2009/07/01

60年以上経っても

サイトを二つご紹介します。もし良かったらブログやメールでお友達に知らせてください。

★一つめ

被曝から60年以上たっても細胞を侵し続ける放射線。

こちら

NHKの番組サイトなので短時間で消えてしまうと思います。
消されないうちにぜひ見てみてくださいね。

長崎の原爆で亡くなった方の保存してあった資料から放射線が出ていることを突き止めたものです。60年以上前の1回の被爆が、その後も長期間にわたって細胞を傷つけガン化することを示しています。

樹脂で固められた資料の内部で、プルトニウムが活動し続けている事実は、本当に恐ろしく思います。

長崎大学の研究グループによる画期的な研究成果だそうです。

この場合の放射能はプルトニウムです。これから、青森県六ヶ所村の再処理工場で核燃料を再処理する中で、このプルトニウムが大量に溜まっていくことになります。

再処理、そして原子力への依存はとにかくやめてほしい!長期的に見て、環境においてばかりでなく、経済や文化の発展においても、それ以外の選択肢はないことを一刻も早く認めるのが、せめてもの人間の知恵ではないかと思うのですが…。

あきらめずNOと言い続けることが大事、とは思いながら、

…最近何も具体的に動けていないんです。ふ~

で、せめてサイトのご紹介だけということで。

★二つめ

NHKのサイトノーモア・ヒバクシャ

かなり気合いが入っています。

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2009/06/23

番組のお知らせ 

すっかりご無沙汰しています。

蒸し暑い季節になってきましたね。
今のところ、エアコンは使わずにがんばっていますが、でもやっぱり ア・ツ・イ!!

さて、番組のお知らせです。

6月29日(月) 19:00~19:55 予定
テレビ朝日 「ドキュメンタリ宣言」

元都立三鷹高校の校長土肥信雄さんは、職員会議での挙手を禁じた東京都教育委員会のやり方に疑問を感じ、質問状を送りましたが、都教委からは何の回答もありませんでした。

私は報道されて以来、心の中で密かに応援していました。土肥校長が言われていることはとても当たり前のことだと思ったし、表現もとても穏やかな先生でした。ところが、そんな当たり前のことが、東京都教育委員会にはまったく受け入れられないのです。なんか変だなあと思っていました。

そして今年3月、定年退職した土肥先生は、ほとんどすべての申請者が採用されるという講師としての採用を見送られるという異例の対応をされました。

教育現場の表現の自由を守るためにがんばり、教え子達に慕われる校長先生がこのような立場に置かれてしまう現状はどう考えたらよいのでしょう。

22日深夜に放送された「テレメンタリー 教委VS校長」を編集し、ゴールデンタイムに再放送されます。

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2009/05/24

ツツジが満開

090508_10110001 キャンパスのツツジも真っ盛り。

(といっても、2週間前の写真なんですが…)

一段と明るさを増した日射しの中で、それを跳ね返すような勢いのこの色彩。雨の中の紫陽花と言い、自然界の素晴らしい色彩の妙を感じてしまいます。

林の中を歩くと土の湿った匂いや、植物の匂いにほわ~っと包まれることがあります。そうした一瞬は、頭の中もカラッポになって、視覚や嗅覚や触覚がいっせいに目覚め、働き始める感じです。

そんな瞬間を一日一回でいいから感じられるように!

というのが目下のところ、私の目標です。

もちろん林の中を歩かなくてもいいのであって、そうした感覚を思い出せたらという意味なんですけどね。

ところが、現実はというと・・・。そうした解放感を味わうどころか、とても窮屈な思いに閉じこめられそうでウンザリです。

先日、電車に乗った途端、クーラーの風に当たって、思わずクシャミが出そうになったのを必死でこらえました。クシャミなどしようものなら、周りのするどい視線が一斉に集まりそうだったからです(→こういうのを自己規制っていうのかな?)。

人に迷惑が掛からないように、健康管理や公共のマナーに気をつけるのは当然です。けれども、ウッカリは誰にもあるし、間違いもあるのが人間です。

そうしたちょっとしたミスも許されない、余裕のまったくない社会になってしまうのも、日常とそうかけ離れた世界の話ではないのだと思わされました。ちょっとしたことがキッカケで、窮屈な監視し合う社会になっていくこともあるのだろうなと。

それだけは注意しないと、と新型インフルエンザをきっかけに、思ったのでした。

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2009/05/12

映画「チョコラ」

題名から何となくチョコレートを連想してしまったのですが、ぜんぜん違いました。

ケニアのストリート・チルドレンを追ったドキュメンタリーです。

「チョコラ」とはスワヒリ語で「拾う」の意味で、ストリート・チルドレンを侮蔑的なニュアンスを含んで呼ぶ名称とのこと。

東京では5月9日よりユーロスペースで公開されています。私が仕事でお世話になっている方の昔からの友人に松下照美さんという方がいらっしゃるそうです。その方は地元ケニアでストリート・チルドレンの支援を長年続けていて、今回の映画を一人でも多くの人に知ってほしいとのことで、私の知人からお知らせが届きました。松下さんの活動はこちら「モヨ・チルドレン・センター」

よろしかったらお出かけ下さいませ。

映画の公式サイトのトップページに、いきなりタバコを吸う少年の写真。思わず「吸っちゃだめ!からだを悪くしちゃう」って言いたくなってしまうオバサンとしては、何もできなくても現状から目を背けず、ちゃんと知らなくてはと思うのがせいぜいなのが申し訳ないです。

このこと一つとっても、健康のために禁煙が広がっている「先進国」(?)の現状とはあまりに裏腹だなあと…。

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2009/04/26

歌声が伝え続けるもの

23年前の今日(1986年4月26日)、チェルノブイリ原発事故が起こりました。

「忘れることから過ちが繰り返される」、と当時6歳だったナターシャさんが美しい歌声で伝え続けています。 

。。。。。。。

我が家の息子達もちょうどナターシャさんと同年齢です。
あの時、私たちはなんにも知らずに放射能の混じった雨に打たれたほうれん草を食べました。その雨で育った牧草を牛が食べて、その牛の乳でできた牛乳はスーパーに並べられました。子ども達の飲んだ牛乳がそうだったかもしれません。後で、そのことを知って本当に悔しかったのを覚えています。

「放射能汚染の心配はなくなりました」と日本の政府が言ったのは、事故から何日もたってからのことだったのです。そのとき初めて、私たちは知らされていなかったことに気づきました。ナターシャさんが言っていることと重なります。

だからこそ、これからもずっと伝え続けていかなくてはと思います。

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2009/04/22

青森市長選で◎

久々に胸のすくようなニュースです。

青森市長選挙が19日にありました。
元県議の鹿内博(しかないひろし)さんが、5期20年の現職市長を破って当選されたそうです。

もう信じられないくらいの快挙です!

というのも、鹿内さんは反核燃団体で代表を務めたことのある方で、六ヶ所村の再処理工場や原発政策を推進したい人達にとっては、一番なってほしくない市長候補だったはずです。

なので、市長選とは言え、県政や今後の核燃政策にも少なからぬ影響があるとみた電力会社や政治家が、こぞって現職候補の応援にかけつけたそうです。今回はそれを乗り越えての当選という快挙でした。

鹿内さんのホームページはこちら

と、すごく喜んでいますが、。。。。。

実は、鹿内さんとは直接的には何のご縁もありません。

ただ県議で、核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会という団体で代表を務めていたことをみても、筋金入りの市民派であり、実践派であることがわかります。

私もかつて、青森の別の反核燃団体の呼びかけに賛同して会員(といっても会費を一時期払っただけの幽霊会員)であったことがあり、青森の地で声を上げることの厳しさと切実感を、間接的にではありますが感じることができました。

そのことを思うと、鹿内さんの当選には感慨深いものがあります。

。。。。。。。

青森の地で反核燃を訴え続けるのは、想像もつかないご苦労があることと思います。まして私のように端からちょっと応援するなんていうのとははわけが違います。生半可な気持ちではできないことでしょう。

。。。。。。

広大な原野を切り開いて、六ヶ所村の核燃料再処理施設が着々とできあがっていき、危険きわまりない核燃料が運び込まれてくるのです。

首都圏だったらあり得ないような電力会社の原子力推進の広告がテレビコマーシャルに日常的に流されます。

地元の中学生の原子力施設見学が何の違和感もなく行われています。

そんな土地での反核燃の運動なのですから。

それに運動の前に、なんといっても人々の生活があります。津軽弁や市民によるねぶた祭りの開催など、鹿内さんの活動には生活の実感が感じられてホッとします。

鹿内さんは市長になったら反核燃の運動とは一線を画すと言われていますが、命とくらしを大切にするポリシーを、ぜひ市政に生かしてがんばってほしいなあと思います。

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2009/04/08

ピカピカの一年生

先日から、桜が満開、満開って書いてたような気がしますが、今日もさらに満開でしたよ。別の小学校の前を通ったら、そこの桜がこれぞまさしく散り始める寸前というところでした。

入学式が終わった直後らしく、スーツやワンピースで決めたピッカピカの一年生とパパ・ママが正門の前、桜の花びらの舞う下で写真を撮り合っていました。一家族ずつ順番待ちのようでした。

それにしても夕方4時近かったということは、今は午後に入学式なのでしょうか。
いろいろと変わるものですね。

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ところで、話はガラッと変わります。
いよいよ、5月21日から裁判員制度が始まることになってしまいました。

なってしまいましたというのは、私は全然納得がいかないからです。

いくら説明を読んでも、未だになぜ必要なのか納得いく回答とは思えませんし、国会での議論も不十分なままだと思っています。なので、もっと話し合って本当に必要なのかどうか、また実施に当たっての個別の問題はクリアされたのかどうかを確かめなくてはいけないと思っています。

裁判を国民に身近なものにするなら、もっと他に方法はあると思います。

なので、始まってほしくありません。・・・が、始まってしまうんですよね。

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参議院議員の保坂展人さんがブログで、法務委員会の質疑を紹介しています。とても重要かつ具体的な鋭い質問だと思います。

例えば、裁判後に被告の無実が分かった場合に、死刑判決を出した裁判員の一人が自分の良心から救済活動に加わったとします。そして、集会などで裁判の時に自分が感じていたことなどを話したとしたら、その場合、守秘義務違反に問われるのかどうか。

アメリカでは、裁判後は陪審員の表現の自由が守られているようで、人として自由に発言することや、良心に反することを強いられないということは、とても大事なことだと思います。

殺人などの刑事事件ではなく、住民訴訟とか、選挙違反とか、裁判官が正しく裁判をしているかどうかとか、そういうことに参加させてくれた方が、よっぽど立憲国家としての権力を監視する役目と、法律や裁判を身近に感じる役目と、両方を体験することができて一挙両得だと思うのですが・・・。

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2009/04/04

無事でした

昨日書いた駅前の桜の木ですが、今日見たらちゃんと残っていました!

工事現場の入り口の囲いが取り払われて、工事車両が出入りしていました。入り口の囲いがなくなったので中がよく見えます。

ギリギリセーフで桜の木の直前に工事の囲いが建てられていました。

入り口に立っていたガードマンのおじいさんに尋ねました。

「桜の木は残りますか?」

「予定ではそうなっています。この樹齢だもの~、切れないでしょう。上の方の、邪魔になる枝だけは切ったけどね」

とのことでした。

満開から、そろそろ散り始めた桜を遠くから眺めながら、

・・・ホッ、よかった、よかった。

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2009/04/03

満開の季節に

Img_1148_2 桜は七分咲き。
小学校の校庭で、用務員さんが塀のそばで何やら修理をしていました。新学期の準備でしょうか。

週末には、親子連れやお年寄りが、鉄棒の下などでのんびりお花見していたりします。ここの桜の木はみんなに見てもらえてうれしいでしょうね。

でも、こんな↓桜の木もあるんですよ。

090330_17100001

駅に新しい改札口ができることになり、古い駅舎が取り壊されることになりました。工事現場の囲いの中には、大きく広がっていた枝先をバッサリ切られた桜の木がポツンと。4~5日前の写真なので、きっと今頃は少ない枝にも花を咲かせていることでしょう(それとも、バッサリ切られちゃったか)。

美容院のお兄さんと、ついこの間、こんな会話を交わしたばかりでした。

わたし「桜の木がどうなるか心配なんですよね~」

おにいさん「たぶん、残るんじゃないですか?」

とっても残念です。

写真の右側にももう一本桜の木があって、この二本だけは、ずっと以前にこの駅ができたときにも切られずに残って、毎年春には美しい光景を見せてくれていたのです。

古びた駅舎のたたずまいと桜の大木がとてもよくマッチして、春になると駅前の桜吹雪がとっても良い雰囲気だったのです。

工事の人も、桜が咲き終わるまで切らずに待ってくれていたのでしょうか。
それとももう切られてしまったのかしら?明日、電車で出かける用事があるので、その結果がわかります。

下り線のホームには、何本もの大きな切り株をよける形で柵が設けられています。きっと、駅ができたときに桜の木が邪魔で切り倒したけれど、根っこまで掘り起こすのがたいへんだったものと思われます。

このあたり、昔はどんな風景だったのでしょう?

満開の花をつけたまま、命を閉じる桜の木。 

    ありがとう。

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2009/03/17

もう、ホントにー!

春だし、なにかこう心がウキウキすることを書きたいなあと思ったんですが・・・。

どうしても気になってしまって。あんまり、というかぜんぜん楽しくない話でごめんなさい。

   。。。。。。。

呉の港からものものしい二隻の船が、ソマリアの海賊対策に向けて出航するのをニュースで見ました。自衛隊員の若い奥さんが小さいお子さんを抱っこして、港で見送っていました。

奥さんがインタビューされました。

「やはり心配ですが、家族がそれを言うともっと本人は心配になると思うので、『元気で行ってきてね』と明るく送り出したいと思います」

と健気に答えていらっしゃいました。何だか申し訳ない気持ちです。

一見、穏やかな出航風景でした。でも、海上には抗議行動のボートが出て、アピールのマイクが響いていました。抗議ボートの横断幕にも、「自衛隊を危険な場所へ行かせるな」という意味の言葉が書かれていて…。

ニュースには流れませんでしたが、首相の挨拶の時は「軍艦マーチ」が吹奏されたのだそうです。そんな時代になってきているのかと思うと、本当にガッカリですし、信じられない気持ちです。(海部首相の時は、「軍艦マーチ」の演奏が計画されたが、首相が止めたのだとか)

軍艦マーチは、戦後生まれの私にとっても、明るいイメージではありません。小さい頃はなにも知らずに口ずさんでいましたけど。「まも(守る)もせ(攻)め(む)るもくろがね(黒鉄)の~♪」なんてね。幼稚園か、もっと小さいときのことです。

きっとラジオで頻繁に流されていたからなのでしょうね(当時テレビは大半の家庭にはありませんでした)

何で海上保安庁ではなく自衛隊が出て行ったのか、事実を知れば知るほど不思議です。 

   。。。。。。。。

新聞に詳しく書かれていたので読んでみました。

もともと沿岸警備の情報とノウハウは、海上保安庁が蓄積してきているそうです。なので、海賊対策は、本来は海上保安庁が受け持つ仕事だそうです。

実は、海上保安庁は各国の沿岸警備隊などとネットワークを組み、海賊の行動を未然に防ぐ作戦の中心的な存在として力をつけてきているそうです。そして、各国の沿岸警備隊でネットワークを組んで、こうした蓄積が効果を上げ始めてきた矢先に、その海上保安庁ではなく、軍隊出動となってしまったのです。

そのため、ヨーロッパの国によっては、軍隊(自衛隊)が出動したと言うことで警戒感を強め、沿岸警備ネットワークへの加入をためらっている国もあると聞きます。これでは本末転倒ですね。

自衛隊は具体的な海賊対策もノウハウも持たずに出発してしまったため、誇りを持って仕事をできないのではないかと気になります。隊員さんもつらいでしょう。あの小さいお子さんを抱っこした若いお母さん、そしてお子さんの手をとって、奥さんに「行ってくるのでよろしくお願いします」と言っていた若い隊員さん。どんな気持ちでしょう。

こうしてみると、何が何でも自衛隊を海外に出したい、実績を作りたいがために行かせたとしか思えません。こんなにすんなり軍隊が出て行かれるような状況になってしまったことが、本当に何度も言いますが信じられないくらいです。

   。。。。。。。

ああ、変わってほしいなあ。
何がですって?・・・そう、まずはバトンタッチを!

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