の大学生は音響担当。終演後、後かたづけをする彼に「どうだった?」と聞い
たら、即「完璧です!」と弾んだ声が返ってきた。それ以外ない!と言いたげだ。
万事控えめな彼にしては大した自信に満ちた答えだ。なぜかいつもより一回り大
きく見えた。
それぞれの地域にいろいろな形で、地域交流の場があるといいなとつくづく思った。

講談「チェルノブイリの祈り」

講演会の続き、後半に行われた講談「チェルノブイリの祈り」(語り:神田香織)の
感想を。

チェルノブイリ=チェルノブイリ原発の事故と言えば、ちょうど私が子育て真っ最中
の頃、1986年4月26日のことだ。
この日付は、後に学習したことで強く記憶に残ったものだ。つまり、「チェルノブイリ」
以前と以後では、地球の状況は一変したという科学者の指摘を読んだからだ。

どういうことかというと、地球全体が放射能に汚染されてしまったということだ。
もちろんそれまでも原爆や度重なる核実験などで汚染されてはいたが、その規模
においてチェルノブイリ事故はそれまでの比ではないと、指摘された資料を読んだ
記憶がある。目に見えないが、空気は1986年4月25日までの空気とはまったく別
物になったのだ。

昨日までの地球と違う、かつて経験したことのない地球になった日が、1986年4月
26日なのだ。広島型原爆の1,500倍の放射能が原子炉建屋の爆発により一気に
放出され、8000キロ離れた日本にも、放射能は雨とともに降り注いだ。もちろんヨー
ロッパにも、アジアにも。ヨーロッパアルプスの雪解け水も危ないと言われた。
(飲料エビアンはどうなのだろう?)

北欧では食料のトナカイが汚染されたとして殺して埋められた。販売を禁止された汚
染ミルクを、発展途上国へ売りさばこうとしたドイツの業者が摘発されたりもした。
当時、我が家の子ども達も牛乳を飲んだが、あの牛乳も日本で汚染された牧草を食
べた牛の乳が原料だった。どんなに気をつけていても防ぎきれなかった悔しさを今も
思い出す。もちろん、事故後、食べ物の危険性について国から何の警告もなかった。

国が何日も経ってから、「もうチェルノブイリ事故の直接の汚染期間は過ぎた」と発表
したことで、「え、危険な期間があったんだ!」とわかっただけだ。私たちはまたしても
大事なことを知らされていなかったのだ。

神田香織さんの講談に話を戻そう。
神田さんも糸数さんと同じく、自分の体験に基づく強い動機が語りの根底にある人だ。
サイパンを訪れたとき、現地で過去の戦争の悲惨な体験を知り、これからは二度とこ
うした悲惨なことが起こらないように、そのために講談を語っていこうと心に決めたそう
だ。

ところが、沖縄、広島、長崎と資料を調べるうち、自分がどんどん落ち込んで、苦しく
なっていく。そんなとき、原爆資料館に並んだ「はだしのゲン」を手に取り、一気に読
んだ。過酷な体験をくぐってもなお希望を抱いて進むゲンの生き方を語ろうと思うに至
り、以後は「はだしのゲン」を講談で語るようになった。

その後、ある集会で「チェルノブイリの祈り」の原作をある人から渡された。それでも
すぐには読めなかったという(追体験し、真向かいになっているからこそブチ当たる壁。
神田さんの凄さだと思う。)。しかしある時ふと手にして読んでみると、そこに書かれて
いるのは、「愛の物語」だった。
以後、神田さんはチェルノブイリ事故を巡っての「愛の物語」を語ることで、事故その
ものを浮かび上がらせ、メッセージを送り続けている。

「チェルノブイリの祈り」(原作:スベトラーナ・アレクシエービッチ原作・松本妙子訳)
ワシーリー・イグナチェンコは、事故直後真っ先に原子炉火災の消火に当たった消
防士のうちの一人だ。若い夫とその妻リュドミーナの、夫が亡くなるまでの2週間あ
まりの交流を、10年後(だったかな?)の妻がインタビューに答えて振り返る言葉と
して描かれている。

「何を話しすればいいのかわかりません。死について、それとも愛について
私たちが体験したことや、死については、人々は耳を傾けるのをいやがる。恐ろしい
ことについては。
でも、…私があなたにお話ししたのは愛について。
私がどんなに愛していたか、お話ししたんです。」(妻 リュドミーナ・イグナチェンコ)

夫も妻も廻りの消防士達も市民も、何が起こったのか知らされないまま、放射能に汚
染した。夫に近づいては危険だと制止する声も振り切り、6ヶ月の身重の妻は夫の看
病を必死に続けた。他の消防士は看護師が手当をしていたが、妻は何もかも自分で
やった。スープ作り、さまざまなつきっきりの処置、排泄物の始末も、それさえ彼女に
は嬉しかった。

毎日皮膚の色が変わり、形相も変化する、正視に耐えない病状の夫を励ましながら。
夫も妻との約束のカーネーションを枕の下からそっと取り出す。
見えなくなった目の夫と頬をくっつけながら、星空を見て、妻はこのまま時が永遠に
続いてくれたらと祈る。本当は、夫は触れることもできないほど、高濃度に汚染され
ているのだ。

お腹に赤ちゃんがいるのにどうして危険なことをするのか、と語りを聞きながら私は
最初のうち釈然としなかった。せめてお腹の子を守ろうとするのが、親のとるべき態
度ではないのかと。

しかし、語りを聞くうち、人の行動とはそんなに理性で割り切れるようなものではない
と思ってきた。そう言えるのは、私が安全なところにいるからだ。
妻は本当にただ夫の側にいたかったのだ。それだけで精一杯だったのだ。彼女に
とって、一番自分に正直な行動であっただろう。夫にしろ、妻にしろ、個人を襲った
未曾有の衝撃から、自分たちを守る最後の選択だったろう。
事故は個人の人生を根底から覆した。しかしそれでも、夫婦の交流は最後まで破
壊されることはなかった。

私は、原発を止めるとか、事故を防ぐとか、汚染を拡大しないとか、それらはもちろ
ん最大限努力しなくてはいけない目標だが、それだけに目を奪われてはいけないと
思った。どんな状況においても人間としての尊厳を忘れてはいけないのだ。
そうでないと簡単に、<人の生死>や<心>といった目に見えない大事なものまで、
数字やデータに置き換えられてしまう危険があるだろう。

夫は、400レントゲンが致死量という放射線を、なんと1800レントゲンも浴びていた。
「君はオレンジが好きだろう?もらったから食べて。」と夫が勧めると、看護婦は食
べてはダメだと妻を止めた。夫の側に置いたものはそれだけで食べては危険な量
の放射能を浴びているのだ。

消防士が死ぬと棺は何重にもふさがれて最後は鉛の箱に入れられて、埋葬された。
それは人間ではなく、放射能に汚染された危険な「物」として扱われた。

話を聞きながら思い出したのは、㈱ジェー・シー・オー 東海事業所ウラン加工施設で
の放射線死亡事故(バケツを使った規定外の作業で事故)のことだ。写真週刊誌に
被爆者の治療経過を映した写真が掲載され、被害者に配慮が足りないと出版社が
非難されたことがあった。もちろん当時者への配慮はされなければいけないが、悲惨
な事故の実体を市民に隠したいという当局の思惑も感じる。事故の被害の悲惨さが
リアルに伝わってしまうから。実際私の目には、チェルノブイリの消防士ワシーリー・
イグナチェンコの病床での変わりゆく写真は、ジェー・シー・オー被害職員の写真(医
学学会での発表)と重なって映る。

私たちは真実を知る必要がある。同時に、少ない情報からでも想像する力が必要と
されている。

チェルノブイリのような大惨事にさえ、人の魂の輝きを消すことはできないということ
もまた事実だということを、「チェルノブイリの祈り」は思い起こさせてくれた。そして
その事実を希望として、同様の事件を起こす危険から一刻も早く抜け出す道をさぐら
なくてはいけない。終幕、東南海地震が起きたと想定して、語られる。

活断層上にある古い原発、もっとも危険と言われる浜岡原発が事故を起こし、5時
間後には東京上空に放射能が到達との警報。5時間で何ができるだろう?
日本脱出?空港までは大渋滞だろう。第一、情報確認までに数時間が経過するこ
ともありうるし、その情報が正しいかどうかも怪しい。本当に「チェルノブイリ」は他人
事ではない。

神田香織「チェルノブイリの祈り」4/27(水)東京深川江戸資料館


愛する者を人は滅ぼさない

二つの良い話を聴いた
①講演「明日に向かって沖縄の心を世界に」(参議院議員・糸数慶子
②講談「チェルノブイリの祈り」(講談師・神田香織) 
(「戦後60年女たちが呼びかける いまこそ平和を!」主催婦人民主クラブ
ふぇみん創立59周年講演と講談の集い)

たくさん書きたいことがあって、何から書いたらいいか。

まず二つの話に共通していることは、お二人とも、強い動機があってそれが日常
の政治活動や表現活動の原点になっているということ。
借りてきた理論や頭の整理によって動かされているのではなく、日頃の実感から、
そうせざるを得なくて行動していることが、地に足の着いた活動に結びつき、それ
が聞く者に強く訴える言葉になっていることをひしひしと感じた。

今日は糸数さんの話を聞いて得た情報や、感じたことを書いてみたい。

糸数さんは、昨年の参議院選挙で沖縄から全野党共闘によって国会に送り出さ
れた元県会議員だ。その前は沖縄の平和ガイドに長年携わっていた。
若い頃、ガイドの途中でお客さんに問われたそうだ。「あなた自身の戦争体験は
?」その時に答えられなかった自分を恥じ、お母さんから初めて過酷な戦争体験
を聞いたという。

糸数さんのお母さんは、年寄りと女性と子どもだけになって(男は兵隊にとられた
り、亡くなっていた)山での避難生活を送るうち、赤ちゃんを亡くし、直後に3歳の
息子さんも失う。半狂乱で、子の亡骸を背負って山に逃げ、何日もの捜索のあげ
くに発見される。が、それでもわが子の死を認められず、埋葬するのを拒否したと
いう。その亡骸は正視できないほどの腐乱した状態であったそうだ。

糸数さんは言う。こうした体験は私の家だけではない。当時の人口の4人に一人
が犠牲になっているのが沖縄だ。
ガイドをしていると、中にはこんな質問を受けたこともある。
「殉国の士をなぜ賛美しないのか」とか、中には「嘉手納(米軍基地のある)に住
みたい」という人もいた。米軍は基地の中は守るけれども、基地の外は守らない
のが現状なのに。

沖縄と言っても決して一枚岩ではない。名護の商工会は経済効果をねらって国
に陳情に行っているし、本土の大手ゼネコン関連の人たちは国の政策を歓迎する。
こんなふうに、同じ土地の者同士が国策によって二分されているのが沖縄の現状
だ。(これは原子力政策による原発立地地域の現状と同じだ…私のつぶやき)

<講演を聴いて、しっかり意識しておきたいと思ったこと二つ>
当面、現状を考える大事な手がかりになると思われる具体的なことを二つ。

(その①)
・米軍基地は非常に危険だということを、アメリカ自体が認めている。
それくらい危険度が高い。

糸数さんは、今まで、95年の米兵の少女暴行事件など米軍の事件が起きるた
びにアメリカ本国に申し入れを行ってきた。県議時代・去年・そしてヘリ墜落事
件後と。

以前は、その度に「訴えるところが違う。自分の国に訴えなさい。」と言われてき
た。ところが、沖縄国際大学のヘリ墜落事件後、同様にアメリカに訴えたら、今
回ばかりは違った。
「危険は認識している。何か起きれば日本から米軍は撤退しなくてはならない認
識を持っている。」と国務省の役人が言ったというのだ。
私たちは、アメリカ自体が認めるくらい、いつ何が起きてもおかしくない危険な状
況の中で暮らしているということだ。

(その②)
・「思いやり予算」がいかに異常に大きな金額であるかということ。
(福祉や教育の予算が削られている中、本当に信じられない額だ…私の感想)
日本が米軍に支出している額は、なんと、世界中のアメリカ軍基地を置いている
国々の支出額を全部合わせた額の1.6倍だというのだ。
(そう言えば新聞にも載っていた。米兵一人当たり年間1,200万円だとか。)
フィットネスセンターの建設費や水道代等の維持費も入っているそうだ。

最後に糸数さんは言う。
沖縄は、よく太平洋の要石と言われるが、これからは軍事基地としての要では
なく、自然・文化・歴史を生かした平和のキーステーションとしての要でありたい。
琉球王朝の武士は刀を持たなかった。
ナポレオンは「東洋に信じられない島がある」と言った。

日常の中で、戦争につながるもの一つひとつに細かく目配りしていくことが大
事だ。
糸数さんは、自著「いのちの声」に引用した永井隆博士(長崎原爆の被災者の
救済にあたった医師、自らも被災者)の言葉を読んで、話を締めくくった。

永井博士はこのときすでに、今日の憲法改正の動きを予測していたのかもしれ
ない。そうした危機意識に立って、二人の博士の子ども達に思いを伝えている。
将来、憲法から(武力放棄の)条項を削れという声が出るかもしれない。
そうなったとき、おまえ達だけは、たとえ世界中で二人だけになったとしても、それに
反対する人になってほしい。愛されるようにしなさい。愛する者を人は滅ぼさない。

オオカミは牙を持つがゆえに滅ぼされてしまったが、鳩は滅びなかった。…」
(私の要約)本文はもっと心にしみる美しく説得力のある文章だ。
………………………………………………………………………………………
以上、メモを頼りに思い出すまま書いたもの。糸数さんの話を聴く機会があったら、
ぜひ実際に聞いていただけたらと思う。子を思う親の心情に貫かれた行動の力
強さを感じさせられる。国会でもぜひがんばってほしいと思う。
(明日の月曜日は首相への質問時間が5分与えられたそうだ。)
神田さんの講談については次回。

お二人の話を聴いて改めて思う。
テーマは重くても、きっぱり主張し温かい心情で動いている人たちは実に爽やか
で気持ちよい。静かな勇気と心の平和をもらえる。

ふきのとう

「ふきのとう」と聞いて、あの浅い緑色の植物が土から顔を出した様子を
思い描いた人は、ロマンチストね、きっと。

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私なんぞ、「ふきのとう?天ぷらがいいなあ」、ですから。
というわけで、今日はふきのとうの天ぷらを揚げました。
香りの物は、ニンジンや大根やほうれん草とは違って、
食べなくても食卓が淋しいわけじゃないけど、やっぱり
あると嬉しい季節の味と香り。

というわけで、ミョウガやふきのとうやタラノメなど、見つ
けるとつい手に取ってしまう。でも、この量でこの値段、
と思うと、ニンジンや大根の量に換算して、そっと棚に
戻すいじましさ。
しかし、今日はふきのとうがトレーにいっぱいで200円!
外側のハカマ(?付け根の部分の厚い葉っぱ)をむしっただけで、もう途端に台所
が季節の香りに包まれる。

ザルに盛っても、レンコンやサツマイモの横で浅緑色のふきのとうは日頃見慣れ
ない客人のような風情だ。「そう、<団子より花>の人だったら、食べる前に絵
を描くだろうなあ、この美しさ、このたたずまい。」
などと思いながら、<花より団子>組は、セッセと天ぷらを揚げる。

揚げたてを一口かじる。ほわっ、春だ、春!
たいがいの物は、目をつぶって食べるとおいしくないけれど、コレだけは別。
目を閉じると、香りと風味がいっそう鮮やかに舌に残る。

ちょっとした季節の楽しみに感謝、感謝!

さて、満足して夕食を終え、新聞に目を通す。
あら、ら、ら、ら…?
そんな、バカなあ~。

まずコレをお読み下され。
(以下、東京新聞3/23夕刊ノンフィクション作家吉田司さんの文章を参考に。)
<新聞紙又は雑誌の不法利用等の制限>の条項に次のように書かれている。

「何人も、国民投票の結果に影響を及ぼす目的をもって、新聞紙又は雑誌に対
する編集その他経営上の特殊の地位を利用して、当該新聞紙又は雑誌に国民
投票に関する報道及び評論を掲載し、又は掲載させることができない」

え~、これじゃ新聞も雑誌も存在する意味がなくなっちゃうじゃない!

しかも、まだある。
<予想投票の公表の禁止>では、次のようにある。

「国民投票に関し、その結果を予想する投票の経過又は結果を公表してはなら
ない。」違反すると(旧自民党案では「2年以下の禁錮」つまり刑務所に入れられ
てしまう)

新聞も雑誌も、憲法について考えたり、予想したりもできなくなるということ。
これではまさに暗黒時代だ。
そんな状況で何を頼りに私たちは憲法を考え、判断したらいいのだろう?

こんな無茶な法律が堂々と国会に登場するなんて、信じられない。
時代はここまで来てしまっているんだ。
メディアはもっともっと、本気でこの問題に取り組まないといけないんじゃ
ないだろうか。もちろん、私たち市民も、自分のことなのだから考えなくちゃ。

ふきのとうの季節を味わうことができるのも、平和なればこそ。

映画「西部戦線異常なし」のエンディング。
若い兵士が身を隠した岩陰に、一匹の蝶が飛んできた。
兵士が、目の前の蝶に思わずほほえみを浮かべて手を伸ばしたとたん、一発の
鋭い銃声。兵士は再び動くことはなかった。

ふきのとうの香り、私はこれからも安心して楽しみたいから、国民投票法案もしっ
かり見ていきたい。
(PS.「国民投票法案」という一見民主的を装ったネーミングにも要注意だ)

(続)フランスの高校生デモ

今日は気の合う仲間数人と、軽食とおしゃべりで時間を過ごした。
たびたびメールやファクスでやりとりしている間柄でも、やはり実際に会って話
をするというのはいい。人の交流の原点はやっぱり直接会って話をすることだ
なとつくづく思う。家族のこと政治のこと、いろいろな話題で時間はあっという
間に過ぎる。

これから若者が背負う社会的負担の大きいことの心配、高齢者になる私たち
世代の生き方についてなどなど、こうして文字にするといやに固い話みたいだ
が、そんなことはぜんぜんない。

お互いの経験と家族の歴史を交え話される内容は、生きた言葉として私たちを
惹きつける。異年齢で交流する機会の少ない若い人たちとも、あちこちでこんな
話ができたらいいなあと思う。

冗談に「親戚学」なんていう言葉も出た。
つまり、交流が少なくて、つきあい下手の若者に親戚とのつきあい方を教え
る学問だ。「えっ、どこの学校?」と思わず質問が出たくらい、現実味を帯びた
ネーミングなのかもしれない。

昼間、友人達とこんな会話をしていたら、さっき池澤夏樹さんのメールマガジン
が届いた。

池澤夏樹さんのブログ<022,3/21>に、2月のフランスの高校生デモの
様子と、デモを巡ってのフランスの一般市民の意識や行動について書かれて
いた。私も2月12日にここで「フランスの高校生デモ」に触れたので、とても興
味深く読んだ。

闇雲にフランスはいいなどと言うつもりはないが、上の文章を読むと、少なく
とも政治への市民の関わり方や意識のあり方については、外国人の私にも
納得がいく。市民の意識によって動かされる政治が、結果として必ずしも良
い結果を生んでいなかったとしても、市民が政治に関与し、自分たちの意見
を政治に反映させられるシステムがあれば、現状を変えていくことができるし、
その意欲も湧くというもの。

池澤さんも書いているが、日本でデモをすると惨めな気持ちになってくる。
道路の端を警察官に前後左右を挟まれて、信号を足早に渡らされたり、
立ち止まらされたり、道行く人や車からは、迷惑そうな目で、あるいは好
奇の目で見られながらのデモである。日本では市民の権利はどこに行った
のだろうと思う。

ある時こんな経験をした。
アメリカのイラク攻撃が激化した頃、アメリカ大使館前で抗議行動をしようと
続々人が集まってきたところ、警察官が市民を分散させるために、一部の
人たちが大使館前の道路を渡り終えると、そこで規制して道路を渡らせな
いように規制し始めたことがあった。一定人数が渡ったところで、それ以外
の人は道路の向こう側で警官に押し戻されている。人々が警官達に抗議
しているが聞き入れられない。

その時、白人男性の一人が英語でシュプレヒコールを始めた。
「Whose road? Our road!」「Whose road? Our road!」
次第に周囲の日本人も唱和した。確かにここは私たちみんなの道路だ。

そのうちその白人男性は、同じ言葉を日本語で何というのかと、周囲に聞
いてきた。日本人から聞いた彼は、日本語で声を上げた。もちろん日本人
も一緒に唱和した。
「誰の道路? 私たちの道路!」「誰の道路? みんなの道路!」

シュプレヒコールも具体的な言葉のほうが力が入る。
そのベースにあるのは権利意識だ。
「これは自分の生きる権利・基本的人権の表明だ」、という意識が具体的な
行動の一歩を引き出す。
「誰の道路?私たちの道路!」

若い仲間と近いうちに、こんなことを話題に話してみたいと思った。

駅の改装

ここ何ヶ月もかかっていた大宮駅の改装工事が終わり、そろそろ2週間になる。
先日乗り換えの途中で、ホームからホームに移動するとき、改装された場所を
通ってビックリ!ズラーッとお店が並び、まるでデパートの中のようにきらびや
かな造りになってしまっていた。服飾雑貨・食品・グリーンインテリア・花屋・喫
茶・食事の店などなど。

ホームからホームへ移動する時にお客を捕まえてしまおうという作戦か。
私の隣を歩いていた大学生くらいの男性二人連れが、
「え、なにこれ?またいらないもの売ってんじゃないの?」
「たべもの屋ばっか!」
と言いつつ通り過ぎていく。

ヘエー、意外にクールなんだ!
と聞き流しつつ、私もいったんは通り過ぎたのだけれど、電車の時間までまだ
ちょっと時間があるとわかり、引き返して、グリーンインテリアの店を覗く。
覗くというより通路からそのまま店の中が全部見えるようになっているから、
歩いていればイヤでも目に入る。

照明の具合で、グリーンがひときわ鮮やかだ。そのことを考えて買わないと、
家に持って帰ったときに、「ちょっと違うんじゃない、これ」ということになりそう、
なあ~んて、買いもしないのによけいな心配をした。
アジアンタムの細かな葉が光に映えてお客さんを誘い込む。
グリーンはどこで見てもいいもんですねえ。足早に行き過ぎる人の、せわしな
い気持ちがちょっとだけ和むかも。

その日は、それで電車に乗った。
2,3日してまた用事があって出かけたときは、今度は食べもの屋をチェック。
と思ったら、何だか知らないがその日はすごく混んでいる。ゆっくり見るのは
この次にしようと思い、ザッと一渡りどんなお店があるか見た上で、とりあえ
ずチョコレートケーキを買った。

いや実は、迷ったのです。抹茶かイチゴのロールケーキにしようか、向かい
の店のチョコレートケーキにしようかと。その時後ろから、「ここのチョコレート
ケーキおいしいのよね」と女性二人の話し声。
「そうだ私も最初そう思ったのよ」と、チョコに決めたという優柔不断さと目移
りの激しさ。

で、次回は近いうちにロールケーキを。
やはり春の間に食べたいな、イチゴの赤、抹茶のグリーン、白いクリーム。
春でなくてもいいけど、春だともっといい!春のケーキという気がする。

全然関係ないけど、彼岸に供えるお菓子を、秋は萩になぞらえて「おはぎ」、
同じ物を春は「ぼたもち」という。これは「ぼたん餅=ぼたもち」なんだと最近
知った。昔の人の何という季節感あふれるセンス!

それにしてもこんなにお店がいっぱいできちゃって大丈夫かしらとも思う。
(なんだか今日は話が支離滅裂)
一歩外に出ればデパートも小売店もある。そこへ持ってきて駅の構内にも
店ができて、やっていけるのかなあと、よけいな心配もしてしまう。
確かに買い物をすれば景気は良くなるのかもしれないけれど、もう飽和状
態では?

それに買い物の誘惑があっちにもこっちにもあると、さっきの若者じゃない
けど、クールに見る目も持っていないとたいへんなことになる。子ども・若者
への消費者教育も必要なんではないだろうか。
スウィーツの前にそんな辛口の感想も、チラッと持ってしまった。

とはいえ久しぶりのTのチョコレートケーキは◎!

女達は呼びかける…

(タイトルの案内は後半に)
今日はちょっとばかりバカをやった。
セミナーのために仮予約した会場を、日数もあまりないことだし、正式予約をし
に行こうと出かけたのだが、着いてみると何だかいつもよりやけに人も少ない
し静かだ。変だなと思いながらドアを入ろうとすると、ドアに張り紙が。
「本日は施設メンテナンスにつき休業」、あやややや…。

そう遠くないとはいえ、電車に乗り継ぎやってきたのに~。ガックリ!
しかし、そのまま帰っては時間と電車賃が無駄になる、と主婦感覚(?)が首
をもたげ、ちょうどいろいろこまごました物を買いたかったので、近くにある百円
ショップに立ち寄った。久しぶりに入ったら、やはり人気なのか、和風やアジアン
テイストの物が以前より増えている気がした。見てるとあきないですね。

たいがい何でもあるし、安いからつい買ってしまいそうになるのを、「本当ニイ
ルノ?」「欲シカッタノハコレナノ?」とか自分に確かめつつ、いったんカゴに入
れたのを戻したりしながら、それでもなんだかんだと1,800円にもなった。
必要な物を買ったのだからいいんだけど…。ということで、今度、会場の予約
に出かけるときは、百円ショップへの寄り道には要注意!

お知らせを一つ。
………………………………………………………………………………
ふぇみん創立59周年 講演と講談の集い
 戦後60年 女たちは呼びかける いまこそ平和を!

講演 糸数慶子さん 明日に向かって 沖縄の心を世界に 
講談 神田香織さん 『チェルノブイリの祈り』

2005年3月26日(土) 13:30~16:30  (開場13:00)

 女性と仕事の未来館 ’電話 03-5444-4151
(JR田町駅 都営三田線三田駅下車 )

戦後60年被曝60年として企画しました。

糸数慶子さんは 沖縄で基地・軍隊を許さない活動を続け、2004年から
は参議院議員として活躍中です。

神田香織さんは全国各地で講談「はだしのゲン」や『チェルノブイリの祈り』
の公演を続けていらっしゃいます。2003年の原発いらない全国集会で司
会を担当してくださったみなさまよくご存知じの方。「チェルノブイリの祈り」
の衝撃的なラストシーンは原作にないオリジナルです。

★参加費1500円(前売り1300円) 

前売り券は電話、FAX、webサイト、Eメールでも受けつけます。住所TEL
名前明記の上お申し込みください。当日受け付けでお支払いください。

主催 ふえぇみん婦人民主クラブ
ふぇみん婦人民主新聞
東京都渋谷区神宮前3-31-18
TEL03(3402)3244・3238 FAX(3401)3453
Eメール femin@jca.apc.org
URL http://www.jca.apc.org/femin/
………………………………………………………………………………
ほかにも3/19ワールド・ピース・ナウ
「終わらせようイラク占領・撤退させよう自衛隊」

3/20「いま歴史を問う」
など、平和を考え行動するためのイベントが集中しています。
一人ひとりの行動が大きなうねりにつながります。ご案内まで。

都立高校の卒業式

ちょっとご無沙汰でした。
インターネットのモデム交換でトラブルがあり、丸一日アクセスできなかったり
していました。日頃当たり前のようにメールをやりとりしていると、メール無しの
コミュニケーションの重要性や逆にメールのありがたみなど、いろいろ思いました。

さて、春ですね。駅や街に、卒業式の何となく華やいだような空気が流れています。
でも、ちょっと不安な空気もあるのです。報道では知っていても、現実の体験を聞か
されると、いよいよ自分にも身近な感じがします。友人のブログ読んでみてください

何のことかというと、今年の都立高校の卒業式です。先生方が、卒業式の日の丸・
君が代で教育委員会・管理職からさまざまな圧迫を受けている事は昨年当たりか
ら顕著になり、今年はさらに厳しく管理されてきたと聞いていました。

しかしそれにしても、卒業生の母親一人が、先生に思いを伝える手紙を書き、届け
る、それだけの行為すら警戒して警察まで持ち出して配布を禁じる学校は、いった
いどうなってしまったのでしょう。何を恐れているのでしょう。また、何を守ろうとして
いるのでしょう。学校は生徒自身が自分の頭で考え、心で感じることを、豊かに育
てる場であり、そうすることで初めて社会に有用な人材となっていくのではないで
しょうか。また自分自身の考えを持つことで、個人個人が生き生きと意欲を持って
学習することもできるのではないでしょうか。
管理し押しつけることで、指示に従うだけの人間を育てることは教育の名に値しな
いと思います。

折しも、日・米・中の高校生の意識調査結果が報道されています
それによると、日本の高校生は、学習意欲が低く、刹那的で、国を誇らしく思わず、
自己中心的な若者、との見方がされています。(産経新聞3/16ヤフーニュース掲載。
ただしリンクを貼ろうとしたら見つかりませんでした。)

この結果から「国(家)あっての自分」を自覚させる教育が必要であり、親には信念
調査を実施し、親を啓蒙する必要がある(森隆夫・お茶の水女子大学名誉教授・教
育行政学)んだそうです。(同上・産経新聞)

生徒の卒業に当たり、母親一人の真摯な言葉にさえ向かい合うことのできない校
長や副校長に管理される学校から、生き生きとした学習意欲や国に対する誇りを
持った高校生を輩出することは難しいでしょう。
管理を強め指示に従わせることはまるっきりやっていることが逆ですね。

若い彼等は、言葉は稚拙で勉強不足かもしれないけれど、また一見投げやりに見
えるかもしれないけれど、誰もその顔の下には意欲や希望を持っていることがわか
ります。
若い人が希望や夢を持てないとしたら、私たちおとなにはさらに希望も夢もなくな
ってしまいます。そんなのは淋しいなあ。
私が死んでもこの地球は緑のままで続いていってくれる、世界はより希望の持て
る方向へ若い人や子ども達が引き継いでいってくれる、そう思うから生きていて嬉
しいのです。夢や希望が湧くのです。

だから、おばさんはがんばるぞ!自分のために、若者と子ども達のために!
ささやかだけど、楽しく、ね。

「 Ti 」という緑

何となく部屋に緑がほしくて鉢植えを買った。
そしたらなぜか(ホントになぜだろう)、ド~ンと大きな鉢植えを買ってしまった。
「何でまた?」っと自分でも思うくらいの、室内に置いてみるとすごい存在感!
最初は圧倒されそうだった。けど、3日経ってちょっと慣れたら、あまり違和感はなく
なり、少しホッとした。
(何せ植物も生き物、そう簡単に放り出すわけにはいかない。)

アオヒロバとかアオセンネンボクとか言われ、ハワイではTi(ティ)と呼ばれて、
ごく身近な植物らしい。

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その名のとおり葉が幅広いから、ハワイでは食事のお皿
代わりに使ったり、食べ物を包んだり(日本の竹の皮や
経木みたいに使う?)、フラダンスのスカートや編んで
男性用のレイにしたり、ケガの応急手当に使うなど、
便利で実用的な葉ッパでもあるらしい。
それに平和と繁栄のシンボルだという。
かつ、生き生きと明るめの緑が美しい。

何よりその力強い姿形は、まさに「元気」そのもの。
この存在感は立派!
さて問題は、北側の部屋からこれをどうやって時々ひなたぼっこさせるかである。
目下の難題である。


歌声とメッセージ

昨日は原荘介さんのギターコンサートへ行った。
正式には「ステージ・デビュー30周年記念」のリサイタルだそうだ。
原さんは、昨年の音祭りで協力いただいたギタリスト下館直樹さんのお師匠さんだ。

加藤登喜子さんも、原さんの30年来の友人として出演。また、原さんは子守歌の研
究調査活動にも貢献されていると言うことで、NPO法人日本子守唄協会代表の西舘
好子さんが前半の子守歌の解説と司会をされた。

ギターの演奏もだが、原さんの歌には圧倒された。子守歌そのものを歌としてまと
まって聴くのは初めてだった。

竹田の子守歌、島原の子守歌など、知っている曲も原さんの歌によって詞や旋律の
味わいを改めて感じた。私にとってとりわけ印象に残っているのは「江戸子守歌」だ。
「江戸子守歌」とは、私たちにおなじみの「ねんねんころりよ、おころりよ、坊やの
お守はどこへ行た…」というあの歌である。

聴きながら、亡き父を思い出していた。子ども好きとは言い難い父だったが、それで
もなぜか孫を寝かしつけるときは、一生懸命子守歌を歌って寝かしつけてくれた。

ぎこちない手つきで抱きかかえ、うちの息子達を(3人がそれぞれ赤ちゃんの時に)
寝入るまで、「ねんねんころりよ、おころりよ…」と歌っていた。
身体でリズムを取りながら自分流に節をつけて。
「ネェーンネエンー、ッコロッリィーヨォ~♪オコッロッリィーヨォ~♪」
今思うと、ちょっとジャズ風だったような…。

子守歌にそんな父の姿と声をダブらせて、思わずシンミリしてしまった。

子守歌以外も良かった。
ギターを抱え込むようにして身体全体での熱演「百万本のバラ」に感動。
お登紀さんとのセッションや、二人の交流を通しての歌のエピソードも温かかった。
突然のプログラム外の演奏で、原さんと下館さんとの師弟ギター・セッションも、
もっと聴きたかったなあ。

アンコールの後も鳴りやまない拍手に「知床旅情」で応えてくれた加藤登紀
子さん。全員で会場と唱和してのフィナーレもよかった。

歌声のメッセージは、多くのことを一瞬にして人に伝えることができる魔法の
ようだ。もちろん魔法は突然やってくるものではなく、歌う人の努力の賜物だ
が、声の持つ力に圧倒された。原さんの歌、ギターも、また聴きたい。
温かで心地よい音楽のひとときだった。

揺れるわかめ

「にじいろの ゼリーのような くらげ」

「ドロップみたいな いわから はえてる こんぶや わかめの はやし…」

絵本「スイミー」(レオ・レオニ作・谷川俊太郎訳 好学社)の1ページです。

深海の澄んだ水の中の生き物や海草が、美しい色彩と楽しいアイディアの
技法で描かれていて、見ているだけで、まるで水中を散歩したようなのびや
かな気持ちになれるのです。

レオ・レオニは私のお気に入りの作家ですが、なかでも、「スイミー」の水彩
の絵は素晴らしくて、いつまで見ていても飽きることがありません。

「にじいろの ゼリーのような くらげ」は、透き通るようなすみれ色とインクの
ブルー。色がついているのに<透明>を感じるのです。

「こんぶや わかめの はやし」、これはどうやって描いたのでしょうか。
面白い模様です。布レースに絵の具をつけて型押ししたのでしょうか。
レース模様が、キラキラと射し込む光を表しているようです。海の底なのに、
深呼吸したあとのような気持ちよい開放感です。

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ゆらゆら揺れる海草を想像しながら、ふと自分も
同じようだなと思います。
学生がくれたメールの中に「進路を決めて進んで
きたはずなのに、それでもまだ学ぶ意味は何か
と悩んでいる」姿がありました。


年を重ねたという意味での人生経験の差はあった
としても、同時代を生きる一人として、根源的な問
いに対して、あっちに揺れ、こっちに揺れしている点では、学生も私も
そう大差はないように思います。
実際私は、年中アッチャコッチャ試行錯誤して揺れてますからねェ…。

海中に揺れるこんぶ・わかめ状態です。

でもまあ、<海中のこんぶ・わかめ>も、海を楽しみつつ揺れていられたら
いいのかな、と。
そう、どうせなら楽しく揺れるわかめになりたい!

(実際の絵はもっとスッキリ明るいんですよ。)

再び、モヤモヤ

先日「4日間のモヤモヤ」のタイトルで、東京新聞のコラム「言いたい放談」
草野厚氏がNHK女性国際戦犯法廷の番組改変について書いた内容に、
納得いかないことを書いた。

今日の同じコラムで、氏は書いている。「『当時は合法的だった慰安婦問
題』と書いたことが、一部読者の怒りを招いたようだ。」
と書いた上で、前回の自説の正しかったことをさらに補い、冷静に異論を
認めた上での議論を、と書いている。
感情的になった読者が氏に品のない批判を浴びせたということのようだ。

「品のない批判は」良くないとしても、反論した読者の気持ちはよくわかる。

実際、今日のコラムでの草野氏の書き方にはさまざまなレトリックが仕掛
けられているように思う。その巧妙さには不快な思いがする。たとえば、…

「この問題では第一人者の秦氏」と言う言い方。…従軍慰安婦問題の
「第一人者」、とはどういう人を言うのか。まず被害者という当事者と加害
者という当事者、それ以外の第三者としての立場がある。そのうちの第三
者の中の総合的な知識と判断を持った人を第一人者というのなら、判断の
分かれている場合、被害・加害の双方に第一人者がいても良いはず。秦氏
のみをこの件での第一人者と表現することは公平を装った自説の押しつけ
と変わらない。

そして、秦氏の論をそのまま採用して「国内に存在した公娼制度の戦地へ
の適用だから(合法的)」とさらりと書いているが、これもさまざまな議論が
あるが、それについては全く触れないで秦氏の論に任せている。

国家による慰安婦の強制的・組織的な連行があったかどうかも議論が
分かれているが、草野氏は秦氏の書に証拠を積み重ねた反論があり、
「あった」とする吉見義明「従軍慰安婦」には説得力を感じなかったとい
う。

ふ~しぎい~!
今どき、それこそ誰でもちょっとその気になれば、いろいろな情報を読む
ことができる。まして従軍慰安婦の問題は国会でも(ようやくだが)取り
上げられ審議された。当然、資料もある。読もうと思えばいつでも読め
る。そこには生の声がある。でもそれは聞こうとしない人には、絶対に
聞こえない声だし、読もうとしなければ絶対に目に入らない文字だろう。

氏は書いている。「自説に心地よい意見だけしか聞きたくないというの
は、異論を認めない一部『宗教』の類であり、冷静な議論は望むべくも
ない。」私には草野氏も同じ間違いを犯しているように思える。

国家による犯罪は、市民が被害者であり、被害者は被害を受けたことを
ダメージを払いのけて立ち上がることでしか訴えていくことができない。
セクシャルハラスメントの被害を訴えることがどれほど大変なことかを思
えば、軽々に証拠の不十分、説得性がないなどと言えるはずもない。

いっぽう国は自分の加害性を当然隠そうとする。証拠も消すだろう、隠す
だろう。
加害者と被害者との間に圧倒的な力の差があるとき、公平に被害を検
証しようとするならば、両者を同じ土俵で論じるのではなく、声を上げら
れない者、声を上げにくい者に寄り添う姿勢があって初めて、公平に検
証することができると言えるのではないだろうか。

一見、冷静で公平な論調に潜む問題の隠蔽を警戒しないと、問題がな
かったかのように片づけられてしまう怖さを感じる。

私は国会の委員会で、実際にインドネシアに足を運び、被害女性の声
を聞いた田嶋陽子(元参議院議員)さんの報告を聞いたり、女性議員の
質問、当事者の声(議員による代読)も聞いた。

また別の日の委員会では、韓国で入手した詳細な人数を記した資料も
提出された。(韓国・朝鮮の地図に場所の名称とそれぞれの場所で集め
られた女性の人数が記入されていた。)

草野氏が採用する秦氏の言う「公娼制度の戦地への適用」が、実際はだ
ましたり、拉致したりの結果であったことは多くの証言として語られている。
中には母親と市場へ買い物に行った時に母娘共々拉致された12,3歳の
娘さんもを含まれているという。

声を上げてさえつぶされそうになっている被害者達の無念の思いは、同じ
女性としてとても見過ごしにできない。つい長々と書いてしまった。
せめて私は被害女性達の声を心に留めておきたい。
コラムを読んで改めてそう思った。

うっかり

水曜日は映画館のレディースデー。
さて今週は「草の乱」を観よう。
と思ってネットで検索すると…、ヤ、ヤ、ヤ、「ない!」
確か先週チェックしたときは確かに上映期間中だったはず。

調べるうち、先週金曜日で終了していたとわかる。
「いやー、しまったあ!」
先週の水曜日は「パッチギ!」を観に行った。
同じ館で「草の乱」もやっていた。来週は草の乱ね、パッチギは今週で
終了だからこっちを先に、と思ってパッチギを観たのだ。

ちゃんと調べて、先週までで終わる「草の乱」を先に、そして翌週(つまり今週)
「パッチギ」を観ようと出かけたはずだった。ところが、…
いろいろと用事を済ませて時間ギリギリに映画館に駆け込んだら、
チケットの窓口ではなぜか「パッチギ」の券を買ってしまっていた。

そのまま間違えたことを一週間気づかずにいたというわけ。

はあ~。しかたない。
けど、残念だったなあ。埼玉県民としてやはり観ておきたかった。
もちろん遠くまで足を運べばどこかでやっているけれど。

年輩のお友達のTさんは、映画が話題になる以前から、地元の秩父事件の
研究会であちこちへ調査活動などしていらした。
そういうこともあって、この映画はぜひ観たいと思っていたのに…。
しばらくお会いしていないが、Tさんは観られたかしら。
あ~ぁ。相変わらず、おっちょこちょい。

このところ2週続けて映画を観ていたので(私にしては珍しいことに)、
今週はお休みしてチケット代をほかに回しなさいと言うことかな?
春は今月、来月、いろいろイベントが続いて楽しみ!
でも、たしかに「要・節約!」なのです。


「嘘つきアーニャの…」

「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」(米原万里著・角川文庫)
をやっと読み終わりました。
ずいぶん前に友人が「面白いわよ」と言って貸してくれたものです。

最近は資料としては読んでも、まとまって本を読むことがめっきり少な
くなってしまいました。これも寝るまでのひととき、布団に潜り込んで
少しずつ読んで、やっと、という感じでした。
でも、「早く返さなくちゃ」と思うと読むものですね。
読みやすく、かつ面白かったです。友人のSさんに感謝!

内容はロシア語通訳として活躍、エッセイストとしても評価の高い米原
さんの東欧で過ごした少女時代と、その後の3人の友人との交友が東
欧の歴史とともに語られています。
 「20世紀後半の激動の東ヨーロッパ史を個人の視点であざやかに切
りとった歴史の証言の書」(解説・斎藤美奈子)まさにこの言葉どおりで、
読みやすいけれど、中身は濃く読み応えがあります。

 私が新鮮に思ったのは、個性豊かな「マリ(万里)」の友人達が、その
ユニークな個性をそのまま周囲に認められていることです。ともすると私
は社会主義の国というと管理された画一的なイメージで見てしまいがち
でしたが、当たり前のことなのですが、子ども達はどこも同じように個性
豊かでヤンチャで可愛いと思うとともに、むしろ日本よりも懐の深さの感
じられる部分も随所に感じました。太っ腹で温かい庶民の空気が伝わっ
てくるのは著者の交友関係の豊かさゆえでもあるだろうけれど。

 この本に出てくる少女達は、日本でポーッと育った私など及びもつかな
いような歴史と社会体制の矛盾を背負って毎日学校に通い、生活している。
いやおうなしに少女達は自分たちの民族や国家や政治体制について考え、
友人たちと語らざるを得ない毎日を過ごす。さらには社会主義体制の崩壊
につれ、否応なしに社会の変革に巻き込まれていく。そうした中で、子ども
であれ、自分たちの現状と過去の歴史について正面から向かい合ってい
る姿勢は、日本の今の状況と引き比べ考えてしまった。 
 
 ベオグラードに住むヤスミンカ(マリの女友達)の言葉が胸をつく。
ヤスミンカは戦争になって以来、家具も食器も、コップ一つ買っていない
と言う。
「店で素敵なのを見つけて、買おうかなと一瞬だけ思う。でも、次の瞬間は、
こんなもの買っても壊されたときに失う悲しみが増えるだけだっていう思
いが被さってきて買いたい気持ちは雲散霧消してしまうの。それよりも、
明日にも一家皆殺しになってしまうかもしれないって」
コップ一つ選ぶ楽しみも奪う戦争。
それはたかがコップではないし、希望を奪うことに他ならないと思う。

 これから読む人のお楽しみに、一番面白かったところ(感動とは別に、爆
笑!)は書けませんが、思い出すと今でも、笑えます。
お薦めです!
 

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